◇4◇ 楽しい接客

 然太郎、接客楽しそうだなぁ。


 入り口付近の端切れコーナーで女性客と話し込んでいる然太郎を見て、思う。ここはきっとそこまで売り上げの良い店ではないと思う。だけれども、特に経営に行き詰まってるなんて話は聞いたことがないし、まぁ、上手く回っているのだろう。


「あのね、あのスミスさんって人、いっつもおしゃべりばっかりなのよ」

「そうなの? 良く知ってるね。りぃちゃん、ここ良く来るの?」


 とっておきの内緒話を打ち明けるようなひそひそ声で教えてくれたりぃちゃんにそう尋ねると、彼女は「まぁね」と得意気だ。成る程、ということはあのお母さんはきっと手芸が得意なのだろう。……まぁ、然太郎目当て、という線もあるけど。


「良いねぇ、そんじゃ、ママに色々作ってもらったりするんだ?」


 ウチの親はそういうのからっきしだったから、ちょっと羨ましい。しかし、その問いに対し、りぃちゃんはふるふると首を振る。


「ママはそういうのできないんだって」

「え? そうなの?」


 え、じゃあ、やっぱり然太郎目当てで通い詰めてるってことなんじゃ……。


「……じゃ、じゃあママはあの『スミスさん』とお話ししに来てるって感じ?」


 いや、別にやきもちとかそんなんじゃないけどね。ないけど。でも、ええと、一応、やっぱり……彼女として、というか。じゃあやきもちじゃん。認めなさいよ、矢作マリー。あんたは年上だとか何だとか恰好つけてるけど、そんなみっともないやきもち焼いちゃうような女なのよ! ううう、情けない……。何よもう、私、がっつり好きなんじゃない然太郎のこと。

  

 しかし、それについてもりぃちゃんはふるふると首を振るのだ。


「ママはここにこないもん」

「え? でも、りぃちゃんはよく来るんでしょ?」

「うん」

「え? そんじゃありぃちゃんひとりで来てるってこと? お家近いの?」

「あんまりとおい」


 あんまり遠いって何?! あんまり遠くないの? それとも『あまりに遠い』の言い間違いなの? 子どもの言葉って難しい!


「ま、まぁ近いにしても遠いにしてもよ。駄目よ。まだ小さいんだから、ひとりでふらふら出歩いちゃあ」


 ということは、もしかして、りぃちゃんがここに入り浸るようになってしまったことへの謝罪に来てるってことなのかな? いや、だとしたら、あのおばあさんは何なんだ。おそらくりぃちゃんのおばあちゃんじゃないかと思うんだけど、果たして、ママのお母さんなのか、それとも姑さんなのか……。


 然太郎の接客が終わったらしく、彼は再びこちらの方へやって来た。

 店内を物色する振りをして立ち上がり、さりげなく然太郎に接近する。りぃちゃんに聞かれないようにうんと声を落として。


「ちょっと、どうすんの。もしかして、お昼の『たすけて』ってこれも含まれてたりする?」

「含まれてないよ。含まれてなかったんだけど……。でも、どうしよう」

「これ、何がどうなってんのよ。どうなれば解決なのよ」

「どうなってるか、っていうと……。ここがりぃちゃんの託児所みたいな感じになってて……」

「はぁ? そんなサービスまで始めたわけ?」

「まさか! 始めてないよ! だけど、何ていうか……たぶん僕が初手を間違えたんだと思う」

「初手?」

「ちょっと家庭環境が複雑で、可哀相になっちゃって、それで……」

「仏心を出したら、入り浸るようになった、ってわけね」

「……そうです」


 全く、人が良いとこういうことになるのだ。

 

 そうこう話している間にも常連さんと思しきお客さんが「スミスさんこんにちはぁ」とやって来る。やはり目当ては30%オフの端切れと見えて、まっすぐに向かうのはそのワゴンだ。然太郎は「ああ、いらっしゃいませ」なんて言って、そちらへ行ってしまった。


 さて、私はどうしたら良いんだ。

 そう思いながら、メーター切り売りコーナーへと移動する。おお、この生地可愛い。この柄のタイトスカートとかあったら良いかも、と白と濃紺のストライプの上に黄色の大花が咲いている生地をなぞる。私は顔が地味だから、柄は多少派手なくらいがちょうど良いのだ。へぇ、1メーターで1000円もしないのね。スカートを作るのにどれくらい必要なんだろう。でも仮に4メーター使ったとしても4000円でお釣りが来るとか、安すぎない? むむむ、手作り、恐るべし……。


「――マリーさんはそういうのが好きなの?」

「――うひゃあ! ちょっと、いきなり背後から話しかけないでよ!」

「ご、ごめん」

「ちょ、さっきのお客さんは?」

「え? いま端切れコーナーで吟味中だけど?」

「ああ、そう。良いの? 行かなくて」

「ひとりでじっくり見たい人もいるんだよ。それより。その生地、可愛いでしょ。それでさ、すとんとした長めのタイトスカートとか、どうかな」

「お、わかってるじゃん然太郎。そうそう、このストライプを活かしてね、だいたいふくらはぎの真ん中くらいの丈の――って、まさか作る気じゃないでしょうね!?」

「え? そういうことじゃないの?」

「ち、違う!」


 そんな毎回毎回作ってもらうわけにいかないんだって。とはいえ、私にそんな技術があるわけもないんだけど。


「気を遣わなくて良いんだよ、マリーさん。僕が作りたいだけなんだから」

「でも……」

「ただ、その場合、デザイン的にウエストがゴムってのもなんだから、きっちりウエストとヒップを採寸させてもら――」

「保留! 一旦この話保留で!」

「えぇー。別にいやらしい意味じゃないのに……」

「だとしても!」


 まずいまずい、ちょっとヒートアップしちゃった。あっちの方では真面目な話をしているというのに……ていうか、こっちが気を遣うのもおかしな話なんじゃないの、これ。


 などと思いながらそちらの方を見ると、どうやら注目を集めてしまっていたらしく、その渦中の人――若い女性の方が私を睨みつけていた。


 うええ、何なのよぉ。


 

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