2-4 答え合わせ

 古着屋を何軒か巡り、気になったものは何着か試着もした。普段は試着もせずにすっと選んで買ってしまうため、こういう当たり前の買い物が何だか不思議な感じだ。

 最終的には歌恋に選んでもらい、トレーナーやジーンズ、キャップなどを購入した。歌恋曰く「イケイケです!」とのこと。帽子なんてライブグッズですら買ったことがなかったため、武蔵にとっては新鮮だった。ちなみに、珍しく服を買うと親に言ったら一万円をくれた。ひっそりと、余ったお金はCD代に充てようと企んでいる。


「あ、すみません的井さん。ちょっとお手洗いに」


 服を買ったしそろそろ昼ご飯に、と思っていると歌恋が遠慮がちにトイレを指差して言った。武蔵は頷きながら「じゃ、ここで待ってるから」と言い、軽くお辞儀をしてから去っていく歌恋を見つめる。


(さて、いつ打ち明けようか……)


 一人になり、武蔵は眉間にしわを寄せる。

 正直、ハードルは少しだけ低くなった。歌恋はもしかしたら、オタクやイベンターに理解がある人なのかも知れない。証拠になるのがシュシュだけだから、決め付けるのはまだ早いかも知れないが。でも、武蔵の心が軽くなっているのは確かなことだ。


「的井さん、お待たせしました」

「おう……ぅおっ」


 ――もしかしたら自分は、心の中でフラグを立ててしまったのかも知れない。

 トイレから出てきた歌恋を見る目が、思わず細くなる。


 歌恋はハンカチで手を拭きながら、駆け足で武蔵に近付く。多分、待たせちゃいけないと思って慌てて来てくれたのだろう。

 武蔵が気になったのは、別に「急がなくても良いのに」ということではない。歌恋が手に持っているハンカチだ。薄紫色で、月の模様のハンカチ――見覚えがある、というか、武蔵の家にもまったく同じものがある。


 あれは決して相間伊月のグッズではない。相間伊月とはまた別の、声優アーティストのグッズだ。村崎むらさき輝夜かぐやという女性声優で、声優アーティストの頂点を走る歌姫と言われている。武蔵も何度かライブに行っていて、あのハンカチも持っているという訳だ。


「……的井さん、眠気がやばいですか?」

「ああいや、何でもないんだ。そろそろ飯行くか」


 歌恋に訊ねられると、武蔵は咄嗟に誤魔化してしまった。思わず顔が引きつるが、歌恋は「確かにお腹が空きましたねー」と、特には気にしていない様子だ。


(これはもう確定だろ……? そうだよな、育田さん?)


 動揺のどの字もない歌恋の横顔を見つめながら、武蔵は動揺を露わに心の中で問いかける。もちろん歌恋は返事をする訳もなく、のほほんとした表情をしていた。

 しかし、昼ご飯を食べに向かう間にも、証拠が集まってきてしまう。


 アニメショップを横目でチラチラ見たり、マナーモードし忘れた携帯電話の着うたがアニソンアーティストのインスト曲だったり……。


「ああっ、マナーモードにし忘れてました!」


 と焦った様子ではあったが、流れた着うたを気にする様子はなかった。インスト曲だから気付かないだろう思っているのかも知れない。が、武蔵はそのインスト曲が入っているアルバムを持っている。聴き覚えがありすぎるのだ。


(な、何なんだいったい……。俺は試されているのか……っ?)


 いくら何でもイベンターらしき証拠が集まりすぎている。

 これはおかしい。もしかして試されているのではないか、という思考が武蔵を襲う。そういえば、前のデートの時に「この後ライブに行く」と明かしてしまった。詳細は言っていないが、もし歌恋があの日名古屋でやっているライブを調べてしまったら……。


 確かあの日のアリーナ級のライブは男性アイドルグループだったはずだ。まさか武蔵が男性アイドルのライブに行くとは思えないだろう。となるとあとはホールやらライブハウスになるが……流石に誰のライブがやっていたのかは武蔵にはわからない。有名なバンドのライブがあれば勘違いをしてくれるかも知れないが、あの日の主要なライブの一つにASAnASAがある、という事実は変わらない訳で……。


(育田さんがムーンちゃんや輝夜さんのファンだと仮定して……。もしかして育田さんのこの行動は、俺がASAnASAのライブに行ったのか、確認したいってことか?)


 武蔵がアニメオタクだったりイベンターだったりするのか。

 それを確認するための行動だと考えると、何となく納得できる。でも、歌恋がこちらの反応を窺う素振りはまったくないのだ。単にポーカーフェイスなだけかも知れないが、歌恋は割と武蔵に似て、動揺する時は動揺するタイプだと思う。

