18日目 綱渡り

「悪くなってるよ!」


 甲高い声が鳴り響いた。

 コタンは顔面蒼白で自分に浴びせられた言葉を聞いた。


「悪くなってるよ、コタン君! ほかの人も聞いといて! ムリエラさんが作ってくれたページをコタン君が修正したんだけど、前より悪くなってるの! これ、修正しないとまずいよ! こんなのお客さんに出せないからね」

「すいませ……」


 コタンは涙が出そうになりながら、何とか声を出した。

 早朝から修正された提案書のページを頭から順にチーム全員で確認しているのだが、自分の担当したページだけでもう30分は経過している。 

 コタンは何となく自分の隣の席を見てしまったが、ムリエラの席には誰も座っていなかった。


「これ、今日の17時に王都に提出だからね、何としても午前中には修正を終わらせてね! お昼ご飯は修正後にとってね、悪いけど」


 会議はその後数時間続き、11時過ぎに終わった。各員は会議に参加しながら作業を進めていた。それでもあと1時間で修正を終わらせるのは不可能と思われた。

 呪文書作成士デザイナーのリーダーたちは大慌てで個別の会議を行い、全国の支社の各呪文書作成士デザイナー写本師オペレーターに指示を出した。


「これ、終わるの?」

「マジ終わってるでしょ……」


 水晶玉の個別の会議室はつながったまま作業は行われた。修正に関する疑問点や、解釈の違いなどを確認しながら作業を行うためだ。作業の内容に加えて、不満の声なども漏れ聞こえてきた。


「終わった! みんな、ありがとう!」


 水晶玉の中に各呪文書作成士デザイナーチームのリーダーであるジンガラ支社のゼラタ女史が大きく叫んだ。ゼラタ女史は少しふっくらした眼鏡美人だ。少し遅れたが、13時に作業は終わった。コタンも修正をやり遂げながら、達成感に包まれていた。通常の修正に加えて、新たにアイディアを加えたページを増やせという社長の無茶な指示を数時間がやり遂げたのだ。


「じゃあ、これを社長にいったん確認してもらったら、本社の写本師オペレーターが本の形にしてくれるからね、少し経ったらお昼休みにしましょう!」


 やれやれ、という空気が水晶玉の会議室内に漂った。これでようやく落ち着いた日常が戻ってくるんだろうか。お昼は何を食べようかな。


「みんな、ちょっと待って! ごめん、待って! 今からミーティングだって!」


 再びゼラタ女史の声が響いた。どよめきが会議室内にあふれる。コタンは仕方なく〈全自動ミーティング〉に水晶玉をつなぎなおした。社長がすでに話し始めていた。


「みなさん、ありがとう! いいものができたと思います。じゃあ、また最初から見直していくからね、皆さんも一緒に見ていこう。まず表紙は……」


 コタンは目の前が暗くなったのを感じた。王都に提出するのは今日の夕方ではなかったか? まさかまだ修正が入るのだろうか。


 そのまさかだった。提案書の1ページ目から確認と修正指示が行われ、再び修正作業は始まった。社長の計算では修正後の製本作業は1時間で完了するため、15時30分までに修正を終わらせれば提出には十分間に合うはずだという。


「じゃあ次は2ページ目、この機能だけど、ザルトータン君、これってどういう意味だっけ?」


 その後、死に物狂いで修正と製本を終わらせ、ぐったりとなった支社の〈全自動〉チームのスタッフに、夕方過ぎにアムラトが声をかけた。


「間に合わなかったって……」

「えっ」

「企画提案書の提出、17時までに間に合わなかったって……。あと、中のページがけっこう抜け落ちたまま提出しちゃったって……」


 力が抜けた。声がでなかった。ほかの社員も同じようだ。


「あと、明日はお休みになります。ゆっくり体を休めてね」

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