六話 お友達から始めてください!

 結果を先に言おう。俺は詩織に負けた。

 いや、正確には未だに負け続けていると言うべきか。


 キィン。カン、キィン、キィン。


 火花を散らし甲高い金属音が響く。

 命を刈り取る一閃を寸前で弾き即座に反撃する。

 対する詩織も攻撃を防ぎ再び攻勢へと転じた。


 俺と詩織は屋上で戦い続ける。


 ――十二回。これは俺が詩織に殺された数字だ。


 詩織は俺よりも何倍も強い。誇張でも何でもなく純然たる事実。

 幾度挑もうがその度に彼女は俺を倒してきた。正直ここまで強くある必要があるのかと不思議に思ったほどだ。彼女の剣は習い事で身につけるようなレベルではない、実践で磨き続け殺す事にだけ特化した修羅の剣である。

 刀を握った彼女は恐ろしいまでの殺気を放ち圧倒した。


 とは言え俺もそれなりに腕はあるようだ。

 不思議な言い回しではあるが、俺にはこれが正しく感じた。


 身体が覚えていると言うのだろうか。競技的な技術ではない実践向けの技術が俺の肉体を動かしていた。さらに言えば俺の身体は肉を斬る感覚まですでに知っていたのだ。どう斬れば効率が良いのかを身をもって理解している。

 俺は俺自身が恐ろしくなった。銀条和也とは一体何者なのだろうかと。


 それはそうとこうしてトライ&デッドを繰り返しているウチに、俺は詩織に追いつきつつもあった。


 さすがに十二回も戦えばそれなりに彼女の癖も覚える。

 しかも常に命の危機に晒されているのだ。意識は覚醒するように冴え渡り、さりげない動作でも一度見れば記憶し、短時間でその意味を理解し消化した。さらに動きをトレースして自身に反映し、無駄な動きをできる限り削り落とした。おかげで俺はここまで対等に戦えるようになったのだ。


 いやはや完全にリアルな戦闘ゲームだ。

 詩織の好感度を上げたいだけなのに、なぜこうなったのだろうか。

 ヒロインと主役が戦うこの流れは果たして正しいのだろうか。

 アドバイスを出すべきあの青いイルカは沈黙し続けている。


「くっ! やっぱり強いねかず君!」

「エリートだからな。簡単には負けてやれない」


 自分で言って悲しくなるな。今の俺はエリートらしくもないのに。

 だが、言葉というのは時として大きな力を持つ。特にこのような接戦では。

 相手が余裕であればあるほど、それは不安となってのしかかってくるものだ。


 日が暮れ始め空が夕焼け色に染まる。


 詩織の体力も底をつき始めた。

 俺は力を振り絞り追い込みをかける。


「うぉおおおおおおおおっ!!」


 怒濤の連撃。防ぎ続ける詩織を押し込みつつ一撃一撃に渾身の力を込める。

 彼女は受け流すのもやっとだ。息は上がり守りに粗が目立つ。


(いける。勝てる)


 勝利に急ぐ自分を抑えつつ攻撃の手は緩めない。

 だが突如として予想外の反撃をもらうこととなった。


「呼応せよ! 炎鳴児えんめいじ!」


 彼女がそう叫んだ途端、刀が真っ赤な炎に包まれた。

 今までとは段違いの強烈な力で俺の刀を弾き返して見せる。


「っつ!」


(なんだそれは! なぜ刀から炎が出る!? まさか刀に油でも仕込んでいた!?)


 現実離れした光景に俺は一秒にも満たない時間、頭の中が真っ白になってしまう。

 しかし思考を現実に強引に引き戻し放たれた炎をなんとか躱した。


 互いに間合いをとって様子を窺う。


 燃えさかる詩織の刀。原理は不明だが一撃でも貰えば危うくなるだろう。

 反則じゃないかといいたくなる。俺達今まで普通にやってきたじゃないか、それなのに今さら炎を出してくるなんてあんまりだ。そんな切り札があるなら早めに教えておいてくれよ。こっちは十二回も死んでいるんだぞ。


「ごめんなさいかず君。斬魔刀の力は本来人に向けちゃいけないものだけど……どうしても貴方を倒したい」

「斬魔刀?」

「特級を零級に向けるのが間違ってると分かってても」


 何を言っているのかさっぱり分からん。

 もしやあの奇術のことを言っているのだろうか。だとしたら多いに反省してもらいたい。人に向けてはいけないのだろう。いますぐ止めろ。


「炎魔斬!!」


 炎の斬撃が俺に向けて飛ぶ。

 真横に転がるように回避、起き上がりにホルスターからガバメントを引き抜き撃つ。

 弾丸は詩織の太ももに命中。彼女は片膝を突いた。


「そうだった、かず君はソレを持ってたね」

「卑怯だというなよ」

「言わないよ。先に卑怯なことをしたのは私だもん」


 俺は一気に間合いを詰める。

 立ち上がった詩織は、脚から血を滴らせながらも炎の斬撃を放った。


(すでにその攻撃は対処可能だ)


