第30話 なんか新品だって

 文月が連れてこられた場所は植物園のような部屋だった。ガラス張りの天井は高く壁は様々な植物に隠されて何処にあるのかも判然としない。水の流れる小さな音と鳥の囀りが時々聴こえる。音の反響から、広い、という事が何となく分かる。空気は僅かだが動いており、のし掛かるような植物の中にいるのに息苦しさは全く感じなかった。

 また床指南が始まるかも。

 席についた文月は身構えていたがジクドリア王妃はとりとめのない話ばかりを振ってきた。自分の好きな花は何々だとか、この茶葉は何処の領地から納められたものだとか、まるで時間稼ぎの話題の振り方である。

 ん?時間稼ぎ・・・というかこれは・・・。


「あの、王妃様」

「なあに?」

「僕は、食堂に、あの場所にいちゃいけなかったんですか?」


 訊いてしまった後に、もしかして怒られるかもと思い文月は身構える。


「うーん、男の子同士のお話があったみたいだからねー」

「・・・?」

「だから女の子同士の話をしようと思ったのー」


 くすくすジクドリア王妃は笑う。


「きっとマドリニア王はタルドレムにこう言うわ、フミツキを口説き落とせってね。そしてタルドレムはこう答えるわ、言われるまでもない、むしろ言うなって」


 ぽふんと文月の顔が赤くなる。タルドレムが自分に向ける好意には自覚がありすぎる。面と向かって何度も宣言されているのだ。

 そんな文月を見てジクドリア王妃は微笑んだ。


「ねえねえ、タルドレムとキスはしたー?」

「ま、まだです」


 文月はうなじまで赤くしながらも正直に答える。

 相手の母親と交際の進捗具合の話題なんてなんてなんてムズムズするんだろう。

 いやいやまてまてそもそもタルドレムとお付き合いしているわけじゃない。何より何より僕は男だ。それを忘れてはいけない。よっしゃぁ、よっしゃぁ、おいら男だ!そーれ!それそれ!わっしょい!わっしょい!

 文月は頭の中で一生懸命自分の男を鼓舞する掛け声をかける。

 そんな文月をみてジクドリア王妃はくすくす笑った。


「お母さんの助言は必要かなー?」

「いっ、いぇだ大丈夫ですっ」

「本当にー?」

「はいっ自分で何とかしますっ」

「うんうん、こういう事は自分達で解決したいものよねー」

「はい、頑張りますっ」

「はーい、頑張ってねー」

「はいっ」


 わたわたしながらも元気に応える文月にジクドリア王妃は満足そうに頷いた。


「さてとフミツキちゃん、お茶はこれくらいにしてお部屋でちょっとお休みなさい」

「え?あ、はい、ありがとうございます」


 文月としては特に疲れてなかったがジクドリア王妃が気を遣ってくれたのが分かったので素直に従った。


「それでは失礼します」

「うーん、また今度ねー」


 優雅に手を振るジクドリア王妃に見送られて文月は植物園の様な部屋から退室した。


「ふいー・・・」

「お疲れ様でした」

「あはは、大丈夫だよ」


 退室して安堵のため息をついた文月にリグロルが声をかける。

 自分ではそんなに疲れたとは思ってなかったが隣にいるのがリグロルだけになったらため息が出たのだ。魔力云々よりもこれは気疲れというやつだろう。

 ジクドリア王妃もそれに気がついていたからこそ早々に文月に部屋に戻るように促したのだ。


「部屋はどっちだー」

「こちらでございます。支えはご必要ですか?」

「ううん、ようやく1人でも歩ける様になってきたから大丈夫」

「それは宜しゅうございました」


 植物園の部屋から自室まではそれ程遠くはなかった。リグロルに先導され部屋に戻ると文月はベットに倒れ込む。行儀が良いとは言えない行動ではあるが、何も言わないリグロルがありがたい。

 文月はドレス姿でうつ伏せのまま、ぱたぱた足を動かす。暫くぱたぱたしていたがやがて動きが止まると、小さな寝息が聞こえ始めた。

 リグロルは静かに文月のドレスに手をかける。文月を起こさない様な絶妙な体の誘導でドレスを脱がすとフワリと毛布をかけた。

 安心しているのか文月の寝息に乱れはない。

 文月の体が冷えない様に毛布で覆われてる事を確認したリグロルは一礼して静かに退室した。

 さぁ!関係各所に連絡です!必ずやフミツキ様のお夜伽を性行!いえ成功させなければなりません!

