第20話 服は記号、自分にとっての武装。

「―――っと!」


 HISAKAが大きくP子さんに向かってうなづいた。その顔には、笑みが大きく広がっている。


「OK?」

「OK。やっぱりあなた、こういう時一番よね」

「あ~いいなあ」


 思い切り眉を寄せながら、MAVOは大声を出した。

 この日は彼女の録りではなかったので、少し顔を出してから帰るらしく、例のひらひらスカートやブラウスを着込んでの参上だった。

 ほんっとうに似合わない、とP子さんはついまじまじと見てしまう。


「なあに? また似合わないって言うの?」

「言いたいのは山々ですがね、MAVOちゃん」

「いいのよー。こーゆー服はねー、似合う似合わないで着るんじゃないんだもん」

「そういうもんですか?」


 言いながら、言った当人ではなく保護者の方を見る。


「そういうもんなんでしょうね、きっと。……私にも理解はできないけれど……」


 最後の方は小声になっていた。そのリーダーの後頭部をMAVOは平手でぱし、と叩く。


「痛いわねえ」


 ふん、とMAVOは口をとがらせる。


「だってそれでもHISAKAは買ってくれるじゃない。似合わないと思えば買わなけりゃいいのよ。HISAKAがスポンサーなんだから」

「あなたが欲しがるから買うんでしょ」

「ちがーう。絶対HISAKAは店に長く居るのが嫌なんだわ。だからさっさと買って済ませてしまおうって思ってるのよ」

「……それはそうだけど」


 くく、とP子さんは笑った。痴話喧嘩だなあ、と思う。だがHISAKAがその類に居にくい気持ちは分かる。それはそうだろう。


「……だって、ねえ。あなたその類の店に居ると、何十分も居座って、店員さんと話し込んでいるじゃない。……私ただでさえ、あの空間では自分が浮いてるの、判るのよ」

「だったら近くのカフェか何かで待っててくれればいいじゃない」

「……だって、ねえ」


 何とも言い様が無い表情をHISAKAはする。怒っていいのか笑っていいのか、どうしていいのか判らない、と言った顔だ。


「まあ、じゃあ今日あたり、MAVOちゃん御用達の店に、ワタシをちょっと連れてって下さいな」

「P子さん?」

「P子さんが?」


 二人の声がユニゾンになる。


「何驚いてるんですか」

「……ま、まさかP子さんが……」

「そんな訳ないでしょう? プレゼントですよ」


 はあ、と二人は顔を見合わせ、ほうっ、と深呼吸をする。


「よ、良かった~いくら何でもあたし、P子さんがあのブランド着た姿なんて見たくない~」

「私だってそうよ。この子のせいであなたがとち狂ってしまったかと思ったわ」


 何やらさんざんなことを二人とも口走っている様な気がするのだが、あえてそのあたりは無視することにする。


「あ、もしかして、こないだのいきさつの」

「いきさつ?」


 HISAKAは相棒の方を見る。


「……まあそうですね。ややイメージは違うけれど、MAVOちゃんくらいの背丈だし……。服一着ってのは無謀ですかね」

「服一着ってのは無謀よぉ。だったら、これじゃなく、もう少しリーズナブルな方に案内するっ!」


 さあ行こう行こう、とそのままMAVOは立ち上がると、P子さんの腕を引っ張って、スタジオの扉を勢いよく開けた。

 思わず硬直して見送ったHISAKAのため息がスタジオの中に聞こえたのは、それから五分後である。



 さあ行こう行こう、とMAVOがP子さんを連れて行ったのは、現在彼女が着ている有名ブランドではなく、「まがいもの」のほうだった。

 形やコンセプト的には近いのだが、生地や縫製、それに形がやや異なっている。価格がやや下がるため、高校生あたりが買いそろえるにはお手頃となっている。

 しかし店の雰囲気はそう変わるものではない。ショウウインドウの中に飾られた服と、小物にやはりP子さんはやや引いてしまう自分を感じていた。


「どうしたの~いいじゃん。あたしが見てるんだったらそう違和感ないでしょ?」

「……まあ、そうですね」


 乗りかかった船である。

 ……結局、あの服をふんづけた時の染みが、上手く取れなかったのだ。

 洗濯は上手なはずなのに、とDBは少しばかりしゅん、としていたのを覚えている。

 白かったから、漂白して、とか何度かトライしているのだが、どうもやればやるほど色合いがおかしくなって行くのが判るのだ。ううむ。


「こんにちわあ」


 MAVOは比較的にこやかに店内に入って行く。

 おいおい確か人見知りするはずじゃなかったっけ、とP子さんは片方眉を上げた。

 まあしかし、判らなくもない。こういう店内には、彼女が嫌いな「男」くささが一切存在しないのだ。

 なるほどね、とあらためてP子さんはMAVOがこの類の店と、売っている服が好きな理由が判るような気がした。

 服は記号だ。

 皮ジャン皮パンを着るのは、ある程度、「ロックをするひと」という記号がそこにあるからだ、という意識がP子さんにもある。そこに似合う似合わないは関係ない。ある意味「制服」とも近いのかもしれない。自分にとっての武装。


「P子さあん、どういうのが似合うの? そのひと」

「ご本人のお写真とかあれば」


 MAVOと店員の両方から一度に声をかけられてP子さんははっとする。


「写真…… はないですがね、いいですよMAVOちゃん、あんたの趣味で」

「ったって、あたしが着る訳じゃないんだから」

「白っぽい奴、ってことだけでいいですから」


 そうは言ったってねえ、とMAVOは店員と顔を見合わせる。


「ではまあ、後でお似合いにならない、とお思いになられたなら、その時にはその方お連れ下さいませ。お似合いになるものをこちらでも精一杯見繕わせてくただきますから」

「そうして下さいな」


 とは言ったところで、自分がDBを連れて来る訳がないのだが。


 MAVOが選んだのは、割合その店にしてはシンプルなものだった。

 ただ、スカートの裾だけはひらひらと実に大量のフリルがあるのだが。P子さんは天井を見上げ、それを着たDBの姿を想像する。


「……そうですね。いいんじゃないですか?」

「なら良かったけど」


 MAVOもほっと胸をなで下ろす。


「本当に、合わなかったらご遠慮なくおっしゃって下さいね」


 にっこりと笑う店員に、とりあえずP子さんはありがとう、と言った。

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