四話 ヘルプが役に立つとは限らない

 馬鹿な。パンツが正解だったと言うのか。

 だが確かにどちらの選択肢でもパンツを欲しがっていた。

 変人なのか銀条和也。この世界のお前は。


「いや待て待て! 高校生が拳銃を所持していることがそもそもおかしいだろう! だから法律はどこ行った! 国家権力は今すぐ二人の犯罪者を捕まえるべきだ! というか捕まえてくれ!」


 俺は床を両手で叩いて叫んだ。


 今はあの白い部屋にいる。

 岬に殺されタイトル画面に舞い戻って来てしまったのだ。

 二回も殺され心が折れそうだ。ここで俺が幼児退行してしまっても誰も責めはしないだろう。現実じゃない現実で現実逃避してしまいそうだ。


「せめて説明してくれる誰かが欲しい。ヘルプとかないのか」


 そう言った瞬間、目の前に小さなウィンドウが出現した。


『ヘルプを呼び出しますか? YES/NO』


 おおおおおっ! これだ!

 早く出てきて俺に全ての説明をしてくれ!!


 ウィンドウのYESを押す。


「キュィイイ。オイラを呼んだかな」


 現われたのは青いイルカ。

 俺は眼鏡を外して目を擦ってからかけ直した。


 確かにそこには青いイルカがいた。しかし宙に浮くその姿にデジャブのようなものを感じる。

 それは幼き頃、父親のPCを触っていた際に出てきたアレとよく似ていた。どうやって消したら良いのか分からず『お前を消す方法』と打ち込んだ覚えがあったな。


「失せろ」

「呼んでおいてひどいキュイ!」


 おっと、無意識に言葉を発してしまったようだ。

 どうも青いイルカを見ると消したくなってしまう。


「初めまして。オイラはヘルプの『トリトン』だキュイ」

「トリトンと言えばギリシャ神話に登場する海神の一つだったか」

「よく知ってるキュイね。オイラはポセイドンとアンフィトリテの息子にして予言の力を与えることのできる存在だキュイ。ヘルプキャラクターにはもってこいだキュイ」

「だがトリトンは上半身は人、下半身は魚だったと思うが?」

「オイラを出すためのこじつけだキュイ。制作者が青いイルカを出したかっただけだキュイ」


 なるほど制作者の嫌がらせか。

 こんなゲームを作ったことといい企画者&制作者は頭がおかしいようだ。

 それはそうとせっかくヘルプが出てきたのだから、山ほどの疑問を解決させてもらうとしよう。


「では質問だ。このゲームは何者が作った」

「現時点では言えないキュイ」

「質問を変えよう。何の目的でゲームは作られた」

「現時点では言えないキュイ」

「なぜ俺をゲームに閉じ込めた」

「現時点では言えないキュイ」


 うがぁぁああああああっ! 役に立たないイルカめぇぇええええ!!

 お前は何のために出てきたんだぁぁああああ!!


「もういい消えろ!」

「消えないキュイ」

「頼むもう消えてくれ!」

「無理だキュイ」


 漂うイルカはまさに『消えないイルカ』だった。

 しかも役にも立たない。


 だがしかしイルカは一つ重要なことを俺に語った。


「ヒント一:本作品は死にゲー型アクション恋愛シミュレーションゲームだキュイ」

「死にゲー型?」

「パッケージにちゃんと書いてたと思うキュイ。さてはよく見てなかったキュイね」

「…………」


 う、パッケージ裏にまだ何か書いてあったのは事実だ。

 どうせ恋愛シミュレーションだろうと思い込んだのも紛れもない事実。

 だがしかし死にゲーとは一体なんだろうか。

 ゲームをする人間には常識的な言葉なのだろうか。


「死にゲーとはなんだ」

「分かりやすく言うなら何度も死ぬことが予想される難易度の高いゲームのことキュイ。ゲームによっては死ぬことでヒントを得ることもあるキュイ」


 ふむ、つまりゲームオーバーになるかならないかのぎりぎりを楽しむジャンルなのか。

 俺には理解のできない世界だな。エリートたる者何時も余裕を持って人生を進む、ギリギリに追い込まれるのが楽しいなど正気の沙汰ではない。

 それはそうと、このゲームがそう言ったジャンルならば、なんとなくヒロインが武器を有していることやその行動に納得できなくもない。このゲームはいかにして危険(物理的)を回避しながらクリアするかが主体となっているのだろう。


