サキュバスは、人身売買にブチ切れる

魚人族の移民先

「いやぁ、

バカンスってのはいいもんだねぇ」


上機嫌の愛倫アイリンの横で、

慎之介は困り果てている。


「いえ、これ仕事ですから」


ローカル線のボックス席に並んで座っている二人、

少し開いてある車窓から初夏の風が入り込んで来る。


こちらの人間と

異世界から来た魚人族が共生する漁村、

そこを視察に行くことになった慎之介に

愛倫アイリンは無理矢理ついて来たのだった。


「まぁまぁ、そんな固い事言わずに

夏の太陽の下、恋を楽しもうじゃないか」


これが二泊三日のお泊り付ということもあって、

愛倫アイリンのテンションも非常に高い。



「というか、日射し苦手でしたよね?」


「何を言ってるんだい、慎さん

あたしは日射しを克服したんだよ」


「まぁ、少し戦闘能力が落ちちまうけど、

バカンスに来てんのに、

戦闘なんかしてられないしねえ」


「だから、仕事ですってば」


日射しを克服したと本人は言っているが、

全身の皮膚の表面にシールドを展開して

完全に日光を遮断しているだけなので、

克服しているとは言い難い。


「漁村ってぐらいなんだから、

海とか砂浜とかあるんだろ?


あたしの水着姿が見られるなんて

慎さんも嬉しいだろうに


あたしは日焼けしない派なんだけどね、

日焼けした肌に水着のあとが

白くくっきり残っているのが

エロくていいって慎さんが言うのなら、

あたしだってやぶさかじゃあないんだよ」


「なんなんですか、

そのマニアックな性癖は」


-


「慎之介さん、

どうもご無沙汰してます」


電車から車を乗り継いで漁村に到着すると、

村の長であり、元締めでもある

魚住うおずみさんが出迎えてくれた。


魚住さんはどこからどう見ても

その辺りにいる普通の気のいいおじさんだったが、

目と目の間が左右に離れたヒラメ顔で、

遠い昔に異世界からこの世界に移住して来た

魚人族の末裔だと自ら語った。


遠い昔にこちらからあちらに移住した者も居れば、

向こうからこちらに移住して来て

土着の民となった者達も居たということか。



慎之介は既にこの地を何度も訪れており、

魚住さんとは既にそこそこの信頼関係を構築している。


かっては漁業が栄え、人々で賑わい

活気があったこの地域も、

経済成長と共に都会に出て行く若者達が急増、

残った人々は高齢者ばかりとなり、

今ではすっかり過疎の村と成り果てていた。


異世界からの移民問題が浮上した際に

日本政府は社会的実験の意味も含めて、

相当数の魚人族達を

この地域に移民させることにする。


地元民とほぼ同数の移民者が入って来るとなれば、

通常であればそれは侵略ではないのかと

大騒ぎになるものだが、

そこを上手く調整したのが魚住さんでもあった。

この付近には魚住さんと同じく

異世界の魚人族を先祖に持つ者達が

多数居たというのも大きかったのだろう。



魚人族と言っても外見は様々で、

人間がイメージする

半魚人や人魚そのままの者達もいれば、

人魚に背ビレや尾ビレ、エラが

付いただけのような者もいる。


種類もタコ、イカ、サメ、エイなど

魚類には含まれない、

むしろ水棲生物人族の名称が

相応しいような者も多い。


-


「いやぁ、

みんなよく働いてくれてるよ。

異世界から来て

環境もまったく違うだろうに、

みんな、偉いよね」


村の老人達に話を聞いて回ると、

魚人族はすこぶる評判が良い。


「この前、嵐で船が転覆しちまってさ、

あいつらに助けて貰ったんだよ。

こんな老いぼれ助けるためにさ、

わざわざ危険を犯してまでさ」


「素潜りであいつらに叶うわけねえがらな、

あいつらいくらでも潜ってられるってんだから、

海女あまにでもなったらいいんじゃねえかって、

おら人魚のこおに言ってやったんだぁ、ははは」


「人魚ちゃんとか華やかだしね、

なんだか昔の活気が戻ったみたいで、

あたし達も嬉しいわよそりゃ

本当に来てくれてよかったわ、有難いわ」



漁港で働いている魚人族にも話を聞いてみる。


「ここで爺ちゃん達と一緒に

漁するのは楽しいですよ。

こっちの世界の船とか道具とか、

漁の仕方とかも勉強になりますし」


「船舶免許取りたいって言ったら、

爺ちゃん達がいろいろ教えてくれて」


「俺こっちで金貯めて

船買うのが目標なんですよ」


「おばあちゃん達が作ってくれるお料理、

美味しくって最高です!

