世界樹との遭遇

 夕刻になると、この惑星でも空は赤く染まった。この赤い空はどうして頑なな心をも寂しくさせるのだろう?

 もう二度と会えない人、もう二度と見られない風景。そんなものばかりを想ってしまう。

 それはリスくんと半田部長も同じようで、皿を洗い終わってから三人そろってぼぉっと空を見ている。


「そう言えば部長、プライベートスペースと仕事スペースを分けて確保したいと言っていましたよね?」

 私は部長に聞く。

「そうですね。どの道、暗くなる前に寝る場所は何とかしないといけませんよね」

「俺ちょっと野宿とか興味あるんすけどね」

 部長の言葉に、リスくんがそう言った。


 少し湿っぽい風が吹く。冷たい訳ではなく、どちらかと言うと涼しいと感じる。

 薄めの長袖を一枚だけで丁度いい気温。

 遠くの景色にふんわりと霞がかかったように見える。

 何となく、五月ごろの雰囲気だ。


 どんな寝床にしようかと三人で会議をしていた時、夕暮れの空はそのままに頭上から影に包まれた。辺り一面を暗くするほどの大きな影だ。

 恐る恐る見上げて驚いた。

 それは木だった。拠り所のない空を漂う巨木。四方に根を伸ばし、枝葉を茂らす巨木は私達の頭上に留まっている。

そこから誰かが降りて来る。足場のない空中を、優雅に降りて来る。

規則性のないくせ毛は巨木の幹と同じ色をしていて、腰あたりまで伸びている。それがしだれ梅のように華やかに風に揺れて、酷く美しい。


「やぁ、初めまして」

 目の前まで降りて来たその人にそう声を掛けられて、やっと自分より一回りは若そうだと分かった。それだけだった。下手したら大人びても見えるし、性別も分からない。

「初めまして。地球から来ました、人間です」

 この惑星に来てから言葉が通じたのが初めてだったので、どんな風に挨拶をしたらいいのか分からなくてそんな風に言った。するとその人は頷いてから考え込む。

「そういう風に言うのなら、僕はベアーズから来た世界樹だね」

「世界樹?」

 私は思わず聞き返す。

「そうだよ。ところで、ここどこ?」

 そう言って首を傾げる世界樹さん。

「どこって……神様に聞かなかったの?」

「聞かなかったも何も、会ってないからね。君たちは神様に会ったの?」

 どうやら神様は、世界樹さんに何も説明をしていないらしい。


 話を聞いてみると、世界樹というのはあらゆる事象を知り知識を溜め込む生命体だという事だった。言葉が通じているのも、そういう事が理由らしい。

「そういう訳で、一番ごそごそと動き回っていた君たちに会いに来たんだ。で、ここは何処なの?」

 私たちは宇宙規模の災害についてや、神様から聞いた話を説明する。


「なるほどね。それだけ分かれば情報を集められるよ。ありがとう」

 どうやら彼、で合っているらしい世界樹が微笑む。

 それから私たちの頭上で、根がくねくねと蠢いた。私は気にせずに聞く。

「いいのよ。でも、それってどのくらいの事が知れるの?」

「物の性質や成分みたいな事から、どこにどんな物があるかっていう全体的な事まで色々だよ。こうして話しているように、その人の主要言語なんかも分かるよ」

「すごいじゃない! これなら何とか生きられそう!」

 私が思わず叫ぶと、彼が「でも」と言った。

「まるで初めての世界だからね。魔力なんてのも知らないし、僕のいた世界には魔法もないんだ。だからこの世界の何もかもを知るには時間がかかるだろうね」

「それでも助かるよ。なんと言っても話が通じるんだから」

 そう言ってはしゃぐと、部長が一歩前に出る。


「私たちもこのような状況ですので給料はお支払いできませんが、これから私どもと行動を共にしませんか? お力をお貸しいただきたいのです。いかがでしょうか?」

「え? いいよ。このままじゃ僕も困るし」

 さらっと返ってきた答えに、部長が幸せそうな笑みをこぼす。そんな部長の頭の周りに花が咲く。比喩ではない。

 赤い花や黄色い花がいくつも咲き、ふわふわと浮いているのだ。

「部長……花が」

「ん? あぁ、これは綺麗ですね」

「そうですね……どうしたんですか?」

「ちょっと懐にソーダ玉を入れていまして。出ちゃったんですね」

 それを聞いて、ソーダ玉だけではダメだと強く思う。だからと言ってどうしたらいいのかは思いつかないけれど。

 それを見ていた世界樹の彼が言う。

「それなら、まずは均衡を図ろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る