第5話 模擬戦─天宮輝夜VS祀翠歌織

「っあ二人共、もう大丈夫なのかい?」


 客席から二人に柔和な笑みを浮かべ声をかける生徒、峯乘ほうじょう優奈ゆうだい。容姿端麗、金髪碧眼で博識聡明の彼は高等部一年生の中で序列は五番目高く、余談ではあるが氷継ひつぎの幼馴染でもある。もはや腐れ縁の域だろう。


「問題ない、危うく死ぬ所だったけどな」


「こちらも問題無いわ、本当に死にかけましたけど!」


「あはは、手加減しなきゃ駄目だろ?氷継ひつぎ


「お前も知っての通り、十分やった。それに、技術レベルなら彼女の方が上だ」


「あら、煽てても何も出ないわよ」


「事実を言っただけですよ」


 雑談に花を咲かせていたが、段々と氷継ひつぎしずくの二人で言い合いの様になっていった。


「っあ、始まるみたいだよ。二人共」


 優奈ゆうだいが二人に声をかけ、二人も同じく会場へと目線を移した。

 氷継ひつぎ達がいた控え室とは反対に位置する控え室から輝夜かぐやとその対戦相手である祀翠しすい歌織かおりが会場入りしてきた。


 輝夜かぐやの家の隣に住む名家の次女。青竹色のセミロングを靡かせ輝夜かぐやと会話をしながらそれぞれ指定の位置に立つ。背中には薙刀の一種、グレイブを背負っており、腰周りと太腿には縦長いケースが備わっていた。このグレイブもとい【穢解あいかい】は祀翠家先祖から受け継がれてきた心装の一種で、その武器と心を通わせることができる者のみ扱える代物。現在ではその心装は祀翠家の者以外に扱えた者はいない。


「それではこれより第二回戦、天宮輝夜と祀翠歌織の模擬戦を開始します。両者、構え!」


 それを合図に一斉に武器を構える


「ッ!あれは……」


 歌織かおりが武器を構えると周囲に浅緑色の微細な粒子が漂い拡散する。高純度の鉱物に見られるエーテルとの共鳴反応の一つとされている【エーテスタンス】。心装によく見られる現象で、氷継も実際に見たのは初めてだった。


 更に驚きだったのはその現象が歌織かおりだけでなく、輝夜かぐやにも発生したのだ。


 鞘から引き抜かれたエストックもとい【天誓てんせい】から金色の微細な粒子が漂い拡散する。心装【天誓てんせい】は当時幼馴染みだった男の子と実家を散策中に見つけた物で、その時は特に何も起こらなかったが訓練を積んでいくことでようやく扱えるようになった思いでの剣でもある。


「あれが、エーテスタンス……それが二人も……見物だな」


 氷継ひつぎはそう呟いて眼にエーテルを集中させる。空気中に存在するエーテルが体内から発生させたエーテルと融合して黒眼に円型の陣が形取った。


「想いを司す不滅の誓いよ、我が眼となり万物を映したまえ───想継エーテル術式【宿眼オクルス】」

 

 円型の陣が青く発行して眼に馴染んでいく。完全に馴染むことで視力が一時的に上がり、魔力の流れやエーテルの流れが可視化される。


 氷継ひつぎは眼が悪く、家ではなるべく眼鏡をするようにしている。この術式は視力を補う為に創り出した物で、現状扱えるのは氷継ひつぎのみ。そもそも想継エーテル術式自体が氷継ひつぎ特製なので知っている者も殆どいないが。


