閉ざされた街 13 脳筋聖女荒ぶる

「ダレスさん! 私も一緒に戦います!」

 クロットとミシャを先にこの場から撤退させ、更に逃げ込む先を確保しようとしたダレスだったが、ここで予定が狂う。二人の後を追うべきアルディアがまだこの場に留まっているのだ。

「アルディア! お前も早く逃げろ!」

「いえ、ダレスさんを一人で残すことは出来ません!」

 再度、撤退を促すダレスにアルディアは毅然とした言葉で応える。

「いや、アルディアが先に逃げてくれないと俺も逃げられない・・・くそ!」

 窮地を仲間一人に委ねず、敢えて数で勝る敵に立ち向かうアルディアの気概は、客観的に見れば立派であると言えるだろう。だが、ダレスにとってはせっかくの作戦をふいにする期待外れの行動だった。


 ダレス一人なら〝切り札〟の一つを使って遅れをいくらでも取り戻せる。だが、アルディアが一緒となると、もはや敵を殲滅するしか二人が生き延びる方法は残されていない。

「とりゃあぁぁぁ!!」

「・・・仕方ない!」

 襲い掛かって来た異形の怪物に、雄叫びを上げて反撃のメイスを振るうアルディアの姿を目にしたダレスは覚悟を決めて戦闘に参加する。

 アルディアを孤立させないように突撃し、彼女の左側に回り込もうとしている敵に横殴りの斬撃を放つ。彼の〝長剣〟は狙いどおりに異形の怪物の頭部を跳ね飛ばし、絶命させる。首から噴き出る血の色は人間と同じ赤色だ。その事実にダレスは無意識的な不安を覚えるが、一瞬でそれを無視すると返す刀で新たな敵に斬り掛かった。


 三体目を倒したところでダレスはアルディアの様子を確認する。山賊との戦いで彼女の実力は知っていたが、万が一ということもあり得るからだ。だが、ダレスの心配は全くの杞憂となる。

「いしゃあぁぁぁぁ!!」

 もはや完全な奇声としか思えない掛け声を上げながらアルディアは、群がる敵達を確実に倒していた。既に四体の怪物が石畳みの上に倒れており無残な姿を晒している。

 この異形の存在がどの程度の知能を宿しているかは計り知れないが、ダレス達、特にアルディアを脅威と感じたのだろう。彼らは数に任せたゴリ押しから包囲戦を展開する動きに以降しようとしていた。

「もう退きなさい!」

 人ならず怪物にも知性の片鱗が備わっていることにアルディアも気付いたのか、敵に撤退を訴える。だが、その台詞とは裏腹に彼女の身体は嬉々として新たな標的と定めた敵に殴り掛かっている。今度は自分が攻勢に出るつもりのようだ。

「アルディア! あまり前に・・・いや! そのまま切り崩せ! 行け!」

「わかりました! ふふふ!」

 突出の危険を促そうとしたダレスだが、アルディアの恐ろしいまでの突進力から戦法を防戦から一点突破に変更する。彼女の背後は自分が責任を持って護ることにしたのである。

 その指示にアルディアは快諾し笑い声を漏らす。作戦の有効性に理解を示したというよりは、ダレスから全力で戦う許可を得たことが嬉しいといった具合である。


「きぃりゃあぁぁぁぁ!!」

 相変わらず意味不明な雄叫びを上げて戦うアルディアの背中に自身の背中を預けるようにしながら、ダレスは包囲戦を仕掛ける敵を牽制する。

 今は積極的に攻勢には出ず体力を温存し、主戦力となっているアルディアが疲れて突破力が落ちたら交代するつもりだった。

 だが、アルディアが前進を止めた時には敵の数は三体にまで減少していた。ここまで減って士気の落ちない敵も異常だが、真に恐ろしいのはアルディアの戦闘力とそれを維持する体力であった。

