愛の告白

夜にも関わらず浜辺で薪を燃やし、

束の間の休息を取っている魚人族の者達。


行方不明になった人魚達の捜索活動は

今なお続けられており、

夜間も交替で魚人族達は仲間を探している。


そこに様子を見に訪れた慎之介。


「今回の事件、

これって愛倫アイリンさん、

やばいんじゃないですかね?」


魚人族の一人が突然そんなことを言い出す。


「え、どういうことですか?」


やばいにももちろんいろいろな意味がある、

慎之介は思わず聞き返した。


「確かに、既に切れかかってるみてえだし、

もし人魚の娘達に万一のことでもあったら、

アイリンねえさん完全にブチ切れるだろうな」


影の中からひょっこり姿を見せたシャドウが

頷きながら同意する。


「あれは、ちょっとした

伝説みたいなもんですからね」


「えっ? えっ?

自分にも教えてもらえませんか?」


何がやばいのか気になって仕方ない慎之介、

シャドウ達は異世界では有名な

アイリンの逸話を語り始める。


それは五百年以上も昔のことで、

ここにいる魚人族の者達も当時はまだ誕生しておらず、

逸話として語り継がれているのを聞いただけだと言う。


-


当時異世界の一大陸を支配していた王国があり、

そっちこっちで自ら戦を仕掛けては連戦連勝、

敗れた国を次々と植民地支配していた。


敗れた国では常時奴隷狩りが行われ、

その国の民、特に女や子供は

奴隷として強制的に連行されて

王国民達の間で人身売買されていた。


人間だけでは飽き足らず、

さらには獣人やエルフ、魔族など

ありとあらゆる種族が奴隷にされる始末。


寝る間なく働かされ、食料も碌に与えられない、

女は性の奴隷にされ、病気になれば即殺される、

実験動物なような扱いも受ける使い捨ての命。



あまりの酷さに激昂しブチ切れたアイリンは、

国王に向かって高らかと啖呵を切った。


「そんなに強いことが偉いのなら、

このあたしがあんた達全員を力でねじ伏せて、

あたしの奴隷にしてやろうじゃないかっ!」


国王は声を出して笑ったが、

その次の瞬間、両の腕がなくなっていた。


どこから出したのかは分からない

二刀の剣を両手に持ち、

返り血を浴びて立つアイリン。


「あんた、強いだけで国王まで登り詰めた

覇王のようだけど、残念だったね

もうあんたは戦士としては奴隷以下のゴミクズだよ


人間の肉体は脆いもんだからね

一度壊れちまったらもう元には戻せないんだよ


あんた、いろんなところで恨みを買っているようだし、

なぶり殺しにされないといいんだけどね」


それから次々と

その国の兵達を相手に暴れ回り、

数日後にはその国の兵力を全て壊滅させる。


宣言通りにアイリンは、その国の王と権力者、

すべての兵を奴隷にしたのだった。


隆盛栄華を極めた王国も

憤ったサキュバスにより亡国に追い込まれる。


それがアイリンにまつわる異世界での逸話。


-


「ああ、それ、俺も小さい頃に

おばあちゃんから話し聞きましたよ」


「こっちで言うと昔話とか、

そんな感じですかね」


魚人族の者達は、その話を懐かしがっていたが、

慎之介は一人できょとんとしていた。


アイリンの逸話はそれだけに留まらず

まだまだ沢山あるらしい。


そんな歴史上の英雄みたいな扱いを受けている人が、

自分の知るあの愛倫アイリンなのだろうか。


確かに愛倫アイリンの二刀の剣は、

慎之介も見たことがある。


その苛烈かれつさは今も時々

片鱗へんりんを見せることもある。


そして人間とは桁違いに強いことも知っている、

だが一人で国を滅ぼすレベルに強いのだろうか。


愛倫アイリンさんて、

今もそんなに強いんでしょうか?」


かたわらに居たシャドウに

慎之介は尋ねにはいられない。


「さぁ、どうなんだろうな


全盛期の百パーセントは

一人で一国の兵力を

壊滅させちまうぐらいだったらしいからな


それに比べりゃ今は

十パーセントも出てないんじゃねえかな」


困惑している慎之介に説明するシャドウ。


「にいさん、アイリンねえさんは

別に千年生きてるから

レジェンドって呼ばれてる訳じゃなくて、

レジェンド級の逸話が沢山あるから

レジェンドなんだぜ」


「だからにいさんがあんな風に

アイリンねえさんをあしらうの見てて、

すげえなって、みんな内心そう思ってるのよ」


愛倫アイリンの過去に

ショックを受けた訳ではないが、

何かモヤモヤして複雑な気分の慎之介。


-


一人になってモヤモヤする気持ちの原因は

なんなのかを考えてみる。


これまで身近に感じていた愛倫アイリン

とっても遠い存在に思えたからだろうか。


それとも自分が勝手にイメージしていた愛倫アイリンが、

実はそのイメージと異なっていたから、

一人で勝手に落胆しているのだろうか。


自分が知らない愛倫アイリン

みんなが知っているからだろうか。


自分にも自分の気持ちが分からない。


そして自分は彼女ことをまだ全く知らない。



異世界の者達の間で愛倫アイリン

まるで生きる伝説のような扱いを受けている。


