第9話 なんか小用だって

 部屋に戻ったリグロルは化粧台の前に文月を座らせる。

 すべるように文月の服を脱がしてあっというまに下着姿。

 コルセットを取り出して文月のところに戻ろうとしたら文月がこちらを見て眉をよせた。むぅー。

 そしてその顔に合った声を出す。


「むぅ~」

「お嫌ですか?」

「お嫌です」

「ではやめましょう」

「おろ?」


 あっさりとコルセット非装着を受け入れられて文月は肩透かしされたような気になる。

 その気持ちは不安になりリグロルに確認してしまう。


「いいの?」

「はい、本日のご夕食はお身内のみで対外的なものではありませんから。フミツキ様がおくつろぐのが一番肝要です」

「うー、けど緊張するよ」

「そうですね、そのお気持ちは分かります。緊張するなというほうが無理ですもの」

「リグロルは初めて王様に会ったときは緊張した?」

「当然しましたとも」

「だよね」

「はい」


 リグロルは自らの経験を語ってくれるが、にこやかすぎて今の自分ほどは緊張しなかったのではなかろうか。


「緊張しすぎて退室するときに転んでしまいましたもの」

「え?リグロルが?」

「はい。スカートがまくれ上がり国王様にお尻を見せてしまいました」

「ひぇー」


 メイドのお手本のような今のリグロルからは考えられない程の大失敗である。


「それでどうなったの?」

「国王様は大笑いされた後──」

「後?……」

「赤は似合わないとおっしゃられました」

「え?あっ……」


 リグロルはその時の事を思い出したのか照れくさそうにちょっと身をよじる。

 かわいー。


「それ以来私は赤い下着は身につけておりません」


 えっへん。

 自慢になるの?


「律儀だねー。けど確かに赤よりも黒とか白が似合いそうだよね」

「フミツキ様ならきっと赤もお似合いになりますよ」

「いや、赤はいいよ」

「そうですか?」


 赤い下着なんてはしたない。なんだかスキモノのお姉さんが選択するような気がする。偏見だけど。


「今は白を身につけておられますが他の色に変えてみますか?」

「別にこだわりはないからこのままでいいよ」

「畏まりました」


 文月が女性のたしなみを意識するのはまだまだ先のことになりそうだ。

 リグロルは白い下着が透けないような薄手のドレスを何着か取り出してくる。


「お好みのものなどございますか?」

「あー、ドレスは良くわかんないや、リグロルに任せるよ」

「畏まりました」


 リグロルは国王の前に出ても失礼のないような、かつあまり格式ばっていない薄い紫のドレスを選び屏風にかける。


「フミツキ様、鏡に向かって下さい」

「え?ご飯なのに化粧するの?」

「はい。国王様と同席するのに素のお顔のままというのはありえません」

「うぇー」

「はい、お目を閉じてください。大丈夫です、そんなに濃いお化粧はしませんから」

「うん、頼むね」


 リグロルは所謂ナチュラルメイク系の作業を手早く終わらす。


「いかがですか?唇はもうちょっと濃いほうが良いかとも思ったのですがグラスに跡が濃く残るのでこの色にしましたがフミツキ様としてはいかがでしょうか」


 促されて目を開けて文月は鏡の自分と向き合う。

 ぐぁ、可愛い。

 女子大生のお姉さんがお出かけする時にちょっと整えてみました、的な派手すぎず媚びすぎずきちんとしている印象を受ける。


「うわぁー……。これでいいよ……」


 自分自身にちょっぴりドキンコしちゃった文月は自分から目線をそらし了承を口にする。


「それではお食事の前に小用を済ましておきましょう」

「え?なに?」

「おトイレです」

「ぬー、……そうだね。済ませておくよ」

「お手をどうぞ」


 下着姿のままで文月はリグロルに支えられて立ち上がる。

 初めての時よりもしっかりと自分で歩けるようになっては来ているのでリグロルは文月に寄り添い片手を支えているだけだ。

 トイレの扉をリグロルが開け先に入り文月を誘導する。

 文月が室内に入ると扉を閉め、なんの躊躇いも見せずリグロルは文月の下着に手をかけた。


「うえっとぉ、だ大丈夫、一人で出来るよ」

「あら、では扉の外に居ります。何かお困りのことがあればすぐにお声掛けください」


 リグロルはあっさりと引き下がり退室する。ぱたりと扉が閉められた。

 文月は始めて自分で自分の下着を下ろすのに挑戦する。両側に親指を入れて下げると下着は真ん中だけ名残を惜しむかのように残るが両手が膝まで下がると当然引きずられて文月の秘所から離れる。外気に晒された。

 自然と前かがみになったのでそのまま腰を下ろす。

 はぁー、ふぅー、自分のでしょ?落ち着け落ち着け、とりあえず、ここまでは順調だ。

 膝のあたりに引っかかったままの下着が目に入った。クロッチ部分が縦長に少し黄色くなっていた。


「え?」


 漏らした?いや、まさか病気?