 リグロルはまず国王と王妃の側近達に今夜の計画の概要を伝える。その後、警邏隊にフミツキの移動経路と時間を伝えてその時間帯には誰もその道順に立ち入らせない様に申し伝える。

 国王と王妃からは迅速に了承の返事が来てタルドレムには連絡不要との言付けも御両名から頂いた。

 あら、お二人共面白がっておられる。

 メイド達もヒソヒソと計画を囁き合い、城内に文月のお夜伽計画が静かに広がって行った。広いラスクニア城内の空気が徐々に熱気を帯びて行くそんな中、当の文月はすやすやと眠っていた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「フミツキ様、フミツキ様、そろそろ夕食のお時間です。お目を覚ましてください」

「んあー」


 リグロルに優しく揺さぶられ、文月は間抜けな声を上げてのっそり起き出した。


「いまなんじー?」

「もう日が沈む頃合いですね。起きていただいて身嗜みを整えて頂きませんと夕食に参れませんよ」

「あうー」

「さあ、お顔を拭きますね」


 リグロルはお湯に浸かったタオルを絞り文月の顔を拭く。文月は大人しくされるがままになっていたが、徐々に目が覚めて来たらしい。


「リグロルー、わきが痒い」

「あら、ちょっと失礼しますね」


 リグロルが文月のブラジャーを外すと文月の白い肌にブラの締め付けの跡が薄ら赤く残っていた。


「あらフミツキ様、お胸が大きくなられたみたいですね」

「え?うそっ?!」


 思わず文月は自分の胸を鷲掴み。持ち上げて放すと立ち上がりぴょんぴょん跳ねる。

 ダムハリやリグロルには遠く及ばないが確かに昨日よりも胸の膨らみが大きくなっている気がする。

 あとノーブラで跳ねると胸って結構ゆれるのね。

 ・・・そーんな事はどうでもいいっ!


「うそだぁー・・・」


 文月は自分の胸を持ち上げながら愕然とする。体だけがどんどん女になってゆく。その現実に文月の心が何処かの渦に沈みそうになる。


「フミツキ様、はい」


 リグロルが上半身をさらけ出し、自身の胸を持ち上げて文月に差し出した。


「わっリグロル?!」

「これが女の胸ですよ」


 ゆっくりとリグロルは文月に近づく。

 リグロルは少し膝を曲げ二人の乳首が同じ高さになるようにする。

 あ、あ、あ、乳首と乳首が・・・キスしちゃう。


「フミツキ様、私の胸、如何ですか?」

「いかがかと言われましても!いかがわしいやらきれいやら!」

「多少大きい方ですが、特に不自由はしてませんよ」

「そうでしょうとも!そうでしょうとも!」


 あ、あ、もう近すぎてリグロルの体温が分かっちゃう!さきっぽで分かっちゃう!


「こんな胸でも私の体です」

「はいっ結構なお手前で!」

「フミツキ様のお胸が大きくなろうともそのお体はフミツキ様御自身ですよ?」

「もちのろんでございます!」

「お体のことでお悩みなら、私の体をお好きになさって結構ですから」

「なさってけっこう?!」

「今からお戯になって頂いても構いませんよ」


 リグロルが自分の唇を舐めると濡れて妖しく光る。

 いやーん!強引なリグロル素敵っー!

 って同性じゃん!いや、異性か?!あれ?!どっち?!


