How much is your body worth?

 原因を解明しようと、総一が手をこまねいているうちにも次々とポイントは入りつづけ、最終的に壁の赤い数字は『520』に到達したところで変化を止めた。


 SNSに届いたメッセージは全部で五十二件。ポイントが入りはじめたのは、メッセージが届いたという通知があってからだ。一メッセージが十ポイントだと仮定すれば計算は合う。が、どうにも腑に落ちない。というのも、それらすべての内容が誹謗や中傷の類ばかりだからだ。


 内容は重要ではなく、メッセージが届いたこと自体が評価されるのかもしれない。そうでなければ、これだけ大量のポイントが入った説明がつかない。


 気味の悪いものでも見るような目で、壁に表示されている数字を眺めていた総一は、視界の端で何かが明滅したような気がして視線をラップトップに戻した。執筆画面が消えて真っ暗になっている。


 スリープ状態に入ったか、もしくはスクリーンセーバーが作動したのだろうか。適当なキーを叩く。画面に変化はない。バッテリー残量は充分にあった。そもそも、万一に備えて電源はコンセントに繋いである。冗談だろ。書きかけの作品はまだ保存していない。一体何が起きたのだ。電磁波的な干渉を受けて内部の部品がやられたのだろうか。


「あの」


 ラップトップの不具合を訴えようとした総一は、画面に『アンケートにお答えください』という白い文字が浮かんできたのに気がつき、言葉を切って目を細めた。文字が薄れて消え、続けて別な文が現れる。


『価値が高いと思う順に、1から22の番号をふりなさい』


 文字が消えると、今度は人の形をしたシルエットが画面中央に現れ、三枚のフィルムのように別れて横一列に並んだ。右側が各種の内臓へ、中央が骸骨の姿へ、左側が裸体の男性へと、それぞれのシルエットが変化した。


 思わず「なんだよ、これ」と声が漏れる。ハックされている、いや、ウイルスか。いずれにせよ、どうせおかめ面たちの仕業だろう。カーソルを合わせると、各部位の名称のポップアップが現れる。


 試しに、画面右側に出ている脳をクリックすると『1』と番号が振られた。同様に心臓をクリックして『2』と番号がつく。カーソルを中央へ移動させ、頭蓋骨の上でクリックすると、予想に反して『3』と番号が打たれた。


 各セクション毎ではなく、全部で二十二ヶ所しか番号が振れないようだ。人体の部位に価値の高い低いがあるとすれば、移植用の臓器として医学的な観点から見た場合でのことだろう。


 アンケートと書かれていたが、なぜ今これをやらされるのか理解ができない。二十二という半端な数なのも意味が不明である。連中の意図はともかく、これを終わらせないことには執筆ができない仕組みらしい。


 あまり深くは考えず、上から目についた順に『22』まで番号を振っていく。内臓と人体の各部位ばかりに番号が集中する。画面中央の骸骨には頭蓋骨の『3』しか数字がついていない。四肢や頭にも番号をつけてしまったが、これらの移植は現代の技術ではまだ不可能ではなかったか。頭蓋骨だって無理だ。


 番号を打ち直したほうがいいかもしれない、などと総一が考えていると、三つの人体図が消えて『ご協力ありがとうございました』という文字が浮かんできた。


 何だったのだ、と思うや否や、背後から素早く何かが飛び出し、それらを見極めようとする暇もなく、身体を椅子にきつく縛りつけられた。顎を下げるなり、いくつものベルトが身体に巻きついているのが目に入った。


 ヤバイという三文字が総一の頭に浮かぶのと、先ほどのアンケートで番号を振った二十二の部位が、正面のモニターに映し出されたのはほぼ同時だった。左端に並ぶ一から二十二の番号とは別に、各部位の名称を挟んだ反対側の右端にも数字が並んでいる。


