「梅田東映パラス2」

 2001年3月。


 私、権俵権助は、近松門左衛門『曽根崎心中』ゆかりの地である曽根崎お初天神通りを歩いていた。御堂筋の東側を走るこの商店街は、飲み屋、カラオケ、ゲームセンター等が数多く立ち並び、週末の夜にはいつもたくさんのサラリーマンたちで賑わいを見せている。しかしながら昼間の人出は少なく、今はすれ違う人もまばらだ。商店街を直進すると、一階部分に神社を構える珍しい「お初天神ビル」へと辿り着いた。


「確か、ここらだな」


 ビルを目印に十字路を右折して商店街を出て、横断歩道を使って御堂筋を渡る。そこから駅前ビルの並びに沿って歩いて行くと、目的の建物……梅田東映会館があった。大きく開かれた入口には手動式のガラス扉が並び、その頭上には上映作品の手描きイラストがでかでかと掲げられていた。1959年に建てられたこの歴史ある建物の一階には、東映直営の劇場として、邦画をかける梅田東映と、洋画の梅田東映パラスが入っている。


「今日は、上だ」


 その二つの劇場を横目に見ながら、脇のエレベーターに乗り込み、5階のボタンを押す。


「いつも思うが、狭いエレベーターだな……」


 ゆっくりと上昇し……扉が開くと、正面の窓ガラスから日の差す、また狭い廊下に出た。その先にあるのは、第三の映画館「梅田東映パラス2」だ。もぎりのおばちゃんにチケットを渡し、ロビーへと進む。ロビーと言っても、シアターを囲む通路に、申し訳程度のソファと、背の高い丸テーブルが置かれているだけのスペースだ。ちょっと人が集まればすぐにギュウギュウに埋まってしまいそうだが、この映画館でそういう光景を見た記憶はない。実際、今日も私以外に上映を待っているのは、中年のおじさんとおばさんが一人ずつだ。


「まあ、今の香港映画の客はこんなもんだろうな」


 この日、観に来た映画は『東京攻略』。『冷戦』『星願』等のジングル・マー監督が、最近向こうで流行りの日本観光に便乗して撮ったと思しき作品だ。ほぼ全編が日本ロケで、阿部寛や柴咲コウといった日本人キャストも多く出演しているが、ブルース・リーやジャッキー・チェンの全盛期が過ぎ去った今の時代「あのトニー・レオンとイーキン・ツェンが共演!」という惹句で香港映画を観るために劇場に足を運ぶ人間はそこまで多くないだろう。


 香港映画や特撮映画、ホラー映画にコメディ映画……。東映配給の作品でもなく、大作洋画でもなく、なんとなくあぶれてしまった二軍のような作品をひっそりと上映している……この東映パラス2には、そういうイメージがある。


「パンフは……もし面白かったら買うか」


 腰をかがめて、うっすら埃の被ったガラスケースの中の関連グッズを眺めながら時間を潰す。そのうち、ぼちぼちと人がやってきて、なんとか十数人は集まったところでシアターの扉が開いた。800人ほど収容できる一階の大劇場とは違い、ここはせいぜい100人入れるかどうかという小さなハコだ。すべて自由席だが、たいした人数もいないので、めいめいのんびりと歩いて好きな座席を選ぶ。


「……ふう」


 中央より、少し後方の席に腰を下ろす。奥行きのないシアターなので、このあたりがちょうどスクリーンの全体を見渡せる場所だ。


「…………」


 硬い椅子にもたれかかって、上映を待つ。開け放たれた扉から差し込んだ陽光が白い天井に反射して場内を照らしている。映画館には珍しい明るさと春の陽気が相まって、なんだか眠たくなってくる。


(目の覚めるような、面白い映画ならありがたいな……)


 扉が閉められ、照明が落ちる。それでも、まだ少し明るいのがこの劇場の特徴だ。キッズ向け映画の時は、そこらへんを子供が駆け回っているのがよく見えた。


"東映ニュース"


 直営らしく、東映配給作品の予告編だけを流すコーナーが始まる。


(『バトル・ロワイアル特別編』か……。最近の東映作品にしてはヒットしたもんな。まだもう一稼ぎしたいところだろう)


 それが終わると、今度は『長靴をはいた猫』の主人公・ペロのアニメーションが始まった。『長靴をはいた猫』と言えば1969年の東映アニメ映画だが、当然そんな古い映画の予告編ではない。これは、この東映会館の3階にあるアニメショップの草分け、アニメポリス・ペロのCMである。


(この使い古したペロのアニメを見ると、東映の映画館に来たことを実感するよ)


 10分ほどの予告編タイムが終わり、ようやく本編が始まった。


※ ※ ※


「んんっ……!」


 場内に再び明かりが灯ると、軽く伸びをして席を立った。


(まあ、こんなもんだろ……)


 ほどほどのアクション、ゆるゆるのドラマ。高くない期待値に沿った内容だったが、それゆえに裏切られた気持ちもない。


(パンフは……まあ、いいや)


 劇場を後にして、また狭い廊下を通り、狭いエレベーターに乗り込んだ。


(ここで観る映画はいつもそれなりだ。でも、ここの空気は好きだな……)


※ ※ ※


[梅田東映会館:2002年4月閉館]

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