「だけど今は・・・」


 リグロルは文月の赤くなった肌に指を這わせる。


「あん・・・」

「採寸が必要ですね」

「あふー・・・」


 危ないところに火がつきそうになったのは文月かリグロルか。それとも二人共だったか。

 リグロルは文月にフワリと毛布をかける。


「シィトゥジィ、いますか」


 胸をしまい服を整えながらリグロルが呼びかけるとベットの柱から小さな姿が飛び出して来た。


「はいはい、控えておりますとも」

「リィツィに言ってフミツキ様のお身体をもう一度採寸しなさい」

「はいはい、かしこまりましたとも」


 シィトゥジィはすぐに柱に飛び込んでリィツィを連れてきた。


「はいはいー!リィツィですー!借りてはないけどしゃっきーん!」


 紐を頭上に掲げてリィツィがポーズを取る。


「あはは、リィツィよろしくね」

「はいな!お任せくださいませ!計りますよ採寸しますよ裁縫しちゃうんだからー!」


 文月が毛布をはだけ立ち上がるとリィツィは持っていた紐を文月の体各部に素早く回す。採寸は一瞬で終わった。


「フミツキ様の寸法、憶えましたよ!」

「取り急ぎ下着を優先して調整なさい」

「はいはい!フミツキ様お気に入りの下着はありますか?」

「ううん、特にないかな」


 胸を両手で隠して文月は答える。


「お任せ頂きましたー!」


 リィツィは背負っていた袋から布を取り出すとその場で裁断し縫い始めた。その手つきに迷いは全く無く指先が見えなくなる程の速さだった。


「はいー!上下お揃いの一品でございます!」

「うわっ、はやっ」

「うふふぅ、夕飯前だけど朝飯前とはこれいかにー」


 数分もしないうちにブラとショーツの一式を手渡された。つるつるしていて肌触りが凄くいい。


「フミツキ様、身に付けましょう」

「うん、よろしく」


 リグロルに手伝ってもらいブラを身に付けると文月の体のラインにぴったりと合わさる。まるで肌に吸い付いているかのようだ。


「うあ、すごい」

「フミツキ様、次は下ですよ」

「わ、ち、ちょっと待って」

「はい」

「あ、あの、シィトゥジィ、リィツィ、あのごめん、その恥ずかしいから、その、退室してもらえると、嬉しい、かな・・・」

「はいはい勿論ですともフミツキ様、どうぞ私たちにお気を使わないで下さいまし」

「気にしない気にしない!樹木じゃないのにどわぁー!」


 リィツィを柱の陰に蹴り飛ばしシィトゥジィもにっこり笑って退室した。


「悪かったかなぁ」

「リィツィも言ってましたがお気になさらなくても大丈夫ですよ。城妖精は仕事が報酬ですから。人の常識とはちょっとズレてますからね」

「うん、分かった。けどお礼を言い忘れちゃったから今度会ったら言っておくよ」

「はい、そのお心だけで充分です」


 そう言ってリグロルは文月の下着を脱がし、新しい下着を履かせる。

 どうやら腰回りも少し大きくなっていたようで新しい下着の締め付け無さが心地よい。


「うわー、これ気持ちいいよ」

「それはようございました」


 リグロルも嬉しそうに下着姿の文月を眺めた。文月が自分の胸やらお尻やらを撫でる姿が色っぽいやら可愛らしいやらでリグロルの内心はもう大変である。


「さあフミツキ様、装いましょう」


 もっと文月の下着姿を堪能したかったがリグロルは自己を律し服を着るよう促した。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 あれ?夕食ってこんな雰囲気だったっけ?

 マドリニア王とジクドリア王妃の機嫌が良いのだ。ただ機嫌が良いのなら特に気にならないのだが、妙な浮つき具合が気にかかる。

 文月を見てニッコリ、タルドレムを見てニッコリ。そして王と王妃が顔を見合わせて笑い合うのだ。


「はっはっはっ」

「うふふふー」


 文月は内心疑問に思うが、オリオニズ大陸の危機が去ったからかなーと考える。

 だがタルドレムを見るとやはり両親の態度に疑問を持っている表情をしていた。

 この席で浮かれているのは二人である。文月とタルドレムは目を見合わせてお互いに問いかける。

 何か知ってる?いいや知らない。

 いつの間にやら目で会話できるようになった二人を見て王と王妃の機嫌は更に上乗せ。


「はっはっはっ、はっはっはっ」

「うふっ、うふふー」


 もう笑い袋と同席しているような気分である。文月もタルドレムと目を合わせてクスッと笑った。タルドレムも釣られてふふっと笑う。そこに王と王妃の笑い声が重なり意味が無いのに文月はまた笑ってしまう。


「はっはっはっ」

「うふふふー」

「あははっ」

「はっはっはっ」


 奇妙なテンションのまま夕食は進んでいった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「何だか不思議な夕飯だったねー」


 部屋に戻った文月はリグロルに問いかける。


「そうですね。王様と王妃様のあんなにご機嫌が良いのは久しぶりに拝見しました。フミツキ様のお陰ですよ」

「そうなの?うーん、まぁ何だかよく分からないけど危機を回避したみたいだしねー」

「そうですとも、お二人共心労がいっぺんに無くなりお心が浮いたんでしょうね」

「成る程ね。役に立てたみたいで良かったよ」

「役に立った所ではありませんよ、オリオニズ大陸全ての命を救われたのですから。私からもフミツキ様に御礼申し上げます」


 そう言ってリグロルは片膝をつき頭を下げようとする。


「やめて!」


 文月の本気の拒否にリグロルはすぐさま立ち上がる。


「やめてよ・・・リグロルにはそういうのして欲しくない」

「フミツキ様、失礼しました」

「そういうのも、やだ・・・」


 リグロルは文月の心情を推し量ろうと必死で考える。

 フミツキ様は誰かにお礼を言われたくて、持ち上げられたくて、オリオニズ大陸をお救いになられたわけではない。崇められ讃えられ、高みに置かれる程フミツキ様はお一人になってしまう。その事を嫌がられておられるのだ。では今のフミツキ様が求めておられるのは何か。


「フミツキ様」


 リグロルは文月に近寄りぎゅっと抱きしめた。


「ご立派でした。よくお一人で頑張りましたね」

「うん・・・」


 リグロルは文月を褒めてあげた。

 胸が文月を柔らかく受け止め、うずめさせる。文月を包んであげられる自分の胸の大きさにリグロルは初めて、大きくて良かったと心底思った。

 リグロルは文月の頭をゆっくりと撫でる。文月も目を閉じてリグロルの胸にもたれ掛かる。

 二人は暫く抱き合っていた。

 お夜伽計画の開始はもうちょっと後になりそうだった。

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