 なるほどそういうことか。ようは死ぬことを怖がっていてはクリアはできないということか。ふははは、なるほどなるほど。


「ふざけるなっ! なぜ何度も死ななければならない!」

「そういうゲームだキュイ」

「今すぐ俺をここから出せ!」

「できないキュイ」


 なんなんだこのゲーム!

 やってるこっちまで頭がおかしくなるわ!!


「はぁはぁ、分かった……クリアしてやる」


 俺は立ち上がってゲームを再開することにした。

 逃げられないなら立ち向かうまでだ。



 ◇◇◇



 ――とは言ったものの、登校初日はヒロインと接触することなく終えてしまった。


「なにしてるキュイ。登校初日は最高の声をかける機会だキュイよ」

「分かっている。しかしだな……」


 ノートを開いて俺はシャーペンを手元で回していた。

 正直、声をかけるのが怖い。殺される可能性があると知ってから容易に声をかけづらくなったのだ。選択肢を誤れば死ぬ。そう思うと恐ろしいのだ。


 死んでも生き返るだろう、もしそんな指摘をされても簡単には覚悟などできない。

 受ける痛みは本物なのだ。斬られればのたうちまわるほどの激痛に襲われるし、撃たれれば見たくもない走馬灯を見るはめになる。なにより死への恐怖が足をすくませるのだ。

 それに堂々とパンツをくれなどと選択肢を選ぶ勇気を未だない。


 なぜパンツなのだ。どうなっているこの世界の銀条和也よ。


「ヒント二:好感度を確認せよ」


 イルカが急にヒントを発する。

 しかし好感度などどこで見るのだ。


 言われたとおりにメニューを開いて好感度を探す。

 あるとすれば接触人物表か。


 飛村詩織 [100/200%]

 角倉岬 [0/100%]

 桂木馬之助[40/100%]


 ふむふむ、これが好感度か。

 なるほどなるほど。


「一つ聞いていいか」

「なんだキュイ」

「なぜ馬之助が表示されている」


 しかもさりげなく値が高い。

 これは果たしてLikeなのかLoveなのか。


「このゲームは同性も攻略できるキュイ」

「制作者ぁああああ! お前らは馬鹿なのか! 馬鹿なのか!!」


 デスクを両拳で叩く。

 なぜ親友ポジの馬之助を対象に入れる。これじゃあ迂闊に相談もできないじゃないか。それともあれか、メインヒロインを攻略中に気が付けば馬之助に心移りしていた、だが親友を好きになるなんて許されない……的なことへの気遣いか。ふざけるな。馬鹿にするな。


