第12話(R18) 先輩、ごめんなさい--

僕の名前は、「新田 優一」。


エンジニアとして、都内で働いている。

毎日毎日、1時間近く満員電車に揺られて--それだけでクタクタになりながら出社し、業務に従事している。

エンジニアというのは、聞き慣れない人にはなんの事はわかりにくいと思うけど、僕は主にプログラミングをメインとしている。

お客様のやりたいニーズがまず、要件定義という、いわば何をしたいか検討するフェーズに入り、そこからシステムの設計が開始される。

僕は、その後の、製造というフェーズをよく経験している。仕様書と呼ばれる、プログラムのゴールやマストとなるルールが記載されている資料だ。この通りに、プログラムを組んでいく。

それぞれのフェーズに役割分担があり、管理責任者が決まっている。でも、それは現場によってマチマチで、独自の進め方やルールがあったりする。

現在、僕は25歳。新卒でこの業界に入り、3年目になる。今の会社では2年目、その前に精神的な理由から、一度、会社を変えている。


「--それではお先に失礼します。お疲れ様でした」

「新田さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です、水上くん」


帰り支度をして、立ち上がると僕は言う。

実は、あれから後輩も何人か出来て、この水上くんという新人の子が、同じ現場に部下としてアサインしている。


「あの、自分もこれから帰るので、その--よろしければ、一緒に夜ご飯でも」


水上くんは言う。僕より少し背は高いけど、つぶらな瞳の可愛い系男子だ。

嬉しいことに、僕をずいぶん慕ってくれている。素直でいい子だ。人懐っこく、ついつい可愛がりたくなるタイプだった。

もしかすると、少し僕に気があるのかもしれない。僕を見つめる眼差しに、そのような熱がこもっている感じがする。

昔はわからなかったけど、最近はなんとなくそういったことがわかるようになった。


「ごめんね、水上くん--今日はもう予定があるんだ」


微笑んで、僕は言う。


「ええー!」


水上くんが、不満げに口にする。


「新田さん、いつもそれじゃないですか! この前もそう、いつになったら、ご一緒させてくださるんですか」

「ごめんね、水上くん。そのうち、ちゃんと埋め合わせはするから」

「そのセリフも、もう聞き飽きましたよー」

「まあまあ、それじゃあね」


嘆く水上くんに、歩き出した僕は、少し振り返って手を振った。

ごめんね、水上くん。

悪いけど、その埋め合わせも実は、当分まだ出来そうもないんだ。

会社を出ると、僕は再び電車に乗って、帰路に着く。帰りも、朝ほどではないけど、車内は結構混んでいる。たまにしか座れないので、やはり体力を消耗する。

少し時間をズラせば、楽になるかもしれないけど、僕はそれをしない。加えて、寄り道なども、いっさいしない。

その理由は簡単--早く、家に帰りたいからだ。


「ただいま--」


借りているマンションの扉を開けて、僕は言う。


「おう、おかえり」


部屋は、玄関を入ると廊下になっていて、左右に脱衣場とトイレに続く扉がある。正面がリビングになっていて、開け放たれた扉の先から、僕にその返事が届いてくる。

それこそが、僕の早く家に帰りたい理由だった。

実を言うと、僕は結婚している。

いや、それはまだ一般的には結婚と同等には認められていないみたいで、色々と課題があったり、これから法が整備されようとしているもので、正確にはパートナーシップ制度と呼ばれている。

