剣の舞

夜の日本庭園に対峙する

ソードマスターと

サキュバスの愛倫アイリン


それがしに、

この世界での居場所はない……」


説得する愛倫アイリン

だがソードマスターは

その言葉に耳を傾けようとはしない。


「ソードマスターの名を持ちながら、

ソードを剥奪されたこの屈辱、

愛倫アイリン殿には分かるまい……」


ソードマスターの決意は固い。



「あんた、モテないだろっ?」


「例え、

ソードマスターと言う名前だろうと、

武器がなきゃ何も出来ないように男に

女は惹かれたりしないもんさ」


やれやれといった表情の愛倫アイリン


「まぁ、いいさ、

はじめから説得出来るなんざ、

思っていなかったからね


その為にこんな物まで

事前に用意して来たんだからさ」


愛倫アイリンの両手には

青白く光る透き通った刃が握られている。


「力に頼って生きている者は

力でねじ伏せるしかない、

それがあっちの世界での

暗黙の了解だったしね」


-


「あたしと真剣で勝負しな、

ソードマスター」


右手に持つ刃の切っ先を

対峙するソードマスターに向ける愛倫アイリン


「もしあたしが勝ったら、

大人しくあたし達と一緒に帰ってもらうよ」


「まぁ、もっとも

あの達の方が

いつ帰る気になるか

分かったもんじゃないけどね」


屋敷からは、

大いに盛り上がっているのが

すぐに分かる程の

乱痴気騒ぎの声が聞こえて来る、

どうやら全員で

野球拳をはじめた様子。


「まったく、こっちが

命張ってんのにいい気なもんさね」


愛倫アイリンはため息をつく。



「もしあんたが勝ったら、

この先はあんたの

好きなように生きたらいいさ、

もう止めやしないよ」


「自由を手にするには、

それなりの代償ってもんがいるのさ


あんたが今まで知り合った

仲間や友人、その他諸々の関係者、

えにしもしがらみも絆も

全部ぶった切って、

一人で自由に自分が思ったように生きて行く


今あんたがやろうとしているのは

そういうことなんだからね


ここであたしとのえにし

見事にぶった切ってみせてご覧よ」



「しかし、それがし

いくら力に生きる者であっても、

恩ある愛倫アイリン殿を

真剣で斬る訳には参りませんな」


この世界に移民して来るに当たって、

ソードマスターもニンジャマスターも

愛倫アイリンから助力を得た、

ソードマスターからすれば

恩ある相手でもあった。


「あぁ、

そこは気にしなくていいよ


あたし達サキュバスは

魂が本体みたいものだからね、

肉体の傷なんてどってことはないのさ


魂さえ無事なら

すぐに治っちまうんだよ」


愛倫アイリンの言葉が嘘か本当か

ソードマスターには分からなかったが、

人型から蝙蝠の姿に変身出来る

身体構造を考えてみても

外傷がすぐに治っても不思議ではない。


-


「そして、あたしは

この二刀を遣わせてもらうよ」


愛倫アイリンの両手に握られている

二振りの刀剣、

見た目は日本刀に酷似しているが、

長さは一メートルを優に超える大太刀おおだち


「この刀はあたしの魂で出来ていてね


あたしまで

銃刀法違反なんてやらかした日にゃ

愛しい慎さんに顔向け出来ないからね


ワザワザこの為に準備して来たんだよ


この刀であんたの

魂を斬らせてもらうよ


魂に深手は負うかもしれないけど、

まぁ死ぬことはないだろうよ


さしずめ『斬魂刀ざんこんとう』と

言ったところかね


あんたの肉体は斬れないけど、

ちゃんと剣で受け止めることは出来るから、

そこは安心してくれていいよ」


-


「真剣で勝負するけど、

お互いの命までは奪わない、

ちょうどいい

ルールなんじゃあないかい?」


「しかし、

いくら愛倫アイリン殿と言えど、

剣でそれがしと勝負というのは、

いくらなんでも無謀と言うもの」


「そうかい?

こんな夜の闇が多いような場所で

勝負だって言うのに、

あんた随分と余裕じゃあないか」


確かにこの屋敷、

夜間照明はそれなりにあったが、

それも一部であり

死角は多く、暗闇も多い。


ソードマスターとて

夜には灯りが無くなる異世界出身ではあるので、

闇夜には慣れていたが、

夜目で夜行性のサキュバスに敵うものではない。


バトルフィールドが

愛倫アイリンに有利なのは間違いない。


「それにこのあたしの刀は

あたし自身を斬ることはないんだよ。

なんせあたしの魂で出来てるんだから」


「つまりは、軌道予測が不可能と……」


「そういうことさ、

結構いい勝負になるんじゃないかと

あたしは思ってるんだけどね」


通常であれば、

使い手自身を傷つけないように

刀の動きや軌道は

ある程度制限されるものであり、

それがないということは

極端に言えば愛倫アイリンの体の中から

突如剣が飛び出して来ても

おかしくはない。


「それにあんた知らないだろ?

