第6話 決断は突然に

「幾つか…質問しても?」


なにせ健康面で大きな不安のある身なのだ。

聞けることはしっかり聞いて、そのうえで判断を下さなければ。


「当然の権利だね。とても重要な決断になる。あまり時間をかけられても困るけれど、慎重に越したことはない」

「その…それを受け入れた場合、私の魂が誰か他の人の体に入るってことですよね。その人の意識はどうなるんですか? その人の記憶は?」

「今回のケースでは…そうだね、転生先では君の人格と記憶のみが残ることになる」

「そんな…!」

「誤解のないように言っておくと僕にも無理矢理向こうの人格を消去するとかそういうことはできないよ。君に行ってもらう世界の君の肉体となる予定の『彼女』は向こうの世界で心を壊し、自ら生きることを放棄した。いわばさ。だから君は誰の人格も潰さないし、誰の記憶も奪わない」


ほ、と美恵は少しだけ安堵した。

仮にこの申し出を受けるにしても、それが誰かの犠牲の上に立ったものだなんて真っ平御免である。


「用意できた肉体の容姿が比較的似ていて年齢も近く性別も一緒、なんて幸運そうそうないんだけどね。君は運がよかった。まあ交通事故で亡くなった君には運がいいというのも皮肉に聞こえるかもしれないが」

「それは別にいいんですけど…その、私は向こうの世界で一体何をすれば?」

「なにも」

「はい…?」


これだけもったいぶって話をしておきながら、あまりにぞんざいな返答に思わず崩れ落ちそうになる。

彼女はその瞬間まで自分が貧弱ながらも運命を改変する者として何かの使命を与えられ、それを成し遂げなければならないのだろうかと半ば覚悟していたのだから、むしろ当然の反応だろうが。


「なにもって…それじゃ今までの話は一体何だったんですか!」

「君は世界の危機を救うため招聘されるじゃあない。あくまで世界の開拓のために呼ばれるだ。役目としては向こうの世界を活気づけること…になるのかな。要はカンフル剤だね。だから特に行動に縛りなんてない。好きなように生きて、好きなように人生を終えるといい。実際異世界に渡っても些細な職について特に大事を為さず生涯を終える人も少なくないんだ。でも…そういう場合でも、異なる世界から来た人物の知識や価値観は確かに向こうの世界に影響を与える。君に求められているのは…つまりそういうことさ」

「ああ…」


それなら…それなら、確かに病弱な自分でもできそうな気がする。

美恵は己の胸を押さえ、小さく深呼吸した。

これまでの人生、なにもできなかったけれど、もしこんな自分が何かの、誰かの役に立つのなら…


「それで…そちらの世界の私の病歴は? 体の不具合とかも教えていただけると助かります」

「ないよそんなもの」

「え…? だって私によく似たって…」

「外見が、だよ。用意されてるのは健全健康な肉体さ。病気なんてあるわけない。あったら僕の責任問題になってしまう」


ぽく、ぽく、ぽく…ちーん。

美恵が男の言葉を飲み込むまでたっぷり数瞬の時を要した。


彼女は病気とあまりに長く付き合っていたから、それ抜きの生活なんてまったく夢想だにしていなかったのだ。だから仮にこの話を受け入れて異世界へ旅立ったとしても、てっきり病気なり怪我なりはずっとついて回るのだと思っていた。


けれど…違ったのだ。

向こうの世界へ行けば健康な体になれる。

重いものだって持てる。


自分の足で…歩くことができる。


「君に向かってもらう世界は科学技術が未発達で、かわりに魔術が発達した世界。とはいっても発展具合は君たちの世界の中世のそれだね。だから命の危険は常にある。でも僕としてはできれば君に…」

「やります」

「そうそう君にやってもらえると…え?」

「やります行きます行きます行きます行きます絶っっっっっ対行きます!!!」

「急にグイグイ来るね!?」

「だって…私に? 私にですよ? 五体満足の健康な体?! 嘘みたい! すごい! すごいすごい! 夢みたい!!」




思わず大はしゃぎをしてしまう美恵。まあ彼女のこれまでの人生を考えればそれも仕方のないことなのかもしれないが。




しかし…そのせいで、彼女はこの後己の運命を左右する選択肢を、幾つか聞き逃してしまうこととなる。




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