それは戸籍上、同性同士の結婚だ。

僕は、それをしている。


「メシ、出来てるぞ。それとも先に風呂にするか?」


僕がリビングに入ると、左手のカウンターキッチンの向こうから、換気扇を回してタバコを吸う男が、僕にそう尋ねてくる。


男の名前は、「西森 譲」。


僕より三つ歳上で、一年ほど前からここに一緒に住んでいる。

元上司であり、そして僕の結婚相手だ。

それと最近気づいたのだけど、偶然にも、僕とイニシャルが一緒だ。

どうでも良い事かもしれないけど、それが僕には、とても嬉しい共通点でもある。


「ご飯にします。冷めないうちに食べたいしね」


西森さんに、僕は言う。


「おう」


言うと、吸いかけのタバコを名残惜しげも無くすぐに消して、西森さんは自分で作った料理を、リビングのテーブルに運びはじめる。

その隙に、僕は奥の寝室にスーツのジャケットを掛けに行き、それに消臭スプレーをして、ネクタイを外して戻ってくる。


「今日は魚が安かったから、焼き魚だ」

「へぇ、これはなんて魚?」

「カマスだ。前にも教えただろう」

「あははは--そうだね。うーん、でもやっぱり覚えられそうにないや」


悪びれもなく言って、僕はテーブルに座る。

そこには焼き魚だけではなく、そぼろの乗った豆腐とおひたしの小鉢があって、味噌汁もある。メインが魚の日は、西森さんは赤味噌を好んで使う。

一緒に住むまで知らなかったけど、西森さんは料理がとても上手い。子供の頃からよく手伝っているうちに、勝手に身についたのだという。

僕も、時々、頑張ってはいるのだけど、おそらく、こればかりは一生敵わない気がしている。

僕と西森さんは、向かい合うように座ると、いただきますをして夕ご飯を食べはじめる。


「--西森先輩の料理は、相変わらず美味しいなぁ」


料理を口にして、思わず僕は言う。


「新田、"それ"」


西森さんは、箸で僕の方を指す。

気がついて、僕はハッとする。


「すみません--」


言いながら、僕は笑ってごまかす。


「もう、オレはお前の先輩じゃないんだ。だから気を使う必要はないし、立てる必要もない」


そう、西森さんの言った通りなのだ。

あれからも、僕は以前の会社に務め続けているが、西森さんは東京に戻ると同時に起業していた。

仕事は、まだ、そこまで軌道に乗っていないけど、時々大きな仕事が入ると、1ヶ月で僕の給与の数ヶ月ぶんの利益を出したりする。

西森さんは、ITコンサルをしていて、稀にそこから一貫してシステム開発を受注したりしている。

僕も仕事をしているけど、忙しいときや、協力者が足りない時は、自分から進んで手伝っている。

いっさい、辛くはない。

僕は西森さんを応援しているし、尊敬している。

やはり、多くの面で、まだまだ敵わない。

だから、ついつい、いまだに西森さんを先輩と呼んでしまうことがある。


「ご馳走様でした。今日も美味しかったです」


手を合わせて、僕が言う。

時間に自由の効く西森さんが、有難いことに、ほぼ毎日ご飯を用意してくれている。

我ながら、自慢のお嫁さんだと思っている。

このことは、本人に伝えるときっと怒ると思うので、まだ伝えられていない。

それから、僕がシャワーを終えると、西森さんは皿洗いを済ませて、リビングのソファでビジネス書を読んでいる。

アラサーになり、視力が低下したためか、読書のときは、きまって、黒縁のメガネを掛けている。

その様子が、まるで絵画みたいに、すごくさまになっていて、つい見とれてしまう。

そうしているうちに、僕は、我慢が出来なくなる。


「西森さぁん」


甘えるように言って、僕は背後から西森さんに抱きつく。


「なんだ」


僕には目もくれず、西森さんは答える。


「なにって、決まっているじゃないですか」


耳元で、僕は囁くように言う。


「--昨日もしたじゃないか。いや、一昨日も、その前も--ここ最近、疲れが溜まっているのはそのせいだな」

「そういう時期なんですよ。今年も、もう、ほら、四月に入っているんですよ」

「ったく、お前は発情期の猫かなにかか!」

「、、、それで、いいですよ--」


言って、僕は西森さんの頬を両手で挟んで、くいっとこちらに向ける。

そしてキスをする。

西森さんが少し抵抗するのを、力で抑え込む。西森さんが、"ノ"ってくるように、僕は徐々にそれをエスカレートさせる。


「--新田ぁ」


西森さんが怒る素振りを見せると、立ち上がり、僕を軽々と抱き上げる。そのまま、僕は寝室に連れていかれ、ベッドの上に乱暴に放り投げ捨てられる。


「おい、悪い子にはお仕置が必要だよなぁ」


西森さんがそう言うのを、僕は満面の笑みで聞いている。


「はぁ、とんだドスケベ野郎になっちまったなぁ」

「--スケベな奥さんは、お嫌いで?」

「まさか」


言うと、西森さんが覆いかぶさってくる。


「奥さんの望みを叶えるのが、夫の務めだ。お望み通り、とことんセックスしてやるよ」


そして宣言どおり、セックスが始まる。

お互いに裸になり、ドロドロになるほどディープキスをし、僕は身体中を愛撫される。ひとしきりやられた後で、僕のターンになる。その頃には、僕はすっかりおかしくなっている。