「はぁ・・・ダレスさん、残るは三体ですね!」

 さすがに息は上がっていたが、高揚した気持ちを隠す気持ちがないのかアルディアは嬉しそうにダレスに告げる。

「ああ、あとは俺に任せて体力を回復してくれ!」

 これまでダレスが倒した敵の数は六体である。それに対してアルディアは十体を軽く超えていた。競うつもりはないのだが、なんとなく危機感を覚えた彼はアルディアに交代を指示する。

「いえ、私は大丈夫です! 任せて下さい!」

「いや、自覚してない疲れがあるはずだ、ここは俺に任せろ!」

「いえいえ、本当に大丈夫です。私にもっと戦わせて下さい!」

「いや、いい俺がやる!」

「そんな! 仕上げだけを持っていこうだなんて!!」

 ダレスとアルディアはお互いが前に出ようと肩で押しながら牽制しあう。

「ああ、狡い!」

 アルディアの圧力をフェイントで躱したダレスは、彼らの隙に乗じようとしていた最後の三体に素早く切り掛かる。

「狡くない! 早い者勝ちだ! てい!」

 掛け声とともに一体目を袈裟斬りで倒したダレスは、身体を反転させつつ最小の動きで二体目の眉間に突きを放った。

 更にダレスは敵の頭部に刺さった剣を引き抜き、三体目に取り掛かろうとするが、その頃にはアルディアが最後の敵を片付けていた。


「怪我は?」

「ユラント神の加護の賜物でしょう。ありません! ダレスさん、あなたは?!」

「こっちもない」

 討伐数で差を付けられたダレスだが、伏兵に警戒しつつも被害の確認を行う。もっとも、アルディアは司祭なので負傷していたとしても自力で癒せるはずだった。

「では、ミシャ達と合流しよう!」

 ダレスは自分達が倒した怪物達の遺骸を気にしながらも、アルディアに撤退を告げる。

 この怪物の正体と出処が気になるが今回の戦闘は予定外であり、このままグズグズしていると第二波に襲われかねない。まずは仲間との合流である。何しろ、彼の推測が正しければ怪物達はまだまだ大量に存在しているはすなのだ。

「・・・ええ!!」

 アルディアも怪物を詳しく検分する必要があると思っていたようで、自分が作った骸の山に一瞥を送るがダレスの判断に賛成する。

「うむ。出来れば、さっきも大人しく指示に聞いて欲しかったな!」

 先程とは違い、素直に指示を受けるアルディアにダレスはやや皮肉気味に苦笑を浮かべる。

「それは存分ぞんぶんに戦え・・・いえ、ダレスさん一人を窮地にさせるわけにはいかないと思ったのです!」

「ん? 今、存分に戦えるって言ったか?」

「・・・そ、そんなことは・・・言っていません・・・ミシャ達を逃げる時間を〝充分じゅうぶん〟に稼ぐためと言いたかったのです!」

 ダレスの指摘にアルディアは動揺し、顔を真っ赤に染めながら自分の言葉を取り繕う。まるで、つまみ食いを見られた少女のようである。

 もっとも、それは彼女の本質は神に選ばれた聖女ではなく、個性を持った一人の女性である証とも言えた。

「・・・そうか。じゃあ、そういうことにしておこう・・・行くぞ!」

 アルディアの好戦的な性格は憂慮すべき問題とも思えたが、彼女が見せた年頃に相応しい可愛らしい仕草に免じてダレスは深く追及しないことにする。何より、今はミシャ達との合流が最優先だ。

「は、はい!」

 メイスに付いた返り血を軽く降って拭うとアルディアはダレスに快諾する。彼女にとって怪物との戦いは、一般的な女性が隠れてご馳走のつまみ食いする程度のことなのかもしれない。

「笑顔は本当に可愛いのにな・・・」

 ダレスは本人に聞かれないように小声で呟くと、ミシャ達が消えた南の通りに向けて走り出すのだった。

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