閉ざされた街 24 ミシャの告白

「これまで無秩序に街の住民を襲っていた怪物達が、なぜアルディアを生け捕りにしたのか・・・ミシャ、お前には何か心当たりはあるか?」

 閑散とした大通りを早足に歩きながらも、ダレスは前を進むミシャに自身の疑問を単刀直入に問い掛ける。

 本来ならば、敵との接触に備えて悠長に会話等している状況ではないのだが、ダレスの勘はアルディアが生け捕りにされた理由は今回の魔族復活に大きく関わっていると睨んでいた。

「それは・・・」

「知っているなら全てを話してくれ! 敵の力は強大だ。仲間内で隠し事をしている余裕はないぞ。そもそも神官の従者であるお前が、腕の良い忍びの者であるのが普通じゃない。アルディアは何者なんだ?!」

 背後からの問い掛けなのでミシャの顔色は窺い知れないが、彼女の困ったような反応にダレスは畳み掛ける。

「・・・そうだな、順を追って話そう・・・」

 ダレスの説得にミシャは溜息を吐くと疑問に答えるため、自身の過去とアルディアとの関係を語り出した。


「・・・あたしがアルディア様と出会ったのは・・・約三年前、盗賊結社で暗殺者としての技術を教え込まれていた時のことだった。その盗賊結社は暗黒神への信仰に目覚めており、それを察知したユラント教団が神官戦士団を派遣し潰しに来たんだ。それにアルディア様も参加されていて、結社はアルディア様の活躍もあって壊滅させられた。・・・悪魔のように厳しく強かったあたしの教官役でもある首領が、目の前でアルディア様に一撃で倒された時は小便をちびりそうになった・・・いや、正直に言えば漏らしていたよ。あの馬鹿でかいメイスが私の頭をカチ割るのだと思うと恐怖で震えて下半身の力が抜けてしまった。・・・だが、あの方のメイスが私に振られることはなかった。逆に笑顔で『もう大丈夫よ!』って語り掛けながら、小便を漏らしたあたしを抱き締めてくれたんだ。・・・当時のあたしは敵が隙を見せたら隠し持っているダガーで鎧の隙間を狙って刺すように教えられていたが、気付いた時にはダガーを捨てて泣いていた。この方は本物の聖女なんだって思ったよ。その後は・・・当時のあたしは幼く、ノードと同じ程度の年頃だったので身柄はユラント教団が預かることになり、あたし自身の希望もあってアルディア様の従者となった。だから・・・あたしがアルディア様と出会った頃には、既にあの方は神官としても戦士としても恐ろしい程の実力をお持ちだったよ・・・」

 そこでミシャは一度会話を切ると、当時の事を思い出したのだろう感慨に耽るように深呼吸を行う。ダレスも彼女の邪魔しないように先を促す言葉を敢えて口にしなかった。


「・・・アルディア様の従者となったあたしは、普段の生活はもちろんだが、教団の任務を受けた時もあの方を影から護るために付き従った。あんたも充分にわかっていると思うが・・・アルディア様は細かい駆け引きはせずに一直線だからな。いくら実力があるとは言え、足元を掬われる可能性がある。あたしの能力はある意味、丁度良かったんだ。・・・そして、ここからが肝心の話になるな。アルディア様は自身の生い立ちをあたしに限らず誰にも語ることはなかったが、三年もお仕えしていれば、主人の立場や過去を知る機会はやって来る。教団内の噂では、アルディア様はこの世界に生まれた直後からユラント神殿に預けられたらしい。それというのもあの方は・・・とある大貴族の私生児であるため、お家騒動に巻き込まれないように早い段階で僧籍に入れられたということだった。これは、この国の教団トップである教皇が直々にアルディア様をお育てになられて、実質的に養女の扱いを受けていることから間違いないだろう」


「とある大貴族か・・・」

 ミシャの過去と主人に向ける絶大な敬愛への理由。そしてアルディアの素性。これらの内容を含んだ説明を聞かされたダレスは気になった要点を口にする。

 アルディアが貴種の血を引いていることは、その美貌と気品から疑う余地もないだろう。氏より育ちという言葉もあるが、美貌と気品、この二つを両立させるとなると、やはり庶民の生まれでは無理があった。

 もっとも、ダレスがアルディアの素性に疑問を抱いた理由は怪物達が彼女を生け捕りにしたことが引き金となっている。このハミルの街は建国の王が魔族を倒し、封印した土地である。王家の血が大きな力を持つ場所だ。

 それを考えればアルディアのルーツが単なる貴族であることはありえない。彼女に流れる血は王家のモノに違いなかった。

「ああ・・・表向きにはとある大貴族とされているな」

 大よその推測はしていたのだろう。ミシャもダレスの意図を読み取って頷く。だが、私生児とはいえ一国の王家と貴族とでは重みが違う。主人への忠義なのだろう彼女は断定を避けた。

「王家との因縁・・・アルディアが天啓を受けたのは生まれた時からの運命だったのだな・・・ユラント神め・・・」

 謎の一部を解き明かしたダレスは、この地上世界をどこからか見ている神の名を口にする。アルディアがあれほどの信仰心と力を持って生まれた理由、そして自分を巻き込む使者として選ばれた理由だ。

 地上世界に直接介入する術を失った神々は、人間を通じてしかその力を行使出来ない。アルディアに限らず、自分がこの時期にランゼル王国にやって来たのも、魔族に対処するためのユラント神の壮大な計画の一部だったのだ。


「・・・人間は・・・神々の奴隷ではないのだぞ!」

「・・・ダレス、あんたはアルディア様が生れたのは神が定めた運命だと言うのか?!」

 思わず漏らしたダレスの本音にミシャは驚いたように問い質す。これまで彼女にはそのような概念がなかったのだ。

「ああ、そうだ。俺達は神々の駒として〝神代の大戦〟の後始末をこうしてやらされているんだ」

「なら、あたしがアルディア様に出会えたのも、やはりユラント神のおかげというわけなのか・・・」

 ダレスとしては神々の身勝手さを訴えるつもりだったが、ミシャはその逆と受け取ったらしい。

「そういうことになるな・・・アルディアの正体が判明した以上、魔族は彼女に流れる王家の血を利用するつもりなのは間違いない。先を急ごう!」

 ダレスは自分とミシャの神への捉え方に隔たりを得ながらも、アルディア捜索を改めてうながした。

 ユラント神に限らず〝神々〟を人間の傲慢な支配者と見るか、正しい導き手と見るかの違いだ。いずれにしても神々は地上世界に直接介入出来ない以上、魔族を倒すのは人間の役目である。そしてアルディアを助け出し、魔族を倒して街を救える可能性を持っている人間は、ダレス達だけなのだった。

「ああ!!」

 ミシャとしては当然ながらアルディア救出こそが全てである。異存なく答えると、敬愛する主人が連れ去れた街の中心地に向って早足に歩き出す。

 その先には王族の離宮とハミルにおけるユラント教団の神殿が位置していた。

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