第51話 神器争奪戦

 神器の封印を解けるのは王家の血を引くもののみ。

 それを聞いたリルはバツが悪そうに、足元の安樹にささやいた。


「おいアンジュ、どこかに入り口とかないのか?」

「なさそうですね。さすが神器というだけあって、全体が鋼の一枚板で隙間なく覆われています。蟻の入る隙間もなさそうですよ」

「けど、うっかり鍵を閉め忘れた扉とかあるかもしれないだろ」

「無茶言わないでください! シャンバラの国宝なんですよ! やっぱり、王家の血を引くものじゃなきゃ封印を解くなんて無理ですよ!」

「そこを何とかするのが男ってモンじゃないか! 仮にも私の夫なら、気合で何とかしろ!」

「気合でって……そんな無茶ばっかり言わないで下さいよぉ!」

 

 悲鳴をあげる安樹の耳元にリルはそっと唇をよせた。

 

「いいから頑張れ、上手くいったら後でたっぷりご褒美をくれてやるぞ」

「……ご褒美って、なんです?」

「そうだな。一晩だけ、私がなんでもオマエの言う事を聞くっていうので、どうだ?」


 四つんばいでリルの踏み台になっていた安樹の目がキラリと光った。


「その言葉に二言はありませんね」


 そう言われて、リルは一瞬怖気づいたように目を逸らした。


「あ、でも、あんまり痛いのとかはダメだぞ。優しくしてくれるなら、なんでもオッケーだ」

「よっっしゃあああああ」


 安樹は鼻をフンと膨らませると、今まで見せたこともないような素早い動きで神器の上を這い回った。

 神器の屋根は硬い金属でできていて、とてもじゃないが壊して入ることなどはできそうにもない。

 ただ屋根の裏側に、取っ手のついた丸い扉らしきものがついていた。


「ここから中に入れそうですよ!」


 安樹は取っ手を掴んで引っ張る。

 だが、封印された扉はびくともしない。

 今度は手ごろなくぼみに手を差し込むと、思いっきり力任せに引っ張った。

 何かが指に刺さって、チクっという痛みが走る。


「なんのこれしき! 気合い、気合い、気合いだぁあああ!」

「バカな、力で封印が解けるなら苦労せんわ」


 それを見たイセ侍従長が、呆れたようにつぶやく。


「シズカ女王陛下、こんなアホどもは無視して、はやく封印を」


 ところが、それまで一心不乱に祝詞を唱えていたシズカ女王の動きがはたと止まった。


「神器の封印が……解ける?」


 安樹が手を入れたくぼみから、金色の光があふれ出していた。

 その光はどんどん強くなって神器全体を包み込む。

 どこからか、抑揚のない女性の声が響いた。


「遺伝子こーど解析終了。登録ぱたーんトノ一致率、99・999%。どあろっくヲ解除シマス」


 プシューという空気の抜ける音とともに、丸い金属扉がゆっくりと開く。


「ようし、よくやったぞ、さすがは我が夫だ」


 リルが安樹の首根っこにしがみつく。

 安樹は鼻息を荒くして答えた。


「うっす、男は気合いッス」

「気合いだと……そんなバカな!」


 イセ侍従長の口から驚きの声が漏れる。シズカ女王もシギも、呆然と封印の解けた神器をみつめていた。

 再び、神器から声がした。


「操縦者ハ席ニツイテ、生体認証ヲ登録シテクダサイ。以降ノ操縦ハおーとぷろぐらむニテ、操縦者ノ指示ニシタガイマス」


「またなんか喋りましたよ」

「どうやら中に入れと言うことらしいな」

「本当に、私たちが入っても大丈夫なんでしょうか?」


 二人の様子に、我に返ったシズカ女王が叫んだ。


「いけません! 封印が解けた神器は赤子同然です! 御者の座に着いた人間の言うがままに働く下僕となってしまいます!」


 ひとたび封印が解けてしまえば、中に入って操るのは王家の血を引くものでなくても良いというわけだ。

 それを聞いて、イセとシギも檄を飛ばした。

  

「あのバカものどもを神器の中に入れてはいかん! 皆のもの、シャンバラのため、女王陛下のため、ここが踏ん張りどころだぞ! なんとしても神器を死守するのだ!」

「ようし、目指す神器の封印は解かれた! なんとしても神器をこの手にいれるのだ! 誰でも良い、一番に神器に入ったものには、国だ! 国をやるぞ!」


 シャンバラ兵と黒装束の両陣営が、指揮官の激を受けてイッキに神器めがけて押し寄せた。

 みな武器を捨てて、我先に神器の上によじ登ろうとする。

 リルと安樹は、やってくる兵士たちを必死で上から蹴り落した。

 血なまぐさい戦場が一転して、さながら村祭りの棒倒しのような様相を呈し始めていた。


「じっちゃん、イズナさん、早くこっちへ」

 安樹が、田常とイズナを呼び寄せる。

 二人は人垣にもみくちゃにされながら、神器の上に這い上がろうとした。


「そうはさせるか!」


 田常の足を、イセ侍従長が掴む。

 それを見た田常はニヤリと笑った。


「悪いが、そいつは偽者はずれじゃ」


 田常が止め具を外すと、腿から義足が抜け落ちる。

 イセは木製の足を掴んだまま勢いあまって人垣へ落ちていった。片足をなくした田常は、イズナに手を引かれて転がるように神器の上にたどり着く。

 イズナが叫んだ。


「リルディル様、安樹様、私が神器の中に入ります。田常様をお願いします」


 すると今度はシギが、黒装束の手下たちを踏み台にして雑技団の軽業師のように神器の上に跳躍してきた。


「メス狼に盾作り、おまえらはよくやってくれた。だが、もうここまで十分だ。出すぎた真似をすると、長生きせぬぞ」

「フン、偉そうな口を利くじゃないか、オマエ私に勝てるつもりなのか? 戦場では私の陰に隠れてコソコソと悪巧みをするだけだったオマエが」

「ほざけぇ!」


 シギの背後から数人の黒装束が跳び乗ってくる。

 その手には、短い鉄砲が握られていた。


「もう構わん。鉄砲を使え! この邪魔モノどもをなぎ払え!」

「チィッ!」

「姫様、危ない!」


 ――その時だった。

 神器が、ガクンという大きな音を立てて動きだした。

 鉄製の長い砲身が台座ごとゆっくり旋回をはじめる。神器に乗っていたリルたちやシギたちは、バランスを崩してみな神器の上から転げ落ちた。

 どこからか、先ほどの女性の声がした。


「操縦者ノ登録ヲ完了。操縦者名、イズナ」


「おお、イズナがやってくれたようじゃな」


 リルがしたり顔で叫んだ。


「よくやったぞ、イズナ。よし、これで神器は私たちのもの。『シャンバラ地獄変、見渡す限りの焼け野原作戦』大成功だ!」

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