第6話 エタンセルマン


ギルバート兄様とエバン兄様の依頼の髪飾りを作っていた時……ふと、お父様に何も作らないのも悪いかと思い……考えた結果、お父様、ギルバート兄様、エバン兄様にはロベール侯爵家の家紋のモチーフのブローチをプレゼントすることにいたしました。これならばどこかで使える場面があるはずですわ。

 お母様とエミリアお姉様に言われたように他の物も暇を見てはせっせと作成していたら……なぜか7日ほどで王都で流行を作っているはずのお母様とエミリアお姉様がまた小屋へやってきたではありませんか。

 王都から領地まで2日ほどで往き来できるとはいえ強行軍ではないでしょうか。


 「だって、いい知らせを早く伝えたかったんですもの」

 「知らせ……ですか?」

 「ええ、そうよ」

 「驚きなさい!イレーナ!あなたのお店がひと月後にオープンしますのよ!」


 どうやら、茶会や夜会でかなり宣伝して来たとのこと。さらには周りの方々にひと月後にお店がオープンすると触れ回ったそうです。


 「え、お店ですか。しかもひと月後だなんて……」

 「ええ、そうです。かなりの人数が興味を示していましたから流行はすぐそこまで来ていますわっ」

 「イレーナ、ウィルソンもそのように動いてくださっています。あなたは自信を持ちなさい。素晴らしい出来なのよ。何も心配せず、アクセサリーを作ってくださいな」

 「え、ええ……わかりましたわ」


 わかりましたとも……数日前からインゴットが小屋へ大量に運び込まれた理由が。

 お父様のご厚意かと思っていましたが、どうやら別の目的があったようですね。王都へたってすぐに運び込まれていたのですから、おふたりの中では決定事項だったのでしょう。

 お父様が動き、すでに手はずが整っているとは……思いもよらぬ知らせに手に持っていた作りかけのアクセサリーがぐにゃっと……はぁ、はじめからやり直しですわね。


 「そうそう、イレーナ。アクセサリーは全てシリーズにしてくださいな」

 「お母様……シリーズ、ですか?」

 「ええ、そうよ。シリーズであると揃えたくなるでしょう?」

 「そうね……お母様。その方が話題になるし、新しいもの好きの貴族たちの興味を引くと思いますわ」

 「ええ、わかりましたわ。今のところお母様の百合、エミリアお姉様の薔薇、わたくしの蔦、セレスティ様のラナンキュラス、リーリアのプルメリア。それ以外に使用人たちにあげたチューリップ、ガーベラ、新たに作ったひまわり、スズラン、ダリア、フリージアですわ」

 「そうね、とりあえずチューリップ、ガーベラは作らなくていいわ。後々、安価にできたら庶民向けとして作りましょう?」

 「お母様、わたくしもそれがいいと思います。万が一、使用人がつけているところを他の貴族に見られれば盗んだと勘違いして大騒ぎするもの。それに貴族の中には使用人と同じものなど考えられないって人もいるもの……」

 「そうですか……わかりました。では、それ以外をシリーズにするのですね」

 「ええ……髪飾り、イヤリング、ネックレス、ブレスレット、ブローチ……思いつく限りシリーズにしてちょうだい。もちろん、わたくしたちの分もよろしくね」

 「そうだわっ。流行させるためには宣伝しなければいけませんもの……いつも同じものでは飽きられてしまいますわ」

 

 エミリアお姉様のひと言により薔薇の髪飾りでも複数のシリーズを作ることに決まってしまいました。

 つまり……普段使いできる髪飾り、お茶会などのちょっと凝った髪飾り、夜会など豪華な髪飾りというように。


 ……わたくしにそんなセンスがあるかどうかは別として。時間が足りるでしょうか……


 幸い、お母様の趣味で色々な花や珍しい花を庭園や温室に植えてありますのでモチーフやシリーズに困ることはないでしょう。

 ただ、どれほどの数を作ればいいのか全く見当がつきませんので、そこが心配です。


 「あとは……」

 

 まだまだ、アイデアを出そうとするおふたりには申し訳ありませんが


 「お母様、エミリアお姉様……1度にそんなにたくさん作れませんわ。そのアイデアはおふたりで温めておいてもらえませんか?まずは先ほどのシリーズを作りますので」

 「恐れながら……奥様、エミリア様、お嬢様が体調を崩されては本末転倒では……」

 「そう? デボラが言うなら仕方ないわね」

 「わかったわ。また今度決めましょう」


 ありがとう、デボラ……お母様とエミリアお姉様の暴走を止めてくれて……きっとお父様でも止められなかったと思いますわ。そうやってお父様は店舗の準備や従業員の選定などを受け持つことになったのでしょう。