 瞬時に暗い方向に思考が走る。リグロルを呼ぶべきだろうか?いやしかし、色々と恥ずかしかったり怖かったりする。落ち着け落ち着け、今一番必要なのは……。


「リグ!」

「どうされました」


 名前を言い終わる前にリグロルは既に個室に入っていた。


「ロルー!テレポート!?」

「てれぽーと?」

「あ、それはいいや」

「はい」

「えっとね……」

「どうされました?」


 自分で呼んでおいてなんだが言いづらい。しかしこれがもし重病の予兆だったら早く手を打っておいて損はない。


「これ……病気……かなぁ?」


 文月はおそるおそる自分の下着の汚れた部分を指差した。


「ご安心ください。ご病気ではありませんよ」

「そうなの?よかった……。あ……漏らした?」


 顔を真っ赤にしながらドキドキの告白をする文月。


「粗相をされたわけでもありません。女性特有のものですよ」

「え?女の人はみんなこうなるの?」

「全ての女性が必ず、とはいえませんが殆どの女の体に起こる生理現象なんです」

「知らなかったよ」

「ちなみに私の下着をご覧になりますか?おそらくフミツキ様の下着と同様になっているはずです」


 文月にお手本を見せるためならなんのその。リグロルは何の躊躇いもなくスカートをまくりあげて下着を下ろそうと指を引っ掛ける。

 白。


「うわっいいよいいよ!大丈夫!病気じゃないならいいんだ!」

「そうですか?」


 リグロルは腰骨の下まで下ろした下着を再び引っ張り上げお尻に手を回し、パチンと音を立てて整えてからスカートを下ろす。その立ち姿は直前まで下着を下ろしてその裏側を見せようとした人物とは思えないほど……美人だ。

 美人の、いや女性の表も裏も包み隠さずさらけ出してくれるリグロルに文月は若干引き気味ながらも色々と飲み下してしまう。

 あー、いずれは当たり前になるのかなー。なんだかなぁ。


「お気になるようでしたら新しいものをご用意いたしますよ」

「あー……、うん、お願いしてもいいかな?」

「畏まりました。すぐにご用意いたします。では今履かれているものはお洗濯に出してしまいますね」


 自分の体から出たものではあるが、どうしても不潔感がぬぐえない文月は新しい下着を所望する。

 リグロルは当然のように文月の前にしゃがみ膝の辺りにあった下着を踵まで下ろす。

 文月は内股になりながらも片足ずつあげて足を抜いた。

 はい、下すっぽんぽーん。


「それでは新しい下着をご用意してまいります」

「よろしくお願いします……」


 一礼して個室から出てゆくリグロルに文月も座ったまま照れ隠しに頭を下げる。もう今更ではあるが、汚れたから新しいパンツに替えてもらうなんて幼稚園児レベルだと思ってしまう。しかし自分の体から分泌されたものとは言え、汚れている箇所を再び大事なところに密着させるというのは今の文月は抵抗がある行為だ。リグロルのように、いや普通の女性のように当たり前になるのはいつだろうと再び考え……ため息が出た。

 ため息でリラックスできたのか自然と尿意も下腹部にあらわれた。不安もよぎるが自分の下の処理を他人にされることを思えば決意も出来る。

 前回のことを思い出しながら文月は目を閉じ下半身に排尿の許可を出す。

 わずかに息を止めた次の瞬間、室内に水音が響き始めた。

 今回は限界まで我慢をしていなかったせいか、予想していたよりも水音は控えめだ。それでも勢いはそれなりにあるので飛沫が跳ね返るのを文月は感じた。

 前回よりも短い時間で水音は終わり文月は再びため息をつく。

 かがんで紙を取り………………、がに股になる。

 うわー、これもいつか慣れるのかなー。

 リグロルにやってもらったことを思い出しながら文月は初めて自分で自分を清める。

 触れる感覚にどぎまぎしながら紙をあて動かし始めた。

 前から後ろ、前から後ろ……。

 ちょっとお尻を上げて後ろからも拭く。

 紙を5枚ほど使ったところでもういいかなと自分で許可を出した。

 さて……。

 パンツがないっと。

 あぁ、おパンツおパンツ、なぜないの?