西森さんのそれを、入念に口で舐め上げる。無我夢中になっている。気がつくと、僕の唾液がベッドのシーツに垂れ落ちて染みを作っている。

時おり、西森さんが呻く。僕たちは同じ器官を持っている。どうすればより感じるか、身をもって知っている。この点だけは、唯一、僕は女性よりも優れている。

西森さんが、体制を変える。僕が上になってまたがるかたちになる。お互いの頭が、反対方向を向いている。

依然、僕はフェラチオを続けるが、西森さんが挿入のための準備を開始したため、行為に支障が生じてきている。


「--ん、ん」


どこか物足りないもどかしさに、僕は思わず声を漏らす。出し入れされる指の本数が増えていくと、やがて僕は今度は仰向けになることを促される。

両足を持ち上げられ、ゆっくりと、西森さんが入ってくる。


「はあ--はあ--」


僕は喘ぐ。もう恥ずかしさはどこにもない。

ただただ今は、その行為だけに没頭する。


「よっぽどだぜ、お前--あの木下なんかより、ずっと」

「西森さん」


その言葉を聞き、僕は不満げに文句を言う。


「僕は、今、西森さんに夢中です。だから、西森さんも、今は、僕のことだけを考えてください。そうじゃないと、嫌です--」

「--ああ、そうだな」


動きながら、西森さんが言う。

時々、体位を変えながら、だんだんとボルテージが上がってゆく。腰の感覚が麻痺していき、やがて、その時が近づくと、僕は自分でペニスをしごきながらゴールへ向かう。

近づいてくる絶頂に、頭が朦朧として、呼吸すら苦しくなる。

快感と気持ちが連動しているのを感じる。気持ちよくて、苦しくて、好きで、好きで、もう、どうすることもできない。

頭が真っ白になると、その時がやってくる。


「、、、西森さん--」

「新田--」


僕たちは名前を呼び合うと、直後に、お互い射精する。僕のそれはあたりに飛び散って、西森さんのそれは僕の中でびくびくしながら放たれてゆく。


「はぁ、はぁ--」


僕と同じく、疲れきったように、西森さんが肩で息をしている。


「新田--愛してる」

「僕も、、、愛しています。西森さん--」


僕は言う。言い終わると、ポロポロと涙が溢れてくる。

いつも思ってしまうことがあるからだ。

僕達のこの関係は、いったい、いつまで続くのだろう。あと10年もすれば、僕たちはそれなりの歳になっている。

そうなった時、僕達は今ほどの愛をまだ維持できているのだろうか。

激しく求め合うようなセックスを、出来ているだろうか。

それだけが、心の底から怖い。

僕達は、子供を作ることが出来ない。人生の喜びは、僕には西森さんと共に過ごすこと以外に見出すことが出来ない。

だから、僕達の幸せは、きっと今がピークなんだ。


「、、、ぐすっ、、、えぐっ--」


そのことを考えると、僕は涙が止まらなくなる。


「どうした、新田--最近、し終わった後は、いつもそうだな」


西森さんが心配そうに声をかける。


「--すみません、、、その、僕、西森さんのことが、あまりにも好きすぎて--」


泣きながら、僕は僕の想いを伝える。

僕は、西森さんのことを愛しすぎている。いつか、この気持ちを無くすことになる日が来るくらいなら、僕はその前に死んでしまいたいと強く願う。

それが10年後なのか、3年後なのか、1年後なのか、1ヶ月後なのか、はたまた明日なのか--


「新田--」


言うと、西森さんが、僕を優しく抱きしめてくれる。

はち切れそうなくらい、西森さんの愛を感じる。

今、僕は、この上ない幸せの中にいる。


--神様


僕は思い、そして決して叶うことのないお願いをする。


どうか、この幸せが、いつまでも続きますように--


--


--それは、とある日のことだった。

その日は珍しく、西森さんの仕事が長引き、帰りが遅くなるとのことで、僕が夕飯の担当をすることになった。

これは本当に稀な出来事で、一緒に生活することになってからも、まだ数えられるほどしか経験していない。

なので、僕はここぞとばかりに気合いを入れようと、仕事の帰りに、少し良いスーパーに寄り道をして、献立を考えることにした。

あまり上手ではないけど、僕の手料理で、西森さんの喜ぶ顔が見たい。

今、僕にはその思いしかない。

買い物を終え、僕は、つい歩きながら、スマートフォンで、レシピを見つつ、材料に漏れがないかを確認する。

記載された材料と記憶を反復してゆく。

過ぎてゆく日々が幸せすぎて、気を抜いていたんだと思う。

そこが普段、見慣れない道ということもあった。

ボーッとしていて、僕は、注意が足りていなかった。


「--き、君!」


誰かが、必死の声で、僕を呼び止めようとする。

そこで、ようやく、僕は我に返る。

もの凄い勢いで、クラクションの音が迫ってきている。

次の瞬間、僕の体に鈍い振動が走る。

一瞬、目の前の歩行者信号が赤であるのが見えた気がする。

誰かの悲鳴があがる。

気がつくと、僕は、肉体の感覚がなくなり、世界を真横の向きで認識している。

その世界が、だんだんと赤色に染まってゆく。


「--誰か、救急車を!」


遠ざかる意識の中で、僕はその叫びにも似た声を聞いている。


--まいったなあ


後悔して、僕は思う。

このままここで、僕が死んでしまうことにではなかった。

きっと西森さんのことだ。また、自分を責めてしまうことだろう。この上なく、深く傷つき、そして絶望することになるだろう。

自分の命よりも、そちらの方が、僕にはよほど心配だった。


--西森さん


もう、僕の意識は消える。


傷つけることになって、ごめんなさい--

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る