 お母様とお姉様は嵐のように去っていきました……わたくしの作ったアクセサリーに身を包んで……また宣伝するそうです。


 その後、ロベール家が後見の店となり……これでよっぽどのことがなければ他の貴族でも簡単に手出しできないそうです。王族となると話は別らしいですけれど……

 エタンセルマンのデザイナーについては謎のベールに包まれているという設定にされ、店の経営や接客は信用できる者に任せることとなりました。

 この辺りは全てお父様にお任せしています。

 わたくしには到底できませんもの……販売価格すらどうしたらいいかわかりません。


 こうして精霊石を砕く作業を1日ひと瓶に減らし、アクセサリー作りに集中する日々がはじまりました。


 こねこね……こねこね……バキッ、ポロポロ。ふぅ……こねこね……こねこね……


 大体、こんな感じですかね。


 ちなみに、セレスティ様やリーリアはプレゼントされたアクセサリーに大変喜んでくださったそうで、セレスティ様からは丁寧なお礼状と綺麗な小物入れいただきました。壊さないように大切に飾ってあります。

 リーリアは美味しいお菓子とともにわざわざ訪ねてきてくれました。 

 その際、エバン兄様に贈られた髪飾りをつけたリーリアにエバン兄様とのあれこれを根掘り葉掘り聞いたことは仕方ないと思うんですの……だってわたくしのお兄様とわたくしの親友のことですもの。


 まさか、エバン兄様があんなにリーリアに執着してるとは夢にも思いませんでしたわ……少しエバン兄様の評価が低くなったのも無理ありませんね。

 でも、リーリアも広い心で受け止めているようなので安心いたしました……だって話を聞く限り、エバン兄様……リーリアに断られたら何をするかわからないんですもの。


 お話に夢中になっていたら、いつの間にかリーリアの後ろにいたエバン兄様。怖すぎますわ……王都で騎士をなさってるのではないのですか?

  え、休暇? リーリアをひとりで外出させられないだろう? 誰かに見初められたらどうするんだっ……だそうです。

 ……もう少し評価を下げた方がいいかもしれません。


 リーリアとのお茶会でリフレッシュできたわたくしはまたアクセサリー作りに以前より集中できるようになりました。やはり、リフレッシュは大切ですね。


 結局、一心不乱に作り続けお店のオープンまでに……

〈百合〉〈薔薇〉〈蔦〉〈ラナンキュラス〉〈プルメリア〉〈ひまわり〉〈スズラン〉〈ダリア〉〈フリージア〉〈クローバー〉


 計10個のシリーズとなり、それぞれ髪飾り、イヤリング、ネックレス、ブレスレット、アンクレット、指輪、ブローチをエミリアお姉様のご要望である複数ラインを作り上げました。


 もちろんお母様、お姉様、セレスティ様、リーリア、わたくしの分は別としてですわ……どれほど忙しい日々を過ごしたのかご理解いただけたら幸いですわ。


 あとは〈カーネーションシリーズ〉や〈クチナシシリーズ〉、〈かすみ草シリーズ〉などを考えています。

 しかし、〈かすみ草シリーズ〉は細かくて大変なので数量限定品もしくは完全オーダーメイドとすることにいたしました。


 男性向けに〈オリーブシリーズ〉、〈葉っぱ(葉脈が浮き出たデザイン)シリーズ〉、〈剣と盾〉、〈家の紋章〉などの1部をオーダーメイドで作ることまで決まっています。


 色は3色のまま、明るめのシルバーホワイト、中間色のシルバー、黒っぽいシルバーです。


 細々と今後のラインナップ予定の見本を作ったり、カラー違いのものを作ったり……アクセサリーのことを考えず無心で出来る精霊石を砕く作業がどれほどリフレッシュできたか。


 ひと月後ーー

ひたすら作品を作り続けたわたくしは満身創痍の中、『エタンセルマン』オープンの日を迎えたのです。


 これほど【健康】スキルに感謝した日々はありません……このスキルがなかったら早々に倒れていた自信がございますもの……

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