第4話 ダスターシュートに編み物バン

「ラブさん!」


 今時ないダスターシュートのゴミが出て来る所にいた。

 スミカ学園都市は、田園調布でんえんちょうふを模したとも囁かれているから、小学校にダスターシュートがあるのかな。

 大正たいしょう七年に渋沢栄一しぶさわ えいいち先生らが田園調布を立ち上げたと聞く。

 だが、それはそれ。

 関係ないと思う。

 何故か、ダスターシュートは、廃止の方向に行ったのだよな。


「ラブさん。危ないですよ。何か振って来るかも知れません」

「午前零時半ですよ。降って来るとしたら、大物です」


 僕は、下から覗いたが、真っ暗で何も見えない。


「大物? 犯人ってことですか?」

「犯人は、そんなに小柄かしら? このゴミ捨てを簡便にした装置は、子どもと大人を隔てるわ」


 大人には無理な狭さと言うことか。


「何か捨てられるのですか? ラブさん」

「しいっ」


 ラブさんは、極太糸で、サクサクとさっきよりも大きなブランケットを編んでいた。

 ずっと編んでいたのかも知れない。

 いや、よく見れば、幾つかのモチーフを繋いでおり、全てをここで編んでいる訳ではなさそうだ。


「できたわ」


 その声を打ち消すように、奇異な音が聞こえる。

 ガン!

 ゴツ。

 ゴオオオー。


「ここを持って! 早川巡査」


 僕は、ブランケットの片方を握らされた。


「来たわ! 全身で受けるのよ!」


 ドズン。

 重い衝撃は、男の僕にも辛かった。

 ラブさんは、尻もちもつかずに、真ん中でごろんとしている何かを庇っていた。

 抱えるのを止め、面を上げる。

 その顔は、眉間を寄せて不思議だと訴えていた。


「寝袋だわ。夜中に何を投げ入れるのかと思っていたら」

「僕は、誘拐される少女かと思いました」


 ラブさんは、寝袋を調べつつ様々な推理をする。


「それは、下校時刻に現れるわ。今までの誘拐の手口だと、こうよ。黄色い帽子の小学一年生に、飲み物などをあげると言っては、隠していた車種不明の車に乗せて、この界隈に逃走するの。どこかに巣穴がある筈なのよ」


 僕は、ラブさんに巣穴を一緒に探して欲しいと言われていると感じてしまった。

 ピピピ。

 ラブさんのふっくらした胸元に光る小型通信機が、呼び掛ける。


「はい。こちらは、ラブ。ビューティーね」


 何だ?

 ビューティーさんの方で犯人が挙がったか?


「うん、うん。イニシャルは、M.H.さんね。そう、うんうん」


 僕は、ラブさんが通信を終えるのを待った。


「ラブさん。それが、犯人のイニシャルなのですか? 犠牲者のですか?」

「小学生D。第四の犠牲者のものです。この情報は共有してもいいわね」

「こんな夜中に犠牲者が?」

「いえ、ビューティーの計算によります。捜査本部で様々なデータを借りたそうですわ」


 ラブさんが、汚れた寝袋の中からキーを探し当てた。

 名前を書く所が、染みになって仕方がなかったけれども、判読した。


「寝袋を見てください。『五年二組、XXめいX』とあります」

「誰が捨てたのでしょうか?」

「さあて……ね。早川巡査は、何でも訊き過ぎよ。この児童を恨んでいた者か、はたまた真逆かよく考えないといけないわ」


 ラブさんが編み物のブランケットを畳みながら、考え込み始めた。

 そうだ。

 ブランケットを予め用意していたんだった。


「何故、ラブさんはここで待っていたのですか?」

「山勘ですよ。編み物のマジックですわ」


 キュートなウインクに僕は毒されてしまった。


 ◇◇◇


 その日の放課後に、我々は大騒ぎとなった。


「被害者は、村瀬陽菜乃むらせ ひなの! こちらは、東スミカ小学校班です! 東区で犯人の目撃証言あり。シルバーのセダン」

「三國だ。よし、聞き込みに回れ」

「は!」


 ラブさんが震えている。

 どうしたことだろう?

 声を掛けるべきか否か。


「ヒントは幾つかあったのに、私は、犯人を目の前で取り逃がしてしまった……」

「ラブさん。そうだ。ビューティーさんと通信してみましょう」


 僕は、ラブさんに元気を出して貰いたかった。


「ビューティーと? 今更顔向けできないわ」

「顔向けって、車には追い付けないですよ」


 とにかく、明るいラブさんになって欲しい。


「そうじゃないの。私とビューティーは、姉妹も同然の仲なのよ。心が二つに分かれたようだわ」


 心が一つだとでも感じるのか。

 女の子なのかな。


「大丈夫ですよ。では、言い訳をしましょう。犯人を逃してしまった理由を」

「何故、そんな酷なことを?」


 ラブさんが、びくりと肩を震わせている。


「そして、得られた情報も共有するのです。ビューティーさんなら、その冴えた頭で事件解決へとコマを進められます」

「ビューティーの冴えには感服するわ。でも、私の失態はどうにも取返しがつかない。松川あかりさんのご両親のように、私達の所へ哀しみを背負って来る」


 ああ、ご両親の思いは、我々とは比べてはいけないからな。

 共感してしまったのだね。

 優しいんだ。

 ラブさんは、愛ってものを知っているんだ。


「どうしたらいいのかは、本当は、ラブさんが一番よく分かっている筈です。僕は、ラブさんとお会いするのは初めてですが、名前に『愛』と入っていると思うんだよな」

「何かデータが流れたかしら?」


 ぐふ。

 何て分かり易いんだ。

 きっと、愛子とかそんな名前かも知れない。


「さあ、ビューティーさんと打合せしましょう。ラストの五人目を出さないように」

「……ええ」


 ◇◇◇

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