「シネ・リーブル梅田」

 2018年8月。


 JR大阪駅の北側にある複合商業施設「グランフロント大阪」をぐるりと迂回して、私は西へと歩いていた。この先はまだ再開発の途中で、しばらくは何も無い道が続く。


「ふう……昔は……この辺から……地下道に潜れたんだがな……ふう……はあ……」


 真夏の陽光に汗だくになりながらしばし歩き続けていると、ようやく地下への階段が現れた。


「やっと日陰だ……」


 以前は200メートル以上も続く地下通路だったが、この地域の再開発が始まったことで、昨年そのほとんどが埋め立てられてしまった。


「この通路は映画の思い出とセットになっているから、なんだか寂しいな」


 私がこの長い地下道を通って目指す場所は、いつも同じ映画館だった。地上に出ると、横断歩道の向こうにガラス張りの巨大な門の形をしたビルが見えた。梅田スカイビル。地上40階建ての2棟のビルを屋上の空中庭園で連結させた独特の形状から「未来の凱旋門」とも呼ばれ、近年では外国人に人気の観光スポットとなっている。


 2棟のうち、タワーイーストのエスカレーターを使って3階へ向かうと、すぐにシネ・リーブル梅田の文字が目に入った。2000年の終わりにオープンした、日活系のミニシアターである。2014年の3月からは、4階にあった梅田ガーデンシネマが閉館したことを受け、その跡地を新たなシアターとして活用しているため、ミニとは言いつつ計4つのシアターを抱える大きな劇場となっている。


「うわっ、すごいな……」


 いつもならだだっ広くて開放感のあるロビーを、今日は大勢のお客さんたちが埋め尽くしていた。しかも特定の客層が、というわけではなく、集まっているのは老若男女さまざまである。


「これが話題作の瞬発力というものか……」


 事前に予約しておいて良かったと、受付で『カメラを止めるな!』のチケットを発券する。上映開始時間が近づくにつれ、シアターの前に人が詰めかけてきた。とても狭い。定員100名ほどの小さな劇場でたまに大ヒット作が出ると、いつもこういうことになるのだ。


「……ふう」


 どうにか見やすい座席を確保して、一息つく。どうやら、この時間にして早くもレイトショーまで全回完売のようだ。そんなに面白いのか? この映画。


※ ※ ※


「……ぷっ!」


「ふふっ……」


「くすくす……」


 中盤に差し掛かり、物語の「仕掛け」が明らかになると、場内のあちこちから笑い声が漏れはじめた。私も、思わずつられて笑ってしまう。話の構成力に感心するより先に笑いが出てしまうのだから、これは確かにすごい作品だ。


※ ※ ※


(ああ、面白かった……!)


 始まる前の穿った視線をすっかり忘れて、満足してシアターを出る。


(しかし、これだけ面白かったのは、きっとお客さんにも恵まれたからだろうな)


 大勢で一つの物語を見届ける一体感。それもまた、映画館の魅力のひとつなのだと再確認した。


「近いうちに、また来よう」


 窓から、再開発真っ只中の工事現場を見下ろす。2023年には新たに「北梅田駅」が誕生し、この一帯は大規模な都市公園に生まれ変わるという。ひとつの映画館に20年近く通っていると、そこから見える景色も変わってくる。願わくば、できるだけ長くその変遷を見守っていたいものだ。


※ ※ ※


[シネ・リーブル梅田:2020年現在も営業中]

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