第6話 運命の恋人へ

その後の僕ら



 仕事を終えて家に帰る。

それがこんなにも楽しいなんて今まで知らなかった。

晩春のころに、愛する千早さんから家に引っ越してこないかと誘われた。

離婚時に財産分与分として家の名義を自分に変えて、浮気の慰謝料として残りのローンを払ってもらったのと、胸を張っていたけれど、それはあまり人に言わない方が良いと思う。


千早さんの子供たちはそれぞれ学校や就職で家を出ているので、一人暮らしだから気にしないでと言われた。

僕は喜び勇んで引っ越しさせてもらった。

家の玄関に、小野の表札がかかっているがその横に坂本の名刺大の紙が貼ってある。

いつか僕は小野の名前を名乗れるように、今頑張っている。



「ただいま」

玄関のかぎを開けて中に入る。

「おかえりなさい」

千早さんが出迎えてくれる。


すごく嬉しい。正直心の中でガッツポーズをするくらいうれしい。

千早さんは僕の13歳上なのだけれど、僕より小さくて可愛いと思う。

以前、気味が悪いと思っていたことは内緒にしている。



「晩御飯食べる?」

「うん。何か手伝う?」

「大丈夫、すぐできるよ」

共働きだけれど、千早さんの方が帰りが早いので、僕ができることは僕がやるけれど、ほとんど千早さんがやってくれる。

主婦歴が長いから、、何でもチャチャッとやってくれる。

でも、できないことはお願いと言われているが、千早さんにできないことは無いのではないかと思う。

あ。吊戸棚から蒸し器とか出すときは呼ばれるな。

千早さん小さいから。



「晩御飯食べたら話があるの」

「今ではダメなの?」

「多分今話したら、知君はご飯が食べられなくなるから、先に食べてからにする」

急に食欲がなくなったような気がした。

もしかしたら、別れ話?

「それは僕と別れたいってことなの?」

「ちょっと違う。だから早くご飯を食べて」

千早さんは言わないと決めたら絶対に漏らさないので、僕は急いでご飯を食べた。

「そんなに慌てて食べると、のどに詰まるよ」

「大丈夫、鍛えているから」

鍛えるってどこだよとセルフ突っ込みをした。



ご飯を食べて、食器を食洗器に入れて、リビングのソファに二人で座った。

この家に越してきてから、ドラム式の乾燥洗濯機と食洗器、ルンバは働く主婦の三種の神器と言われて笑った。

確かに便利だ。

でも一人暮らしの僕は絶対使わないと思う。




「あのね、最近ちょっと調子が悪くてね、更年期かと思って病院行ったのよ」

「うん知ってる。どうだったの?」

「うん、どうやら私、妊娠してるの。大体六カ月だって」


僕は今の今まで乏精子症だと思っていたけれど、実は違ったってことなのかな?

「怒らないで聞いてほしい、僕の子どもだよね?」

「うん。それは絶対知君の子供」

僕はもう泣きそうだ。

いや既に涙が浮いているかもしれない。




「私、元々複数排卵する体質みたいでね、まぁ正直妊娠しやすい質と言うかそんな感じなのよ」




「だから今回妊娠してすごく嬉しいんだけど、考えてほしいことが有るの」

「なに?」

「実は今回高齢出産になるのね。それから前の妊娠から時間が経っているから、ダウン症、自閉症などの先天性障害をまず考えないといけないわけ。

私は知君の子どもだからぜひ産みたいのだけれど、そこのところ知君はどう思っているのかなって」


真剣な千早さんの顔を見てよく考える。


「僕は子供をあきらめていたけれど、妊娠してくれて本当に嬉しい。でも千早さんが無理をして、千早さんを失うくらいなら子供をあきらめる」

「一応今日聞いたんだけど、すでに六カ月までに何にもなくきちゃっているし、一番の問題の流産は乗り越えたみたいだし、あとは先天性の障害があるかもしれないってことかも」




「ただ障害をもって生まれた場合、私たちは先に死んじゃうよね。私の子供たちが面倒を見るのもなんか違う気がして、一応出生前検査を受けますかと聞かれたんだけど、一回大体10万円から20万円かかるのね。血清マーカーで診断を受けて、それで異常が有れば、絨毛検査とか羊水検査とかあるんだけど、どっちにしろもう中絶はできない週数なのよ」