「眼が悪いのかい?」


 優柰ゆうだいが問う。


「ああ、完全にゲームのしすぎだな。というか、よくこの術式が視力補強だってわかったな?」


「なんとなくだよ、眼に集めてたから」


「ちょっと待ちなさい、私との試合で使って無かったわよね?」


 横で聞いていたしずくがッハとした様に氷継ひつぎに詰め寄る。


「あ〜……忘れてましたね、はい」


「ック……屈辱的だわ」


 そこで会話は終わり、再び会場へと意識を向ける。

 郷花は二人がしっかり構えたことを確認して、息を吸う。


「ッ始め!!」


 輝夜かぐやが一気に駆け出し刀身へ”エーテル“を送る。刻まれた術式に光が宿る。【天誓てんせい】を持つ右手を後ろに引きながら式を唱える。


想継エーテル剣技式【神心ノ舞フェアリー·テイル】」


 五連撃の突きと二連撃の斬りを合わせ高速で織り成す業。水色の軌跡を描きながら繰り出されたそれは、容赦なく歌織かおりへと降り注ぐ。


「ッ!?え、ちょっと何それ!?」


 歌織かおりは驚きながらも【穢解あいかい】を両手を使い高速で回転させ、五連撃の突きを防ぎきったが、残りの二連斬りは一発目でガードが崩れ、二発目を左腕に食らう。


「ッな!?あれは!!」


「どうして彼女があの式を!?」


 驚き眼を見開くのは歌織かおりだけではなかった。それもそうだろう。この式を創り出したのは紛うこと無き氷継ひつぎ優奈ゆうだいの二人なのだから。完璧ではないにしろ、式と業の構成が同じ物をやられては驚くのも無理はない。


氷継ひつぎ、君が教えたのかい?想継エーテル剣技式を」


「そんな訳ないだろ、初対面だぞ。そもそも術式自体俺達二人しか知らない筈だ。纏めた本だって元本の二冊だけだ」


 歌織かおり輝夜かぐやから距離を取るためにバックステップで後ろに下がりながら左腰に装備したケースを横にスライドして、左手で一枚の紙を取り出す。その紙の表面には一般的に見慣れない文字が書かれている。あれは陰陽師が扱う霊符だ。


 霊符を正面に構え術式を唱える


「陰に隠れし真の姿を現したまえ、急急如律令ッ!」


 霊符が言葉に反応し、燃え上がって炎に溶けそこを中心に霊力で作られた彼女の背丈と同じくらいの半透明な霊符が現れた。それに向かって【穢解あいかい】を突きだすと、みるみる姿が変化していき全く別の装飾へと進化した。


真銘解放エクセリクシ穢滅あいめつ】」


 真銘解放エクセリクシは共鳴反応【エーテスタンス】を形に現した姿。エーテルと霊力は密接な関係があるとされており、今歌織かおりはエーテルの代わりに霊力を使い、霊符を通してそれを実現させた。心装自体扱うのが珍しい上にこの形態に移行できるのは、歌織かおりの年齢を考えるとかなりの才能があることがわかる。


「さっきは驚かされたけど、私だって負けないよ」


 ニッと口角を上げ輝夜かぐやを見つめる。


「えぇ……嘘でしょ歌織かおり。これはいよいよ勝てるか怪しくなってきたなあ……」


 意表を突いた一撃をお見舞いした輝夜かぐやだったが、これには流石に動揺を隠せないようだ。

 【天誓てんせい】を構え直し、刀身へエーテルを流しガードの姿勢を取る。


 歌織かおりも【穢滅あいめつ】を構え刀身へ魔力を送る。輝夜かぐやへとジグザグに走り近づいていく。


「今度はこっちから行くよ!槍剣技式【天転乱舞ウィング·フェスタン】」


 十連撃の突きを高速で繰り出す業。一撃、ニ撃と輝夜かぐやの顔面目掛けて次々と襲いかかる。輝夜かぐやはそれを首を左右に傾けて避け、三撃、四撃と上半身に迫ってくる刃を後ろに下がりながら弾いて防ぐ。五撃目、体ではなく右手に握られている【天誓てんせい】目掛けて飛んできた攻撃は、上手く避けれずヒットし大きく体勢を崩す。


「ック!」


 輝夜かぐやは顔をしかめ歯を食い縛る。

 六撃、七撃をそれぞれ右肩、左肩、に食らい、八撃、九撃目胸に連続して叩き込まれる。最後の十撃目は鼻を目掛けて迫る。輝夜かぐやは上半身を後ろに仰け反らせ攻撃を回避し、刃を弾いて体を起こしすぐさま剣技を発動させる。