 攻撃をする寸前、彼女のすぐ近くの足下に弾丸を放つ。

 注意を逸らされた詩織は狙いを外し、炎の斬撃は俺をかすめるように走り抜ける。


「詩織!」

「かず君!」


 彼女の刀が俺の首筋に添えられた。

 だが俺の拳銃も彼女の額を捉えている。


 互いに肩で呼吸しながら停止していた。


 ようやく俺の思い描いていた状態を作り出した。

 ここからが本当の勝負だ。

 詩織を説得してこの無意味な殺し合いを止めさせなければならない。


「よく頑張ったな。俺を殺せるほどに成長したじゃないか」

「うん」

「誇っていい、銀条和也はお前に殺されるかと思うほどの脅威を感じた。かつて俺をに強くなれと言ったあの言葉をお前は守ったんだ」

「うん!」


 カランッ。詩織は刀を落として両膝を突く。

 俺は武器を捨てて彼女を抱きしめた。


 終わった。ようやく長い戦いが終わったんだ。


 俺はずっと俺が死なずに彼女も死なない方法を模索していた。

 その果てに見つけたのがこの相打ち、彼女が後生大事に信じ続けている『幼き日の約束』の認識を変えることだった。


 多分だが、彼女は勘違いをしている。いくらこの世界の銀条和也がアホでバカだろうと、さすがに自分を殺せとは言わないはず。彼が言ったのは恐らく『俺を倒せるくらいに強くなれ』とかそんなところだろう。

 だが彼女はその純粋と一途さ故にとんでもない方向に曲解し、いつしか彼を殺すことが目的になってしまったのだ。銀条和也はバカだがこの子もかなりのバカだ。


「詩織、俺と付き合ってくれ」

「うん……うん? え!?」


 んん? 何だその反応?

 付き合うために戦っていたんだろう??


「あの、あのね! 私、その、約束を守ることしか頭になくて、付き合うとか先のこと、まったく考えてなかったから……その、あの、かず君と交際、はひぃいいいい! どうしようっ!」

「詩織!?」


 詩織が突然顔を真っ赤にして床をゴロゴロ転げる。

 そこからハッとして刀を握って俺に振り下ろそうとした。


 秘技・真剣白刃取り。


「なにをする!?」

「うぐぐぐ、かず君を殺してこの恥ずかしさから解放される!」

「恥ずかしいだけで人を殺すな!」


 なんとか刀を取り上げ詩織を羽交い締めにする。

 こいつ碌でもないな。なんでこんな奴がヒロインなんだ。

 ただの超危険人物じゃないか。


「ひぐっ!」


 詩織はへなへなと床に座り込む。

 ああ、そういえば脚に傷を負っていたな。


「じっとしていろ」

「……うん」


 弾丸は抜けているので摘出する必要はない。

 とりあえずハンカチを巻いて傷口を押さえておくか。

 まだ保健室が空いているはずだから手当はそこでしよう。


 俺は詩織を背負い屋上から下りる。


「かず君は変らないね。ずっと優しい」

「そうなのか」

「うん。目に付く可愛い女の子にパンツ欲しいとか言ってるスケベさんだけど、本当は誰よりも優しくて強い人だって私は知ってるの」

「やはり変態だったか」


 俺は眼鏡を中指でくいっと上げる。


 それはそうと先ほどから背中に当たる膨らみが心地良い。ちっぱいと思っていたが意外にあるのだな。なんとも女の子らしい良い匂いがしていて鼻腔をくすぐる。考えてみれば女の子を背負うなど初めてのことだ。今日という日は俺の脳内メモリアルに永久保存するとしよう。


 保健室に到着し、俺は彼女を椅子に座らせた。


「痛むか?」

「座れないほどじゃないよ」


 傷口を洗い流し消毒、あとは包帯を巻いて手当は完了だ。

 なんとも不思議な感覚だ。初めて撃った相手と交際しようというのだから。普通では得られない経験だな。


「あのね、かず君と付き合うって話なんだけど……」

「約束を守ったのだから当然の権利だ。遠慮なく俺と付き合えばいい」

「お、おおお、おおおお」


 おおお?


