群青マイルド&ビター

姫乃 只紫

『×月×日』

せいちゃんって指なっがいのなー」

 その言葉とともに、こちらへ向けて軽く突き出された同級生の掌に、ああこれは手を合わせたいのかと、お互いのそれを比べ合いっこしたいのかと、やや遅れて了解した俺は、俺より大柄であるにもかかわらず、自分の手とそう変わらないその大きさに、なるほど確かに俺の指は長いのだなぁとぼんやり思う一方で、自分より厚い掌の感触に、じっとりとしたその温もりに、日によく焼けた肌色と幽かな日向ひなたの匂いに──。

 夏の音が遠くなった。

 鼓動が早鐘を打って、まるで大きな心臓だけの生き物になったみたいだった。遠足のとき、幼心に美人だと思った六年生の理恵おねえさんと手を繋いだときには感じられなかった胸の高鳴りだった。


 それでも、これは違うのだと。


 この鼓動は、上級生にだって引けを取らないくらいドッジボールの強かった彼に対する憧れ──その延長でしかないのだと。何なら俺には妹がいるし、女と触れ合うことには慣れているから、理恵おねえさんに対してだったのはそのせいだろうと。誠志郎せいしろうなどという祖父ちゃん発の雄々しい名前をつけられた俺が、まさかそんなことはあり得ないと。そう、言い聞かせて。

「指短っ──」

 図体のわりに。

 乾いた声で、そう呟くほかなかった俺の額を彼が小突く。べーっと出された舌がやけに強いピンク色をしていて、俺はつい目を背けた。


 何だか──見てはいけないものを見た気持ちになったからだ。

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