想継エーテル剣技式【閃光ライトニング·スピア】!!」


 中級魔法【雷矢ライトニング·スピア】を元に創られた想継エーテル剣技式。エーテルで雷を体現し刀身に纏った状態で素早い一突きを繰り出す業、制作者は当然あの二人だが。


「おいおい、あの業まで使えるのか」


「これは……ちょっと調べる必要がありそうだね」


 即座にバックステップで後方へ下がった歌織かおりだったが、輝夜かぐやの【閃光ライトニング·スピア】が凄まじいスピードで眼前へと迫りくる。


「槍剣技式【一天月歩アインス·モーント】!!」


 この業も素早い突きを繰り出す物で、今回は前にではなく横からそれを発動させ、迫る【閃光ライトニング·スピア】を弾いて防ぐ。


 ギィィインと激しく音を響かせながら弾かれた【天誓てんせい】をバックステップで後方に下がりながらしっかり構え直し、相手の出方を窺う。


 歌織かおりもそれに倣うように【穢滅あいめつ】を構え直して輝夜かぐやを見据える。


 数秒のにらみ合いが続き、観客席にもその緊張がピリピリと肌に伝わってくる。その沈黙を破るように歌織かおりが刀身へ魔力を流す。輝夜かぐやも続いて刀身へエーテルを流す。その量は次第に膨れ上がり、両者共にこれが最後と言わんばかりに。鋭く、濃く、大量に。


「これで最後にしよっか、輝夜かぐや!」


「うん、これで決めよう、歌織かおり!」


 刀身に刻まれた術式が激しく光輝し、眼を見開いて同時に式を魂を込めて叫ぶ。


想継エーテル剣技式【一刀十騎プロートン·リッター】!!」


「槍剣技式【十鬼·前鬼ツェーンオーガル·プリモオーガ】!!」


 輝夜かぐやの放つ【一刀十騎プロートン·リッター】は一度の突きで刃が十現れる具現化系の剣技式。輝夜かぐやは斬撃として十の刃を完成させたが、本来はもっと不確かで不鮮明な力であるエーテルによって創られる。


 蒼い十の斬撃と鋭い一突きが空気を割き、漂うエーテルも魔力も割き歌織かおりへと迫る。


 歌織かおりの放つ【十鬼·前鬼ツェーンオーガル·プリモオーガ】は十種の鬼の中から一種類を選んで放つ業の一つ。前鬼は一番目の業で赤い閃光の様な一突きを放つ。威力は強大、一度当たれば骨は確実に砕ける。


 周囲のエーテルが形を創り、その一突きの刃は赤き鬼の顔に化け、輝夜かぐやへと迫る。


「はぁぁあああ!!!」


「せやぁぁあああ!!!」


 二人の剣は激しく衝突しけたたましい音と光を演習場に轟かせ、突風を巻き起こし客席にまで届く。


「っう、風強すぎッ!激しすぎよ!!」


「うぉぉ……っあやべ、【宿眼オクルス】の式飛ぶ」


氷継ひつぎ、雰囲気が台無しだよ」


 立ち込めた煙が徐々に晴れ、現状が露になっていく。会場には皹が入り所々欠けている。空気中のエーテルと魔力が不安定になり、装置も機能が停止した。その光景に客席は次第にざわつき出す。

 煙が完全に消える。そこに立つのは歌織かおり。その表情は虚ろで眼は閉じられている。輝夜かぐやは地面にうつぶせの状態で倒れ、此方も眼は閉じられている、両者共にエーテル、魔力の枯渇による気絶。


「両者の気絶を確認。不戦勝とします!!」


 近寄り二人の安否の確認をした郷花が告げる。


優奈ゆうだい、早く医務室に運ぶぞ」


「オッケー」


 二階の客席から飛び出し、二人の元へ駆け寄った。


 


 


 

 

 




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