「ふぅ……馬之助には注意するとしよう」


 冷静になってから眼鏡を中指であげる。

 がらにもなく取り乱してしまった。

 エリートである俺がこのような姿をしてしまうとはな。

 反省しなければならない。


「それでこの飛村さんが100%なのはどういうことだ」

「飛村詩織はすでに主人公に好意を100%有しているということだキュイ」

「それは見れば分かる。なぜ角倉さんとこうも値が違う」

「仕様だキュイ」


 今すぐこの青いイルカを投げ飛ばして踏みつけたい。

 だがあいにくこいつは触れることができない。なんとも厄介な奴だ。


「明日、飛村さんに声をかける」

「それが良いキュイ」


 俺は早々に勉強を切り上げ就寝した。



 ◇◇◇



 四月二日。登校二日目。

 早めに登校し正門で待つ。


 声をかけるなら教室より登校中の方が都合が良い。

 人と言うのは停止した状態よりも動いている状態の方が、精神的な壁が低くなる傾向がある。そこを上手く利用して飛村さんと仲を深める計画だ。

 それに恥ずかしい台詞を言うのには声が反響しない広い場所がいい。


「来た」


 飛村詩織が正門に近づく。

 相変わらず腰に刀を帯びており歩く姿には隙がない。


 ふむ、こう見るとかなりの腕を有しているようだ。

 悔しいが俺よりも何倍も強い。

 このような状態でなければ竹刀で打ち合いたかった。


「!?」


 飛村さんが俺を見つけて目を見開く。

 そして、すぐに無表情になるが口の端が少し上がっていて心なしか嬉しそうだ。


 そういえばあの子『ついにこの日が』とか言っていたな。


 俺の知らない背景が存在するのだろうか。

 なんせゲームは高校二年生からだ。今までの銀条和也が行ってきたことが全くないとはとても思えない。単純に高校生活を送るだけなら入学式からでもいいような気がするのだ。

 もっと言えばなぜ一ヶ月だけなのだろう。俺が調べた恋愛ゲームは一年くらいスケジュールがあったような気がする。それとも今の流行がこうなのか。


 俺は後を追って正門を越える。


「飛村さん」

「はいっ!」


 勢いよく振り返った彼女は緊張した面持ちだった。

 初日とは違う反応だ。

 あれは不意打ちに近かったからか。


 再び選択肢が出現する。


 ・「おはよう飛村さん」

 ・「お前のパンツをよこせ」

 ・「君はチュパカブラの存在を信じるか」


 俺は前回の反省を生かし二を選ぼうとする。

 だがしかし腕がなかなか動かない。


 当たり障りなく人生を歩んできたこの俺がパンツを求めるだと。エリートサラリーマンとして地位を築いてきたこの俺が。最短で部長へ昇進となるだろうと目されているこの俺が。ありえない。このようなセクハラ発言をするなどあってはならない。


 ええい、ままよ!


 俺は勇気を振り絞って二を押した。


「パ、パンツ!? だめだよかず君、こんなところで。恥ずかしい……」

「ふぐぁぁああああああっ!!」


 飛村詩織は顔を赤く染めスカートを押さえてモジモジする。

 様々な感情が押し寄せ俺は頭を抱えて絶叫した。


 俺の積み立ててきたエリート像が崩れる。

 当たり障りなくほどほどに人と接してきた俺の人生に亀裂が入った。

 だが同時にときめきと言う名のピンクの波が押し寄せる。


 初めてだった……異性をこんなにも可愛いと感じたのは。


「良かったやっと約束を守ってくれる気になったんだね」

「約束?」

「うん。小さい頃指切りげんまんしたでしょ『もし俺を殺せたら付き合ってやる』って。だから頑張って斬るね」


 しゃりん。刀が引き抜かれる。

 不味い。よく分からないがこの状況は不味い。


「ほ、ほら! ここでは他の生徒がいるだろ! 危ないじゃないか!」

「大丈夫だよ。私、あれからすごく強くなったんだ」

「分かった! じゃあ時間をくれ! ほんの少しでいいから!」

「少しだけ? どのくらい?」

「放課後までだ!」

「うん。私、待つね」


 彼女が刀を鞘に収める。

 その間俺は生きた心地がしなかった。


「そう言えばどうして飛村さんって呼ぶの? 私のことは『詩織』って呼んでくれてたよね。それとも……そんなことまで忘れちゃったの。ふにゅううう」


 飛村さんはしょんぼりする。

 この雰囲気から察するに彼女と俺は面識があるようだ。そもそも考えてみれば好感度が100%の時点で何らかの関わりがあると見るべきだったのだ。頭のおかしい約束もその時にしたと推測できる。


 しかしなんだ『もし俺を殺せたら付き合ってやる』とは。

 この世界の銀条和也は底抜けの馬鹿なのか。


「かず君とまたお話しができて嬉しい」

「ああ、俺もだ」

「今すぐ殺したいけど我慢するからね」

「わ、悪いな……」


 なんだこの可愛い死神は。

 キラキラした目で見てくるくせに右手が柄に添えられている。

 純真無垢な殺し屋じゃないか。ピンク色をした絶望。


「あ、遅刻しちゃう! 行こっ、かず君!」

「ああ」


 詩織に手を引かれて俺は教室に急いだ。


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