閉ざされた街 46 街の解放

『峻厳なる正義の守護者、父なるユラント神よ!

 かつて、あなたと盟約を交わした我が祖先に代わってお願いしたします!

 あなたを敬う人の子らが造りし魔封じの結界を解き放ちたまえ!』


 ユラント神殿にアルディアの泉のように清らかで明朗な祈りの声が響く。この時のために本殿は戦いの名残を全て取り除かれ、周囲は綺麗に拭き清められている。

 ユラント神の敬虔な使徒であり、魔族を倒したランゼル王国の始祖に連なる血を持つアルディアによって、街を覆おう結界、魔族を閉じ込めるための最後の防壁が今、解除されたのだった。

 大仕事を成し遂げたアルディアだが、そのままユラント神を象った立像の前で瞑想を続ける。

 それを見守っていたダレスもトーガを纏い右手に〝審判の剣〟を持って彼方を見つめる〝父〟の像に軽く頭を下げる。魔族退治はともかく、ミシャの件については感謝すべきと判断したのだ。

 そしてアルディアと彼女に侍るミシャよりも一足先に外に出て、その効果を確認する。

 当然ながら街を覆っていた淡い光を放つ結界はもう存在しない。ハミルの街は完全に解放されたのだった。


 ダレスが心配していた山賊達の襲撃はほとんどなかった。

 街の外でもハミルに親族を持つ者達が集まって自警団と救援隊を組織しており、山賊を牽制しながら結界が解かれるのを辛抱強く待っていたのである。

 それ故に結界が解かれると同時にハミルの街は親族を心配する者、ただ善意のみで救援に駆け付けた無名の英雄達によって救援物資の搬入が行なわれる。

 これからハミルは彼らと街の生存者達が力を合わせて復興されるに違いなかった。


 一番鶏さえもまだ夢心地であるに違いない深夜、ダレスは寝台から起きると身支度を開始する。

 拠点としている〝白百合亭〟の羽根布団の寝心地は素晴らしく、更なる睡眠への要求に晒されるが彼はそれに耐える。ある意味、魔族よりも強敵と言えた。

 ハミルの復興に目処がついた今、ダレスがこの街にいつ続ける理由はない。エイラやノード、自警団、外からの救援者、彼らは街の復興に意識が向いているが、落ち着いてくれば魔族を倒した者の正体に気付き始めるだろう。

 一介の傭兵に戻る時が来たのである。それ故に彼は誰にも別れを告げずに〝白百合亭〟とハミルの街を後にするつもりでいた。

 正直に言えばアルディアとミシャとの別れは辛かった。だが、魔族討伐の目的を果たした彼女達はいずれ王都のユラント神殿に戻る。二人との別れを惜しんで同行すれば、面倒なことになるのは目に見えている。

 アルディアとの出会いで父との関係に〝折り合い〟を付けたダレスだが〝神の御子〟として人々から遇されるのは本意ではないのだ。

 それにアルディアはユラント神の神官である。彼女とは恋仲の関係になるはずがなかった。これ以上アルディアと一緒に時を過ごせば、別れがより辛くなる。ダレスは引き際を弁えていた。

 腰に〝審判の剣〟を帯び、背負い袋を担いで準備を整えたダレスは、窓を静かに開けると例の即席の縄梯子を伝って外に出る。

 無用の長物となっていたこれはダレスがこの日のために隠し持っていた。水袋も昨晩から中身を満タンにしており、万全の構えである。

 路地に降り立ったダレスは最後に後ろを振り返って〝白百合亭〟を見つめる。アルディアとミシャ、それにエイラとの約束はもったいなかったし、ノードにも別れの挨拶をしたかったが、彼らなら許してくれるだろう。

 ダレスはそう思うと未練を断ち切ってきびすを返した。


「あたし達を置いて、こんな時間からどこに行くのかな?!」

「うお!!」

 最初の辻を曲がった瞬間に声を掛けられたダレスは悲鳴を漏らす。そこには同じく旅支度を整えたミシャが建物に寄り掛かりながら待ち構えていたからである。

「そうです!! 出掛けるなら、そう言って下さらないと!!」

 その奥にはこちらも完全武装を整えたアルディアがおり、ダレスに不満をぶつける。薄暗いので細かい表情までは見えないが、怒っているのは間違いない。

「そうそう、さよならの一言もないなんてね!」

「そうだよ!」

 更にはエイラとノードも姿を現してダレスを非難する。

「・・・ばれていたのか、どうして?!」

 自分の計画を見抜かれたダレスは、ばつの悪い苦笑を浮かべると先頭のミシャに問い掛ける。

「そりゃ、縄梯子を隠していて前日の夜に水袋に水を詰めていれば、察しがつくさ!!」

「そうか・・・上手くやったつもりだったんだが、甘かったようだ。とは言え・・・俺はハミルを出て当てのない旅に出るつもりだ。王都に戻るつもりはないから、皆とはここでお別れだ・・・」

 おそらくはダレスの意図に気付いたミシャがアルディア達に報せて待ち構えていたのだろう。その計らいは嬉しいが、別れがつらくなるだけである。彼は敢えてそっけなく答える。

「なるほど・・・実は私とミシャもこのまま王都には戻らず、武者修行の旅に出ることにしたのです。何しろ、王家の血を引く私が戻ると色々な厄介事に巻き込まれそうですしね!!」

 アルディアは自身の身の上を皮肉るように王都に戻らない理由をダレスに告げる。

 彼女の暗殺計画はクロットが企てた偽情報とされているが真偽は不明であるし、現王妃にとってアルディアが好ましい存在ではないのは確かである。

「そうそう、それに一人で屋敷から抜け出せない二流の傭兵には腕利きの盗賊が必要なんじゃないかな!」

 更にミシャが含み笑いを漏らしながらダレスに告げた。

「そ、そういうことなら、俺の旅に連れていってやってもいいぞ!」

 内心の喜びを隠しながらダレスは二人に同行を許す。彼女達が自分の意志でダレスの旅に着き合おうとするのなら拒む理由はない。特にアルディアの場合、政情が不安定な王都から身を離すのは賢い選択と言えた。

「ええ、ダレスさん!! これからもお願いします!!」

「いや、逆だろう。そっちがアルディア様に同行を頼むべきだ!」

「もう、ミシャったら!!」

 ダレスの許可を得たアルディアとミシャは笑みを浮かべながらも、それぞれの個性に沿った言葉で答える。

「話が纏まったようだね! あたし達としてはもっとあんた達にこの街に居て欲しいし、約束も果たしたいけど・・・あれは反古にするね!! 

 それまで控えていたエイラが口を開き、ダレスとアルディアの顔を交互に見つめると約束を無かったことにする。

「「皆を・・・ハミルの街を救ってくれてありがとう!!」」

 そして街を代表するようにノードと声を合わせてダレス達に改めて礼を告げるのだった。

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