All clouds were blown away

「従業員 No.ナンバー 0188324 ナラタカ・カガミ 23歳。MEマーズ・エラ211年18月7日 本日付けで、あなたを解雇します」


「あぁん⁉︎ なんだと、コラッ! テメェ、もういっぺん言ってみろ!」


 冗談じゃねぇ! 解雇予告手当は機能していないと聞いた。つまり、ここで解雇されたら金が入らない。やっと見つけた人工食品加工工場の仕事だというのに。クソッ! 誰だ、火星なら稼ぎがいい仕事がすぐ見つかるなんて吹いた奴は。


「警告。ただちに手を放してください。なお、警告を無視して抵抗を続ける場合、当機に危害を加えようとしていると判断し、適切な自己防衛措置、およびPPLに従いSBへ通報します」


 唸り声を上げていたナラタカ・カガミは、「クソがッ!」と吐き捨てるように言い、スリムな郵便ポストを思わせる、融通のきかないオールドタイプのAI搭載アシスタントを軽く突き飛ばした。


「当機への暴力行為を感知しました。証拠として一部始終を記録した動画をSBへ送信します。これより加害者ナラタカ・カガミには、PPLにのっとり当機の指示に従う義務が生じます。ただちに当機から二メートル以上離れ、係官が到着するまでその場で待機してください。なお、当機の命令に従わない場合には、PPLによって厳しく処罰されます」


「なっ……ざっけんな! 手ぇ放しただろうが!」


「先ほどのあなたの行為は、正しくは突き飛ばしたであり、放したではありません。あなたの脳波からわずかな悪意も検知されています」


 旧型でもBMIは搭載されているらしい。面倒なポンコツだ。逃げるか? 無駄だ。建物から出る前に捕まっちまう。


「まぁ、聞けよ。たった今、俺は職を失ったばかりだ。オマエのおかげでな。それだけでも最低の日なんだ。そのうえ、塀の中へブチ込まれたんじゃたまんねぇよ。だから見逃し」


 強風のような轟音と金属音がし、眼前のAIアシスタントが消えた。正確には、右側からやってきた何らかの力により、左のほうへと吹き飛ばされたようだ。思わず左を見ると、五メートルほど離れたところにある金属製の壁に、俺をクビにしたポンコツが地層に埋まった化石よろしくめり込んでいた。


 ポンコツをスクラップにした力の源は何だと右側へ頭を振る。


 強大な力が加わったらしく、金属の壁が剥いたバナナの皮のように広がっており、できた穴の真ん中に全裸の銀髪少女が立っていた。違うだろ、ナラタカ。と、自分の思考を正す。


 少女にそんな力があるわけないだろ。金属の壁に風穴を開けるようなヤツは人間じゃない。軍事用あたりのヒューマノイドに決まってる。生身の俺が喰らえば確実に死ぬ。コイツが暴走しているのでなければ、こちらに危害を加える意思がないことを示したほうがいい。


 ナラタカはゆっくりと両手を頭の位置にまで上げ、「俺は一般市民だ。抵抗する気はない」とハッキリと宣言した。乳首や性器まで作られている。セクサロイドの機能も備えているというわけだ。ヒューマノイドといえど目のやり場に困る。なぜ服を着ていないんだ。


「あなたとの会話は記録されます。あなたはこちらの従業員ですか?」


 暴力的な行為をするわりに丁寧な話し方をする。暴走しているようには思えない。会話を記録するのは銀行か政府機関くらいなものだ。


「いや、アンタがそこの壁を吹き飛ばす直前にクビんなったよ。ところで、こいつは一体なにごとなんだ? アンタ、一般用のヒューマノイドじゃないよな?」


「あなたに開示できる情報はありません」


 素っ裸でよく言うぜ。


「わかったよ。アンタの用事にゃ首を突っ込まねぇ。それに俺はもうここの従業員じゃねぇし、そっちの関係者でもねぇ。だから、帰っていいだろ?」


 厄介事はゴメンだ。さっさと次の仕事を探さなきゃならない。こんなよくわからない事態に巻き込まれるのは非常に困る。ポンコツが通報したSBの係官はまだ来ないのか。


「却下します」


「あぁ⁉︎ 俺は関係ねぇだろって」


「あなたは現状、現場に居合わせています。よって関係者とみなします」


「じゃあこの事態を説明してくれ!」


「繰り返します。あなたに開示できる情報はありません」


 らちが明かない。食品加工工場に強化型のヒューマノイドが何の用かは知らないが、そんなことよりも俺が解雇された理由のほうが重要だ。不当解雇なら会社を起訴してやる。


「ナラタカ・カガミ、二十三歳、無職。F地区、61棟にひゃ」


「おいおいおい、人のこと勝手にスキャンするんじゃねぇよ。ログが残るだろうが。それに個人情報を読み上げるな」


 なぜ誰も駆けつけないんだ。警報も鳴っていないし、警備ドローンも来ない。どうやら思っている以上にマズイ状況らしい。


「ナラタカ・カガミ」


「だから、個人情報を」


「これよりあなたをテロリストの疑いで拘束し、SBの本部へと連行します。なお、抵抗する場合」


 テロリストの疑いだと? コイツ、SBに所属するヒューマノイドか。


「待て待て、待てって!」


 そもそも治安維持局であるSBが武力行使していいのか。それに、ここへ踏み込んだということは、問題はこの会社にあるはずだ。クビになった俺には関係ない。こんなバケモンを送り込まれるなんて、この工場、一体何やりやがった。


