研究旅行

第18話 相棒




「君の席はこっちだろ!」

「いや、僕窓側がいいから交換しようぜ!」

「…もしかして君さ、酔い体質?」

「…」


 頷いたらその瞬間ミナがイヤそうな顔をしてしまう…でも嘘をついたら窓側に座る理由がなくなる…。酔い止めを忘れてしまうなんて、ホント馬鹿だ。

 記憶がフラッシュバックする。


『窓側…お願いしてもいいかな?酔い止め忘れちゃった…』

『え?もしかして赤羽って酔い体質?えぇ…ヤなんだけど…こっちにゲロ掛けないでくんない?てか吐かないで、クサいしめんどいから』

『うわ~。赤羽吐くなよ?』

『クサくなりそ~』

『だれか席替わってくんな~い?』

『そんなんみんな嫌だろ〜!』


 まだ吐いてもないのに、そんなことを言われたら泣く。

 いや、泣かなかったけど。


 中学生の頃の記憶だ。微妙にいじめられていたせいで結構ひどい扱いを受けていたのだ。


 まぁ…そんなことをミナが言う訳ない。分かってる…でも、名前も忘れたアイツみたいな反応をされてしまうかもしれない…。

 変に怖がってたら、口の中に変な味のタブレットが押し込まれる。顔を上げると、ミナが呆れたように薄ら笑いを浮かべていた。


「はぁ…もしかして酔い体質だと嫌がられるとでも思ってる?」

「なにこれ…」

「酔い止めだよ。飲み込んで」


 ミナは僕を窓側の席に押し込んで、隣に座った。


「カイったら君可愛いな~。なんだよ、小っちゃいこと気にしやがって〜うりうり〜!」


 いきなり肩を組まれたかと思うと、続いて頭を小突かれる意外と頭突きが痛い。


「お喋りでもしてようぜ。昨日の間にネタいっぱい考えてきたからさ…。

 そうだな…うん。ちょっと今のもう一回言わせて。最後の言葉思いついたから」


 僕の相棒は…。


「お喋りでもしてようぜ。昨日の間にネタいっぱい考えてきたんだ、相棒」


 すっごく優しい。





「あっ、ミナてめぇ…。いや、まった…」

「お?まったがこれで4回目か。オセロも弱いねぇ…。まったの皇子様って呼んであげるよ。はい、一手前の局面がわからない君のために一手戻してやったぜ?」

「くっ…余計なこと言うな…。ミナが強すぎるんだよ…」


 前の2人はキャッキャ遊んでいる。接点もなさそうな2人だけれど…どうしてかしら。

 少し酔ってきて本を閉じた。

 酔い止め飲んでも少し気持ち悪い…か、仕方ない。少し寝よう…。


 酔い止めの『もう酔わない!酔わな~いX!』の売り文句に苛立って、腹いせに隣の男を軽く睨んだ。

 が、一切表情に変化はない。そもそも睨まれていることに気付いているのか…。


「…」


 突然、ニヤつきだした。ちょっとホラー。

 隣の竹川君が開いているのは、刀の図鑑。少し覗いてみると、子供が見るような図鑑じゃなかった。

 まるで刀についての検定の参考書かと思うほど文字がぎっしり詰め込まれている。

 兼光、金家…チラッと見えた人名ですらわからない。刀工の名前かしら…?


「…三条宗近…会いに行く…」


 誰!?宿敵!?

 パタリ、と竹川君が本を閉じ、立ち上がった。

 トイレ…かしら。三条宗近…。

 気になった言葉は調べないと気が済まない…スマホを持ってくるのは許されていないから調べられるものはその図鑑のみ。


 竹川君がすでに車両に居ないことを確認して、図鑑を持ち上げる。かなり重い。

 三条宗近…索引で調べてすぐそのページを開く。

 日本刀最初期の刀工…へぇ…面白いわね…。


「何見てるんだ」

「っ!…」


 見上げると…竹川君がもう、戻ってきていた。

 どうやって言い訳を…いや、ここは謝るべきかしら…。


「興味があるのか?」

「…」


 空気に押し流されて頷く。と、竹川君は嬉しそうに口角を上げた。


「じゃあ教えてやる。見ろ、宗近の刀は小切先でそりが高いんだ」


 …もしかして、私同族認定されてしまったのかしら…。

 そのまま京都までずっと、訳の分からない言葉を聞かされ続ける羽目となってしまった。

 でも…寝ているよりはずっと楽しかったことだけ、それだけは認めよう。





「…で、せ~の!」


 ミナの合図で叫ぶ。


「「な~らだ~!」」


 バスで橿原神宮前駅に移動、そして蝉の声が煩くて熱いこの駅。やってきたぞ…。とうとう来た…。

  

「ね、自転車のレンタル応募したし取りに行こうよ!あそこだよ!」

「ミナはしゃぎすぎだよ!落ち着こうよ!」

「…貴方たち二人ともがはしゃいでるように見えるのだけれど」

「はしゃぐのが格好悪いと思ってるなら、お前がダサいぞ」

「あら心外ね、格好悪いなんてこれっぽっちも」


 なんか二人…喧嘩してそうだけど大丈夫かな?


「レンタルサイクルを応募した班は取りにこ~い」

「うぃ~すっ!」


 ちなみに…班長は僕。じゃんけんで負けたからだ。

 レンタサイクル屋の前で声を張り上げるバカ教師の前に走る。


「B組4班です!」

「よろしい、4人居るな。午後4時にここに集合だからな!おくれるなよ!」

「了解っす!」


 冷えタオルを首に巻いて、帽子を被る。


「ねぇみんな、奈良では何もすることないよね?全員京都が研究対象だったと思うんだけど」

「あぁ僕はそうだよ」

「私も無いわ」

「同じく、俺も無い」

「オッケー!じゃあ観光ルート考えてきたから行こうか!レッツゴー!」

「「オー!」」


 うん、やっぱり反応してくれるのはミナだけだよn…?

 今二人の声が聞こえたんだけど…。振り返る…と、腕は上げないにしろ、竹川も和泉さんも笑っていた。


「竹川…?パイセン?」

「ん?どうした?」

「パイセン、そう言うノリっすか?いけちゃう系ポーピーっすか?」

「…お前のキャラが不安だが…。楽しめるところでは楽しむできだろ」

「なにそれは私への当てつけかしら?」

「さぁ?心当たりでも?」


 この二人…犬猿の仲のようで違うからな~。仲いいんだか悪いんだか。ま、和泉さんがよく喋ってくれるのはいいことか。


「さ、他の班に出遅れたけど行くよ。時間は有限!やることは無限だ!」


 どこかのアニメで聞いたことのある台詞をそのまま引用して、ペダルを踏み込んだ。



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