 このままの格好でドアの外に出るわけにもいかず、文月は落ち着きなく便座に座ってリグロルの到着を待つ。

 手持ち無沙汰で自分の黒髪をつまんで引っ張ってみた。別に何がどうなるわけでもなくつんつんと引っ張られる感触は相変わらずだ。

 手櫛ですいたら長い髪が一本だけ抜け、文月の細い指にぶら下がった。

 抜けた髪の毛の片方をつまみ目の前に垂らしてみる。

 長いなー。

 当然ながらここまで髪の毛を伸ばした経験は文月には無い。自分の髪もこんなに伸びるのかとしみじみしているところで扉がノックされた。


「フミツキ様、お待たせしました。新しい下着をお持ちしました」

「あ、開けていいよ」

「失礼します」


 リグロルが扉を開け白い下着を手に入ってきた。


「フミツキ様、終わりましたか?」

「あ、うん、終わったよ。自分で拭いた」

「まぁ、素晴らしい。では最後に確認させてくださいませ」

「ぬぉっ確認って?」

「きちんと拭けているかどうかの確認です」

「拭けた……と思うんだけど」

「では確認させて頂きますね」


 リグロルは下着をポケットにしまい両手を文月のきちんとそろえた両膝の内側にあてる。

 またかぁ~!股だけに!

 リグロルは文月の膝を離すように本当に極僅かの力を込める。

 ゆっくりと膝が離れ始める。リグロルの手は既に足から離れており広げているのは文月の意志である。

 今回は足首に下着がまとまっているわけではないので膝よりも先につま先が外に行く。

 つま先に引っ張られるように足が開いてゆき肩幅ほどの空間を空けた。

 リグロルは文月の膝の裏に手をあてそのままするりと中心部に向かって動かした。


「り、リグロル……っ」

「フミツキ様、どうなさいました?」

「あ、あのね」

「はい」

「はぁ、はぁ、は、はずかしぃ……」


 今更だが文月はようやくリグロルに自らの羞恥を伝える。

 自分を強く抱きしめすぎて文月の胸はブラからはみだしそうに歪んでいる。


「ご安心ください。ここには私とフミツキ様しかおりませんし、フミツキ様のお部屋で起きた出来事はよほどのことではない限り私は他人に喋りません」

「けど……はずかしぃよ……あっ!」


 リグロルが文月の真ん中に手をあててちょっと押したのである。リグロルの柔らかい指の腹が文月の中心部に少し沈む。

 文月は自分の体が自分に訴える感覚に翻弄され、あごを仰け反らした。

 それ以上押し込む事はせずリグロルは中心部からさらに後ろにまで手を伸ばしお尻をさらりと撫でた。

 そのまま反対の膝裏までなでた。


「お上手です」

「はぁーぅー」

「では下着をどうぞ」


 文月は興奮しているのか呆然としているのか、それともその両方かとろんとした目で片足づつ足を上げて下着を膝まで通した。


「立てますか?」

「うん……」


 陶然とした文月が目の前にしゃがんだリグロルの頭を抱え込むようにして立ち上がる。

 リグロルはそれにあわせて立ち上がりながらパンツを腰まで引っ張り上げ、後ろに手を回し整えるという事を一瞬で済ます。

 自分に抱きつくように立ち上がった文月をリグロルは自分からも抱きしめるような格好でトイレから出た。


「ねぇ……ちょっと座っていい?」


 密着したまま室内を歩いていた文月がリグロルに話しかける。


「構いませんよ、今椅子をご用意します」

「……ううん、このまま座り込みたい」


 リグロルは殆ど腰が抜けたような状態の文月をゆっくりとその場に座らせる。

 絨毯の上にぺたんと腰を下ろした文月はそのままくたりと横になる。顔の前にかかる艶やかな黒髪をかきあげることもせず文月は全身の力を抜いた。


「フミツキ様!大丈夫ですか!」

「大丈夫?……かな……?」

「具合の悪いところはどこですか?!」

「ううん、そんなんじゃない……」


 慌てて治癒魔法を使おうとしたリグロルを文月は静かに止める。


「ねぇ……リグロル……」

「はい」


 文月が横になっているのでリグロルは文月の目の前に正座のように座っている。


「僕は……」

「はい」

「……女の子なんだね」


 トイレの一件が文月の内で文月の何かを動かしたようだった。


「リグロル……」

「はい」

「僕は……可愛い?」

「とても可愛らしいです」

「僕は……綺麗?」

「勿論、お美しいです」

「僕は……ちゃんと女の子?」

「当然です」

「僕は……男だよ」

「フミツキ様……」


 文月にいかなる心境の変化があったのか、もしくはまったく変化がなかった為なのか、己を否定する言葉を聞かされてリグロルは瞬時に返答が出来ず固まった。

 ここで受け答えを間違えたら取り返しが付かない。

 自分自身に最大警報を鳴らしながらリグロルは文月の顔の前にかかった黒髪をゆっくりとなで上げて、その黒く輝く瞳と目を合わせた。

 暖炉の薪がパチンとはぜた。

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