43日目 檄文

《違法なことをしているのは会社の方です。これはパワハラですよね》


 衝撃的な言葉が並んだ回覧をコタンは目にした。


《社長と口論になった翌日、私は部門を変更させられました。ろくな引継ぎもなく、全く知らない業務の現場に放り出されました》


 えっ?

 この文章、誰向け? 読んでいいの?


 社員全員が見られる場所に、この文章は掲載されていた。コタンは無意識に、目の前の文章を手元の紙に素早く書き写した。直観が働いたのだ。


《後で支社長に聞いたら、それでやめたらやめたでしょうがないと言われていたようです。ひどい話だと思いませんか》


 コタンは息をのんだ。衝撃的な文章は続く。


《携帯型水晶玉を業務用に使うように強要された時も、社長とやりあいました。そのことで社員のストレスが溜まっていくということを伝えても通じず、社長個人が便利だからという理由で押し通され、その結果退職者が続出しました》


 コタンは周りを見回した。ほかの社員はこれに気付いているだろうか。


《朝の5時に通話に応じないことで叱責され、既定の残業時間を超えて働かないように圧力をかけられ、そのくせ期日までに業務を遂行しろと言われ、八方ふさがりになりました》


 コタンは泣きそうになっていた。


《この文章は会社を責めるために書いたわけではありません。私は今日でこの会社を後にしますが、ほかの社員の方々の待遇が少しでも良くなりますように、少しでも考えてみてください》


 後で気づいたが、この文章は誰かによって即座に削除され、見ることができなくなっていた。だが、社員の大半が気付いたようで、よく話している社員全員が内容を知っていた。


 だが驚いたことに、この檄文自体の存在が表立って話されることはなく、また問題にもならなかった。そして当然、社内の体制にいささかの変化も起きることはなかったのである。

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