「お友達から始めてください!!」


 …………友達?


 俺はしばし彼女の言ったことが理解できず呆然とする。

 何度も殺されてようやく得た言葉がそれなんてあんまりではないだろうか。

 ここにたどり着くまでにどれほど苦労したと思っているのだ。


「違うの! かず君と付き合うのが嫌とかじゃなくて! 私、かず君と付き合うことにまったく準備も覚悟ができてなくて! このままだと失敗とかして恥ずかしさに死んでしまうかも! お願いします少しだけ時間をください!」

「ふむ、時間か……どのくらいかかりそうだ?」

「さ、三週間かな?」

「なぜ疑問形」

「三週間! 三週間でお願いします!」


 それくらいなら問題ないか。

 俺としては別に何週間でも構わないのだが、このゲームは一ヶ月しかスケジュールがないらしい。そうなると彼女と付き合うこともできずタイムリミットを迎えてしまう。クリアもできず彼女と心を交わすチャンスもなくなってしまうのだ。


 まぁ友達と言うよりは友達以上恋人未満の位置づけなのだろうな。


 いいさ、俺は余裕のある大人だ。

 可愛い女の子のお願いくらい笑顔で聞いてあげようじゃないか。

 紳士らしく振る舞うことこそが俺の信条。


「ところで詩織が最後に使っていたあの炎はなんだ」

「斬魔刀の力?」

「そうそう、そのざんまなんとかとはなんだ」

「なに言ってるのかず君。私達は滅魔師なんだから使えて当たり前じゃない」


 滅魔師?? なんだそれは?

 もしや俺や詩織が刀を持っていることと関係しているのか?


 答えを求めて青いイルカに目を向ける。


「自分で調べるキュイ」


 使えない奴め。早く失せろ。

 貴様を見ているだけでムカムカする。


 とりあえず滅魔師は後で調べるとするか。

 今の詩織に説明させるには時間があまりにも足りない。

 なぜなら下校の時刻になっているからである。


「しょうがない、家まで背負ってやる」

「えぇ!? いいよ、自分で帰れるから!」

「黙って乗れ」

「ふにゅうう……」


 顔を赤くした彼女は静かに俺の背中に抱きつく。

 さっきも思ったが彼女はずいぶんと軽い。

 この身体で俺を弾き飛ばすほどの斬撃を放っていたとは思えないほどだ。


「ふむ、太ももがすべすべして気持ちいいな」

「かず君のえっち!」


 かぶっと耳を噛まれる。


 俺は彼女を背負って校舎を出た。

 外はすでに薄暗く空には星が出ている。


「明日は休まないといけないな。ちゃんと病院に行けよ」

「大丈夫。お姉ちゃんが癒療師だからすぐに治してくれるよ」

「癒療師?」

「滅魔師をサポートする治療員のことだよ。かず君も見たことあるでしょ、霊力で負傷した人達の傷を癒やしているところを」


 戸惑いつつ詩織の言葉に頷く。

 ここにきて俺は酷く混乱していた。


 恋愛シミュレーションゲームに来たんじゃなかったのか。確かにヒロインに殺されたり戦ったりする変な要素はあるとは思っていたが、予想を遙かに上回る背景が姿を現わし始めて俺は衝撃を受けるばかりだ。

 いや、待て。そう言えば最初に『このゲームは死にゲー型恋愛アクションシミュレーション』と言っていた。俺はてっきりヒロインと戦うことがアクションにあたるのだとばかり考えていたが、実際は違うのではないだろうか。


 ……実はこれからが本当の死にゲーだとか?


 さぁと顔が青ざめるのが自分でも分かった。

 俺が死ぬのはこれからが本番だとしたらとんだ絶望だ。


「そうそう言い忘れていたキュイ。セーブは毎日19:00~00:00の間でできるから、それまでは死なないように気をつけるキュイ」


 そんな大事なことを今頃言うのか。だがしかしこれでまた最初からと言うのはなかなかキツいからな。ありがたくアドバイスとして活用させてもらうとしよう。


 俺は無意識に自宅へと向かっていた。

 考え事をしていたせいで詩織の家に向かうことを忘れていたのだ。


「だめだよかず君。家に送ってくれなきゃ」

「あ、悪い」


 うっかり自宅の門をくぐろうとした。

 すっ、と後ろから目の前に指が差し出される。


 詩織の指は隣の家を指している。


「ほら、私の家に送ってね」

「隣だったのか……」


 眼鏡を指で上げてごくりと喉を鳴らす。


 実は俺は幼なじみが隣に住んでいるシチュエーションが大好きだった。


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