なんであたしがこんな喋り方なのか?」


愛倫アイリンは自信たっぷりに

口角を上げて笑みを浮かべる。


「あたしゃね、この世界の、

時代劇の大ファンなんだよ」


-


両の手に持つ大太刀おおだち

天高く頭上に掲げる愛倫アイリン


そこからゆっくりと

左右に半円を描くように

二刀の剣を降ろして行く。


  ――円月殺法


本来は相手の焦りを誘って

敵が動いたところを切り捨てる

カウンター技であるが、

愛倫アイリンの場合はそれ自体が

幻惑術のようなものであった。


ただでさえ

手足の長い愛倫アイリン

両手に持つ長刀は

一メートルを超える、

おそらく射程距離は

二メートル半以上になるだろう。


その左右の手に持つ剣が

真横に広がった時

切っ先と切っ先の間、

その距離は五メートル近くにも達する。


常人であればこの近距離で

約五メートル離れた二つの切っ先を

一つの視界に収めることは

まず出来ない。



愛倫アイリンから

発せらるオーラと相まって

その威圧感は並大抵のものではなく、

さらには愛倫アイリンから流れるオーラが

剣の残像であるかの如く

ソードマスターの目には映り

心的圧力を増して行く。


通常の剣士であれば、

このプレッシャーに追い込まれ

先に仕掛けることは必定。


とはいえ仮にも

ソードマスターの名を冠する者、

数多あまたの修羅場を

くぐり抜けて来た彼の胆力もまた

並大抵のものではない。


-


静かなる立ち上がりから一転して、

愛倫アイリンは動いた。


電光石火、その瞬発力で

一気に間合いを詰め

跳躍すると宙で体を捻らせ

回転しながらソードマスターの頭上目掛け

右の太刀で一撃目を放つ。


これを紙一重でかわすソードマスター、

しかしそこには

回転している愛倫アイリンの左手にある刀剣、

二撃目の追い撃ち。


これを刀で受け止め

防ぐソードマスター。


力で跳ね返すと、

そのまま返す刀で一閃。


愛倫アイリンはこれを

後ろに飛び

寸でのところでかわすが、

ライダースーツの脇腹付近にかすり、

愛倫アイリンの白い肌が露出する。


「さすがは

ソードマスターを名乗るだけはあるね」


-


高速で刃と刃が交差する度に

火花が飛び散る。


互いに相手の打った刀を

自分の刀で受け止め、押し合う、

そんな鍔迫つばぜり合いが

幾度となく繰り返される。



疾風怒濤の如く駆け、

跳躍し、宙を舞う

愛倫アイリンの戦いぶりは、

剣を持って舞踊る

つるぎの舞のようでもあった。


時代劇が好きと言っていた割には

正統派な剣術らしさは微塵もない。


だがそれ故に、初動だけでは

その攻撃を予測するのは不可能に近く、

いつどこから二つの切っ先が

飛び出して来るかはわからない。


ソードマスターも

ここまでは防戦一方。



その剣は愛倫アイリンの魂で

つくったというだけあって、

剣の重さをほとんど感じないが、

その代わりに尋常ではなく速い。


これだけの大太刀おおだち二口が

これ程までに軽々と

次々に繰り出されるということは

通常であればまず有り得ない。


剣というよりは

二本の鞭を操っているのに近い。


魂を斬る『斬魂刀』において

外傷の重篤度は問題ではなく、

射程と速度に特化した剣と考えれば

理には適っている。


これならば、剣を使うことに

拘る必要もないのであろうが、

剣でソードマスターに勝ってこそ

伝わるものがある筈、

そこは愛倫アイリンのこだわりでもあった。


-


二人の真剣勝負は、

その後も一進一退の攻防が続いた。


刃を交えて押し合う、

鍔迫つばぜり合い、

その最中さなか

ソードマスターは左足を上げ

愛倫アイリンの体を突き飛ばした。


後ろによろめき片膝を着く愛倫アイリン

ここぞとばかりに振り下ろされる

ソードマスターの剣、

これを愛倫アイリン

前につんのめるように出てかわし、

そのままソードマスターの顔面に

頭突きをくらわせる。


不意の攻撃に

後ろへ数歩後ずさるソードマスター、

そこで一瞬動きが止まる。


「なんだい?」


ここまでの真剣勝負で消耗し、

息が乱れはじめている愛倫アイリン

その間に呼吸を整えた。


「いや、その美しい顔を

攻撃に使うとは思いもよりませなんだ」


意外なその言葉に

思わず鼻で笑う愛倫アイリン


「へぇ、あんた

そんな気の利いたことも言えるんだねぇ

もっと堅物かたぶつなのかと思ってたよ」


ソードマスターもまた

乱れた呼吸を整えている。


「しかし、驚きましたな

愛倫アイリン殿が剣の勝負で

それがしと対等に渡り合うとは……」


予想以上の愛倫アイリンの善戦に

ソードマスターも

戸惑いの色を隠せない。


「なぁに、千年も生きてると、

時間を持て余して

退屈で仕方ないからね、

大概のことは一通り

やってみたことがあるのさ」





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