1、脳   100,000

2、心臓  300,000

3、頭蓋骨 1,200

4、眼球  750 each

5、肺   100,000 each

6、肝臓  157,000

7、膵臓  50,000

8、小腸  2,500

9、大腸  2,500

10、腎臓  131,000 each

11、頭   800

12、首   800

13、胸   800

14、胴   800

15、上腕  500 each

16、前腕  500 each

17、手   400 each

18、腰   800

19、生殖器 300

20、太腿  1,000 each

21、脛   1,000 each

22、足   1,000 each

※なお、数字外の部位は一律1ポイントとし、いかなる例外も認めない


 血の気が引くとはこの感覚のことなのか、身体の芯に冷たい液体を流し込まれたような、心臓を凍えた手で鷲掴みにされているような、現実感のない奇妙な感じがする。


 椅子に縛りつけられ、抗うこともできずに身体を両断されてしまった、不運な二人の映像が脳裏にフラッシュバックし、鼓動が速まるのに合わせて息が荒くなる。何だ? 何がまずかったのだ。もしや、アンケートの答え方を間違えたのか。それとも、まさかあれは、アンケートと称したテストだったのだろうか。


「ご機嫌いかがですか?」


 唐突に響いた耳障りな機械音声に、総一は身を震わせて目を見開き、まるでそこに声の主がいるかのように天井の一角を見上げた。良いわけがない。


馬頭間めずま頼斗らいとさん。貴方あなたは一定の負債を抱えてしまいました。残念ながら」


 息を詰め、死の宣告が下るのかと身を強張らせる。


「このままではショーに参加しつづけることはできません」


 安堵とともに思いきり息を吐き出す。さっきの二人が即座に刑を言い渡されていただけに、もうダメだと思った。俺も身体を切り刻まれて死ぬのだと。とはいえ、まだ安心はできない。


「それでは困りますよねぇ?」


 一向に困らない。参加しつづけられないとは、つまり失格ということだろう。失格なら退場となるはずだ。それで家に帰らせてもらえるのなら何だって構わない。


「ですので、身体で支払っていただきます!」


 何を言っているのだ。


「モニターをご覧ください。一から二十二までの貴方が価値が高いと思う、人体の各部位が書かれたリストが表示されていますよね? 右側の数字は、とある市場での価格や需要の程度をもとに、貴方の臓器の健康状態などから算出したポイントです」


 わけがわからない。この状況に陥っているのは、アンケートに答え間違えたからではないのか。


「貴方にはそれらいずれかの部位と引き換えに、貴方の抱えている『520』という負債を返済していただきます!」


 壁に表示されている大きな赤い数字に目を向ける。嘘だろ。これはポイントではないのか。おかめの声は負債と言っていた。では俺は、いわれのない誹謗中傷を受けただけでなく、それによって生じた負債なるものを返済するために、己の身体の部位を犠牲にしなければならないのか。ふざけるな。


「あの、あの俺ちが、違うんです! 何かのま、俺、まだッ! 作品どこにも」


「但し書きにもあるのでお気づきかとは思いますが、リスト以外の部位でお支払いいただくことも可能です。まぁ、その場合、貴方が完済するには、五百の部位が必要ですけどねッ!」


 こちらの声は聴こえていないらしい。おかめ面が反応した様子はない。


「ああ、ご安心ください。ショック死されないよう、臓器の摘出や部位切断の際には、局所麻酔薬を投与いたします。ですので、意識を保ったまま貴重な体験を味わうことが可能となっています。これでまた小説のネタが増えますねッ!」


「すいま、あのッ! 間違いなんですッ! 変な、ひは、は、わる、悪口のメールきて! 不正とか、してな、してないのにッ! だから」


「なお、一定の時間が経過してもお選びいただけない場合、自動的にリストの一番下の部位から返済にあてさせていただきます!」


 何を言っても無駄なのか。モニター上の制限時間を見上げ、画面内のリストへと視線を落とす。目が霞んでよく見えない。


 重要な部位ばかりを選んだのだ。ここから一つを差し出せなどと言われて、おいそれと決められるわけがない。とはいえ、いつまでも迷っていると、左右どちらかの足を持っていかれてしまう。音を立てて唾を飲み込む。早く決めなければ。


「さぁ、それでは、お好きな部位をお選びください!」

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