 だから、つまり。


 ――本当にどういうことなのだろうか。


 武蔵の頭が中に疑問符が浮かびまくって、止まらない。


「的井さん、本当に大丈夫なんですか? 実は体調が悪かったりしませんか?」


 すると、歌恋に新鮮な眼差しで訊ねられてしまった。

 透き通った翡翠色の瞳が、「今度こそ誤魔化しは効きませんよ」と言わんばかりに武蔵の姿を映し出す。

 流石に様子がおかしすぎて、歌恋を心配な気持ちにさせてしまったようだ。

 武蔵は思う。もうこれ以上長引かせる訳にはいかないな、と。


「あー、悪い育田さん」


 携帯電話を開きながら、武蔵は眉間にしわを寄せてみせる。


「今から行こうと思ってた店、今日定休日だった。ちゃんと調べておくべきだったな、本当に悪い!」


 小さく頭を下げ、歌恋の様子を窺う。

 これは嘘だ。本当は予定を変更したいだけで、定休日ではない。元々の予定では、昼ご飯を食べたあとにまた商店街をぶらついて、それからアニメショップに行ってすべてを打ち明けるつもりだった。


 でも、もう、駄目だ。

 察しているのに黙り続けているなど、武蔵にはできない。だからもう、強行突破に出るのだ。


「ああ、そうなんですね。でも着く前に気が付いて良かったじゃないですか! だからそんな顔してないでくださいよ、ね?」


 どうやら歌恋は、武蔵が「デートの計画が崩れて落ち込んでしまっている」と思っているようだ。純粋な歌恋の性格は本当にありがたい。と思うと同時に、真剣な眼差しで励ましてくれる歌恋にときめく――ではなく、申し訳ないな、と思ってしまった。


「いや、大丈夫だ。他にも気になっていた店はあるから、ついて来てくれ」

「……はい! ついて行きます、的井さん!」


 優しさに溢れた笑顔で、元気良く頷く歌恋。

 武蔵はなんとなく、乾いた笑みを返してしまう。


(ここから先は、こんな笑顔を見られないかも知れないな……)


と思いつつ、武蔵は徐々に鼓動が速くなっていくのを感じるのであった。



「…………」


 辿り着いた先は、カフェだった。

 カフェと言っても、もちろんただのカフェではない。現在放送中のアニメとコラボしている、所謂コラボカフェというやつだ。

 店先には思い切り、アニメとコラボしたフードやドリンクのメニュー表や、キャラクターの等身大ポップが並んでいる。


「……………………ふぇっ」


 歌恋は、長い沈黙のあとによくわからない擬音を漏らす。そして、恐る恐るといった様子で武蔵の姿を見た。と思ったら、すぐに俯いてしまう。


「あ、あああ、あ、あの、その……ええと……」


 みるみるうちに歌恋の顔色が悪くなっていくのが、わかってしまった。武蔵を見て、俯いて、見て、俯いて……の繰り返し。

 正直、想像以上の動揺っぷりだった。

 このままでは可哀想だと思ってしまうくらい、歌恋は軽くパニックになってしまっている。ああ、やっぱりか、と武蔵は思った。

 歌恋も武蔵と同じだったのだ。相手にどう思われるかわからないから、オタクであることやイベンターであることを明かせなかった。悩んでいるのは自分だけじゃなくて、歌恋もそうだったのだ。戸惑いまくる歌恋を見て、武蔵はすべてを察する。

 その言葉は、思った以上にすんなりとでてきた。


「今まで黙っていて悪かった。俺、実はアニメオタクなんだ。……で、ついでにイベンターでもある」


 と言いながら、武蔵はポケットから音楽プレイヤーを取り出す。

 歌恋に見せると、徐々に翡翠色の瞳が大きくなっていった。

 きっと、見知ったアーティストや曲名がずらりと並んでいたのだろう。相間伊月や村崎輝夜が好きなら、多分アーティストの趣味も合うはずだ。

 歌恋は口をぽかんと開きながら、ゆっくりと視線を武蔵に移していく。


「あ、あ、あの!」


 事実を理解して、歌恋も少しは冷静になった――と思ったら、そんなことはなく。焦りを隠せないままの口調で、歌恋は言い放つ。


「実は! わたっ、私も……っ」


 ここまで来て武蔵の反応の怖いのか、歌恋はぎゅっと瞳を瞑ってしまっていた。心なしか、声も震えて聞こえる。

 だからこそ、武蔵は笑い飛ばしてみせた。


「いやいや、わかってるって。そのムーンちゃんのシュシュとか、輝夜さんのハンカチとか、着信音とか……全部わかっちまった」

「……へぇっ?」

「ちなみに俺、先週のムーンちゃんのライブに参加したんだけど。多分育田さんもいたよな? 何か、見かけたような気がして」

「……うえぇ?」

「あと、デートのあとのライブだが……ASAnASAのライブだったんだ。知ってたりするか?」

「ひぃっ。……し、知ってます……。ムーンちゃんのライブも、一人で行ってました。う、ううう……」


 歌恋の表情が徐々に疲弊していく。

 一つ一つの武蔵の発言が、歌恋にとっては衝撃なのだろう。このまま倒れ込みそうな勢いで、思わず心配になってしまう。


「とりあえず入るか。このアニメ、知ってるか?」

「……は、はいぃ、知ってます……。むしろ、あの……。コラボカフェに一人で入る勇気がなかったので、嬉しかったり、します……」

「そうか、それは良かった」


 聞きたいことは山程ある。

 でもとりあえずはカフェの中に入ってゆっくりするべきだ。そう思った武蔵は、早口で返事をして店内へ入っていくのであった。

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