こちらの感覚で

五百年近く前の伝説的な女傑と言えば、

ジャンヌ・ダルクなどになるのか。


そんな歴史上の英雄クラスと

イチャイチャしていると

慎之介は思われている訳だ。


 ――まぁ、そりゃあ、

 やべえ奴だってなるよな


今まで全く意識していなかった筈だが、

さっきの話を聞いてから

何だか妙に意識してしまう。


もう今まで通りに

自分は愛倫アイリンに接することが

出来なくなるのではないか。



案の定、次の日から

慎之介は愛倫アイリンの目を見ることが出来なかった。


彼女がそばに近寄って来ても、

それとなく移動して距離をあけてしまう。


そもそも恋愛経験の一つもない慎之介が

この複雑な感情に対処するのは

無理というものなのかもしれない。


その日は必要以上に愛倫アイリン

言葉を交わすこともなく

どこかギクシャクしたままで終わってしまった。


-


その夜、浜辺に打ち上がった流木に腰掛け

一人で夜空の星を見上げる慎之介。


いつの間に近づいて来たのか、

そんな慎之介の横にそっと座る愛倫アイリン


「慎さん、なんだか今日は

あたしのことを避けてなかったかい?」


そしてこの人はこういう

他者のちょっとした機微にもよく気づく。


「いや、たまたま昨晩、

異世界での愛倫アイリンの逸話を伺いまして……


今まで自分は結構失礼だったんじゃないか、

もっとリスペクトをもって

接した方がいいのかな……

などと思いまして」


「なんだい、そんなことかい」


穏やかな笑みを浮かべる愛倫アイリン


「過去のあたしのことなんか

気にしなくていいんだよ、慎さんは


むしろ今のあたしだけを見て、

あたしが何者なのか、どんな女なのか、

知って欲しいんだよ、あたしは」


「変な話、なんだか妙に

意識してしまいまして……」


「今まで通りに接してくれた方が

あたしは嬉しいし、幸せなんだよ


サムエラも似たようなこと言っていたけど、

こっちの世界の人間、特に慎さんはね、

のんびりしていて穏やかで温かくて

とても不思議なんだよ


慎さん達と居ると、

トゲトゲしさが取れて

丸くなって行くのが

自分でも分かるんだ


そういのを平和ボケと言う人間もいるようだけどね


でもその方がいいじゃあないか


あたしが怒りを感じたり、

戦わなくて済む世界なら、

それに越したことはないんだからさ」


愛倫アイリンは少し無邪気に笑ってみせる、

そこにはとても千年も生きているとは思えない

まるで無垢な少女のような面影が再び見える。


もし本当に愛倫アイリンが戦わなくてもいい、

そんな時が来たのなら、

この人はずっとこんな笑顔を見せてくるのだろうか。


「こちらの人間からしたら

千年も生きていたなんて聞けば、

さぞや立派な大賢者みたいなのを

思い浮かべるんだろうけどね


千年も生きていたと言っても、

ずっと同じところを何度も

行ったり来たりの繰り返しでね


だから中身は慎さんと

そんなに変わるってもんでもないんだよ」



夜空の星を見上げる愛倫アイリン

その光は彼女が生きて来た

千年をも遥かに越える数億年前の星の輝き。


「そうさね…… あたしもあの世界も

何も変わらなかったね


あの世界は何千年も力が支配する世界で

結局それが変わることはなかった」


時折、愛倫アイリンが見せる孤独と哀愁、

それは千年もの間、

愛倫アイリンが独りで世界と戦って来たからではないのか、

なんとなく慎之介はそんな気がした。


「だからあたしは

こっちの世界はすごいと思うんだよ


こっちの世界だって

闘争の歴史は変わらないんだろうけど


力で支配するんじゃあなくて、

金で支配してみたり、経済で支配してみたり、

文化や技術やスポーツなんてもので競い合ってみたり」


金権主義というのはとかく批判もされがちだが、

殴り合って、殺し合って、命を奪い合う、

そんな力が支配する仕組みよりはよっぽどマシ、

そういう発想もあるのかと慎之介は思う。


「そりゃ今でも争っている地域はあるんだろうけどさ

改善しようと努力はしているし、

ほんの少しずつでも変わっているじゃあないか」


ここの人類ですら

繰り返される闘争の歴史に

嫌気がさしているというのに、

異世界から来た異邦人には

少しでも前に進んでいるように見えるのだろうか。

比較対象が異世界ならば、こちらの世界も

少しはマシに見えるものなのか。


「だからあたしはすぐに

こっちの世界が気に入っちまってね


まぁ、こっちの世界に

あたしの希望を見出しているのかもしれないけどね


人間には愛する価値があると――

あたしは信じているんだよ


元々サキュバスは人間を愛する種族だと

思っていたしね、あたしは」


慎之介は思う、

これはもう自分と愛倫アイリンがどうこうと言うより、

こちらの世界の人間という種族が

異世界のサキュバスという種族から

熱烈に愛の告白をされているようなものではないかと。






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