お料理を教えてもらったりもしてるんですよ」


魚人族達も今の暮らしに不満はないようだ。



そして異世界から来た彼等は

同行している愛倫アイリンの姿を見て、

口を揃えたかのようにこういうのだった。


「アイリンさんて、

実在の人物だったんですね、

お伽話の中の人物かと思ってました」


彼等は愛倫アイリンがこちらで

和名を名乗っていることを知らない、

当然それを付けたのが慎之介であることも。


千年を生きるレジェンド級サキュバスだけあって

さすがに愛倫アイリンは有名なのだと、

この時慎之介はその程度にしか思っていなかった。


-


「今日はお二人を歓迎する

宴を用意してますから」


到着してからすぐに視察を行っていた慎之介、

そしてオマケで付いて回っていた愛倫アイリン

初日の視察を終えた夕方頃、

魚住さんはそう言って

二人をある場所へと連れて行った。


『スナック竜宮城』


一見古民家にしか見えないその外観には

そう書かれた看板が出されている。


「この辺の爺さん達が金を出し合って、

空き家を改装したんですよ


地元民と移民者が酒飲んで

話し出来るような場所も必要だろうって」


そう言う魚住さんを先頭に

店へと入って行くと

中は確かにスナック風に改装されている。


「いらっしゃ~い!」


そう言って出迎えてくれたのは

昼間もあった人魚の娘達、

ここではホステスもやっているらしい。


客席のテーブルには

地元のお爺ちゃんおばあちゃん、

魚人族達が既に酒を飲んで盛り上がっている。


「ここの年寄りは若い人達が居なくなちまって、

本当にショックを受けちまって、

寂しかったんでしょうね……


魚人族の若い人達が来てくれて

本当にね、嬉しいんですよ」


席に着いた慎之介と愛倫アイリン

魚住さんはしみじみと語った。


こんな理想的な共生があるものなのか、

そう思ったのは慎之介だけではなかった。


愛倫アイリンも痛く感激した様子で、

上機嫌で酒を次々と飲みはじめる。



「エイミーちゃん、

ワシここに来るのだけが毎日の楽しみなんよ」


酔っ払ったお爺ちゃんが人魚の娘に甘えている。


「毎日でもここに来てくださいね、

私もお爺ちゃんに会えるの楽しみにしてるんですから」


酔っ払った爺さん達のほとんどは

人魚の娘達の周りに集まって

話相手になってもらっている。


「なんだい、人魚の達ったら、

うちの達より

お爺ちゃんの扱いが上手いじゃあないかい


まさか男の扱いで

サキュバスが人魚に危機感を抱くとは思わなかったよ」


「まぁ、口説くとか、そういうのじゃなくて、

娘や孫娘と話しているような感じなんでしょうな


ここの爺さん婆さん達はみんなそうです、

娘や息子、孫が帰って来たって思ってるんですよ」


-


上機嫌で珍しく酔っ払っている愛倫アイリン

それにはもう一つ理由があった。


「なんてったって

慎さんと二人きりでお泊まりだからねえ、

この後がお楽しみってもんさね」


「言っておきますけど、

ホテルの部屋二つ取ってありますからね」


「な、なんだって?

まさか慎さん、

こんないい女を、こんな素敵な夜に

独り寝させる気じゃあないだろうね?」


「いえ、どうか独りで寝てください」


「何を言ってるんだい?

そんなのお金がもったいないじゃあないか」


「二人一部屋だって、

そういうことするとは限らないじゃあないかい」


「でも、襲ってきまさよね?」


「そりゃあ、もちろん襲うけども」


「もう、勘弁してくださいよ

ただでさえ局内では

愛人連れて旅行に行くとか

いろいろ噂されてるんですから」


「そんな奴等には、

羨ましいだろって言ってやれば

いいじゃあないか」


「そもそも愛人じゃあないですから」


「なんだい、慎さんは

いつまでもあたしのことを

愛人だって認めてくれないんだから……」


そこからはいつものように

愛倫アイリンの愚痴とお説教。


実際のところ慎之介は

今回の視察にあたって、

愛倫アイリンに掛かる旅費も宿泊費もすべて

慎之介が私的に費用を払っていた。


国民の血税である公費を

私的に使う訳にはいかないし、

もしそんなことをすれば懲戒解雇は免れない。


そんな慎之介の気苦労も知らず、

説教を続ける愛倫アイリン

これではお金を払って

怒られているようなものだ。


 ――はあ、今月、金もつかなぁ……

 もしかして自分てドMなんだろうか







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