「抵抗はしねぇけど、聞いてくれ。俺は何もやっちゃいない。たとえこの会社が何かやらかしたんだとしても、俺は三週間ほど前に雇われたばっ」


「あなたにこの場で弁明する権利は与えられていません。よって、記録されたデータは内容如何いかんに関わらず、あなた自身を弁護する証拠として、いかなる効力も持ち得ません」


 まったくツイちゃいない。出勤してみりゃクビを言い渡され、バケモン並みの破壊力を持ったヒューマノイドの襲撃に遭い、テロリストの嫌疑をかけられた挙句にSB本部へ連行されるときた。


「なんてクソな日だ」




 続きを練るため、指定された『霧海むかい とう』なる執筆名で、複数のサイトへ投稿した作品を読み返していた良昭は、不意に蘇った妻の悲鳴に頭を抱えて下を向いた。


 集中力が切れるたび、みちるの右手をミンチにした残虐な動画が、脳内で即座に自動再生されてしまうせいで考えが纏まりづらい。いつもより筆が進まず、約二時間でたった二千字ほどしか書けなかった。


 温めていたネタや、プロットのある作品ではない。行き当たりばったりで思いついたものだ。だからこそ、メッセージを込めやすかったとも言える。まだこの段階で気づく者はいないだろう。大丈夫、時間はある。焦りは短絡的な考えや行動を生む。


 まず警戒すべきは、あのイカレたおかめだ。異常者だが馬鹿ではない。おかめの面や機械音声はヤツの特徴を隠すためだけじゃなく、表情や声音から考えを読ませないためでもあるのだろう。やけに芝居がかった喋り方も、おそらくわざとに違いない。


 ルールの他に『隠しルール』があると明言していたのだって奇妙だ。あれ自体が罠の可能性が高い。うまく言えないが、誘導されて検索させられたような気持ち悪さがある。


 良昭は顔を上げ、白色で統一された部屋をぐるりと見まわした。確か、ルールに従わなかった場合は、ただちに罰が下るようなことを言っていた気がする。ということは、参加者の様子を別室からモニタリングしているのだろう。


 つまり、ルールに違反した者は発見され次第、問答無用で処罰されるということだ。数時間前に、身体を鋸で上下と左右に分断された、二人の憐れな男性のように。


 モニターの右隣の壁に表示されている、『10』という緑色の数字を見やる。


 どういう仕組みか知らないが、少し前のアナウンスでポイントを獲得したのは俺だった。投稿した作品を公開したからか、それとも、作品を投稿したサイトの数が関係しているのか、まだはっきりとはわからない。この『10』が高得点か否かも不明だ。


 それに、ポイントが入ったからと言って、浮かれてもいられない。残り八千字ほどを時間内に書き上げなければ、隠しルールに抵触したとして罰を受けるハメとなってしまう。いや、書き上げたとしても油断はできない。


 構想を練るのをやめ、書きながら考えようと手を動かしかけた良昭は、執筆画面の隣に新しいタブでSNSを開くと、『霧海 塔』のアカウントでログインして反応を確認した。数時間で適当にフォローしたおよそ百人中、フォローを返してきたのは七割強。本文画像を添付した、作品の宣伝に対する反応はゼロ。


 霧海のアカウントから普段使いのものへと切り替える。フォロワーは二千人以上いるが、果たして小説に本当に興味のある人間がどれほどいるかまでは把握していない。頻繁に反応をくれる人が数十人いても、リンクまで踏んでくれるのは良くても十人ほどだ。発信する内容のせいか、SNSを経由しての自作小説への流入はかなり少ない。


 SNSの解析など今は重要ではない。必要なのは、ウェブのSF作家としてはそこそこ読まれている、御手洗みたらい良昭の影響力だ。『霧海 塔』の作品を甘口でレビューし、エピソードを更新するたびにSNS上で感想を投げ、良い作品だと印象操作してやればいい。影響力のある人間の発言で作品の評価は変わる。


 逆もしかりだ。他の参加者に与えられた執筆名がわかれば、連中の評判を故意に落とすことだってできる。


 良昭は「そうか」と呟くと、SNSの隣に別なタブを開き、『瀧田川出版 ショー 参加者 執筆名 一覧』と打ってエンターキーを叩いた。

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