◆6◆ 今夜は飲もう

 紳士らしく、マリーさんをきちんと駅まで送る。電車が来るギリギリまで隣に並んで、指先だけをちょっと絡ませた。あんまり大っぴらに手を繋いだり腕を組んだり、なんていうのをマリーさんは好まない。刺されるかもしれないから、なんて笑ってたけど。


 電車が到着して、手を振って別れる。


 帰りがけにコンビニに寄って、久しぶりにビールを2缶、カゴに入れた。これはまぁ祝杯みたいなものだ。また一歩マリーさんに近付けたような気がして。

 レジに向かう途中で、ちらりと衛生用品コーナーが目に入る。ああ、そういえば、そもそもウチには避妊具なんてないじゃないか。危なかった。良かった、あの時理性が勝ってくれて。買っておこうか、なんて一瞬手を伸ばしかけて止めた。あの様子じゃあ当分先のことになりそうだから。


 そうだ、何せ、もしかしたら僕とマリーさんがに至る頃にはおじいちゃんおばあちゃんになっているかもしれないのだ。


『僕達、本当に和菓子とお茶が似合う年になるまで一緒にいようね』


 なんて、自分の吐いた台詞を思い出して、ふふっと笑う。全く、何を言ってるんだ、僕は。これじゃあまるでプロポーズじゃないか。


「――え?」


 カゴの持ち手がするりと滑って、がしゃん、とカゴが落下する。大丈夫ですか、お客様! と青い顔をした男性店員が駆け寄って来てくれて、僕は慌てて「ごめんなさい、これ、買いますので!」とカゴの中のビールを指差した。



 結局「破損も変形もしてませんから、新しいのと交換しますね」という申し出を受け、お詫びのつもりでレジの脇にあった豆大福を追加で購入した。


 何やってんだ僕は。


 帰り道をとぼとぼと歩きながら、しょんぼりと肩を落とす。

 生まれてこの方、見た目だけなら恰好良いとか可愛いとか、好意的な事しか言われてこなかったけれど、本当の僕なんてこんなもんなのだ。情けなくて、恰好悪い。マリーさんの言動で一喜一憂して、自分の台詞にすら動揺して。


 でも、あれは本心だ。

 僕は、これから先も、腰の曲がったおじいちゃんになっても、同じく腰の曲がったおばあちゃんになったマリーさんと一緒にいたいと思う。まぁ、腰が曲がってる曲がってないはどちらでも良いんだけど。

 いまは和菓子なんて食べてると「その年なのに渋い趣味ねぇ」なんて常連さんに言われちゃったりするけど、それがしっくりくるくらいの年になっても一緒に最中とか、きんつばとか、練り切りとか、おせんべいとか――その時まで歯が丈夫だと良いけど――一緒に食べたいと思う。


 マリーさんは、うん、って言ってくれたけど、どういうつもりで言ってくれたんだろう。もし今後別れることがあったとしても、茶飲み友達として、ってことかもしれないし、プロポーズを受けるくらいの気持ちかもしれないし、それくらいいられたら良いよね、って深い意味はないかもしれない。


 それでも、否定はしなかったのだ。いまはそれで良いんじゃないだろうか。その幸せを噛みしめて良いんじゃないだろうか。


 店に戻り、椅子を出して、カウンターに座る。ビールの缶を開け、口をつけた。豆大福のビニールを剥がし、がぶりとかぶりつく。むむむ、なかなか良いもちもち感。コンビニといっても侮れないのだ。

 ビールと和菓子の組み合わせというのも悪くないと思うのだが、友人に無理やり参加させられたお花見合コンで桜餅を食べながらビールを飲んでいたらほぼ全員から引かれたっけ。マリーさんなら、何て言うだろうか。まぁ、「それって合うの?」と聞いて来るくらいはするかもしれないけど、「気持ち悪い」とはまでは言わないんじゃないだろうか。


 無性に気になって、スマホを取り出す。

 

 ちょうどマリーさんから『無事に着いたよ』のメッセージを受信していた。ナイスタイミングだ。


『無事について良かった。』(ホッとしているナマケモノのスタンプ)

『突然だけど、ビールと和菓子ってどう思う?』(首を傾げているナマケモノのスタンプ)


 勢いでこんなことを送ってしまうなんて、珍しく酔っているのかもしれない。いや、ザルのはずなんだけど。何だろう、雰囲気も込みで、というか。


 さて、マリーさんはどう出るかな。

 

『何それ気持ち悪い』なのか、『まぁ良いんじゃない?』なのか。返答によってはこのビールがやけ酒に変わる。


 ぶるり、とスマホが震えた。ドキドキしながら画面を見ると。


『いままさにそれで飲もうとしてたんだけど、あんたエスパー?』


 というメッセージと共に、コンビニで買ったのか、それとも常備してるのかはわからないが、UNICO-ZEROという発泡酒の缶と、仲良く並んだ苺大福の画像が送られてきた。


 何だ、マリーさん。もしかして帰りにコンビニで買ったのかな。そっちのコンビニには苺大福があるのか。良いなぁ、と思いながら、僕も飲みかけのビールと一口齧ってしまった豆大福(さすがに齧ったところはひっくり返したけど)を写して、『実は僕も。』というメッセージと共に送った。


 さっきよりも幸せな気持ちで豆大福を食べ、ビールを飲む。身体の中心がじわりと温かい。アルコールのせいかな。違うかもしれないけど。


 僕はなんて素敵なパートナーと巡り合ったんだろう。


 そう悦に浸っていると――、


『うわ、すっごい偶然。こっわ!』


 というメッセージの後で、明らかにドン引きした様子の土佐犬のスタンプが送られてきた。

 

 そういう反応も好きだ、マリーさん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る