「知らない言葉や検査ばかりだし、お金のことは別としてその検査は千早さんの身体に負担は無いの?」

「血清マーカーは、血液を採って検査するだけだけど、他は母体に負担がかかるらしいのよね」



子供が生まれる。


すごく嬉しい。


でも、異常が有ったら、他の子どもに迷惑をかける。


検査をするなら千早さんに負担が来る。


「僕はすごくわがままなことを言っているのかもしれないけれど、産んでほしい。

もし、障害のある子どもだったら、絶対僕が長生きする。

一生懸命働いてお金を貯める。それでも、子供が残ったら、申し訳ないけど施設に入ってもらう事しかできないと思う」



「知君がそうに決めたなら、私も頑張る。それと今回のことをきっかけに早期退職をしようと思うの。

だからこれからは知君におんぶにだっこになっちゃうけど、いいかな?」

「いいに決まってる。籍を入れよう。

小野千早さんこれからずっと一緒に生きていきたいです。

僕と結婚してください」

「はい結婚します、よろしくお願いします」

二人で笑いあう。



「千早さんは子供が居るから僕が小野の名前を名乗るよ」

「それって知君の両親に申し訳ないんだけど」

「大丈夫、子供ができたからって言えば絶対反対はしないと思う」


最初の婚約破棄の後、両親はずっと自分たちを責めていた。

でも、両親に何の落ち度もないって、ようやく僕は話すことができた。

もちろん僕にだって何も悪いことなんかない。たまたま僕が病気になっただけだ。



そう思えるようになったのは、千早さんのおかげなんだ。



子供ができたという幸せをくれたのも千早さんだ。



僕は緩く千早さんを抱きしめた。



「ありがとう、産むことを決めてくれて本当にありがとう」


「ただねぇ、この先しばらくセックスはできないと思うよ」

「そんなことは気にしなくていいよ」

「ごめんね、私今度の妊娠が最後だと思うから、不安になる事はしたくないっつうか、ほら私たちのセックスってちょっと激しいっていうか

「僕は婚約破棄の後10年近くセックスしていないから、きっと半年や一年は大丈夫だと思う。

千早さんの方が我慢できなくなったりして」

「あぁ、それはあるかも」


「大体、知君が気持ちのいいセックスするから、私が病みつきになるんだよ」


それは僕の所為じゃない気がする。



「しばらくお酒も飲めないんだねぇ」

「そうだね、僕も一緒に禁酒するよ」




翌日二人で区役所に行って婚姻届けを出してきた。

証人は千早さんの娘さん夫婦にお願いした。

すでに妊娠していると千早さんが娘さんに言った。

「お母さんまだ生理有ったの?」

と叫ばれたのは、笑ってしまった。



血清マーカーの結果は悪くなかった。

なので、絨毛検査も羊水検査もしなかった。

それでも、障害を持ってきたならそれも個性だと思うことにした。



とりあえず一安心と僕は会社に育休を申請した。

お前のせいで会社が大騒ぎだと上司に言われたけれど、意味が分からない。

僕は自分の育休のために仕事の振り分けを考えていた。






結局千早さんは退職しなかった。

というか会社が育休をとってもいいから戻ってきてくれと言ったらしい。

何やら会社に必要な資格を千早さんが持っているらしい。

名前だけでも、置いてくれと上司に泣きつかれたという。



千早さんの子供たちからはおおむね、仕方ないねと言う感じで僕たちの結婚は認められ、子供が生まれることも、もしかしたら障害があるかもしれないことも一応は話したらしい。

何よりも驚いたのは、春哉君があかたんあかたんと大喜びをしたことだ。

長女の舞さんがもう一人産まないとダメかしらと言ってたけれど、できれば産んでほしいと思う。

赤ちゃんがたくさんいると楽しいと思うと言ったら、千早さんに面倒と言われた。




僕の実家である坂本家は飲めや歌えの大騒ぎとなった。

当然ではあるが、家族は以前の婚約破棄の一件を知っている。

僕もうじうじしていた時期があり、兄弟の子供達とは一線を画していたし。

今回のことで、兄弟たちにはきちんと謝った。

兄弟たちは仕方なかったから大丈夫だと言ってくれた。

まぁそれに甘えてもいけないんだけど。



出産予定日はびっくりの大晦日だ。

千早さんが逆算すると、フラワーパークの帰りに初めてセックスした日かもと言う。

それだったら本当に嬉しい。



産休は11月半ばからだけれど、千早さんは有給消化も兼ねて11月から休みを取った。

休日は二人で買い物に行って、今はこんなものがあるんだとか、双子のときにこれ有ったら便利だったなぁとか言っていた。




12月初め千早さんが気持ちが悪いと言ったので二人で病院へ行ったところ、中毒症が進行しているのですぐに手術で子供を出すと言われた。

産科の医師が言うにはまだ子供の体重が少ないので、生まれたら保育器に入ることになるという。


母体と子供どちらをとか言われちゃうのかと思ったら、母体と子供を守るために手術するんですと言い切られた。




直ぐに処置がされて、千早さんは手術室に入った。

長女の舞さんが、僕の隣に座って、お母さん悪運強いから大丈夫ですよと労わってくれた。

「それに知大さんは、お母さんと赤ちゃんが退院してきたら家のことやってくれるんですよね、しっかりしてくださいお父さん」

と言ってくれたので思わず泣きそうになったら、まだ早いですと言われた。





数時間後、女の子が生まれた。

体重2000g、砂糖二個分。一見しての障害はないらしいけれど、このまま保育器に入るという。

僕は保育器に入れられて、手術室から出てきたところ見せて貰った。

直ぐNICUに行っちゃったけど。

写真を一枚だけ取ることができた。看護師さんが移動用のガラスケースに入った赤ちゃんと僕を一緒に写してくれた。

千早さんは麻酔が効ている状態で、病室に運ばれていった。

僕はその後を追いかけて、眠っている千早さんの頭を撫でて心からの感謝を思う。



目が覚めたら、女の子でちっちゃくてと話してあげようと思う。

名前はなんて付けようかな。



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