お題「船室」「消しゴム」「歌う」

 なぜこんなところにこんな男が。


 ケプラー62fを目指す調査宇宙船。画期的な技術により時速千五百万キロを叩き出し、一二〇〇光年を十年で結ぶ最新鋭の調査船に、画家。


 今日も私は苛つきながら、クリーム色一色の船内に切られた彼の部屋の扉を開ける。


「薄紅ィ色〜の〜」


 ノスタルジックな歌。決して調子外れではない。メロディをサイバーリンクで検索したところ、一世紀以上前の流行歌らしい。


 若干毒気を抜かれつつ、しかめっ面を維持して叱責する。


「船内の掃除くらい定時にしてくれないかしら」

「ああ、すまない。今日は筆が乗ってしまって」


 彼は悪びれず立ち上がる。

 鉛筆を置いた拍子に、彼の指先が消しゴムに触れる。


「おっと……すまない」


 消しゴムはゆっくりと直線的に飛び、私の頬を掠めて船室の壁にぶつかった。

 振り向いたその先に貼られていたのは、破ったスケッチブックの絵。

 色鉛筆で精密に描かれた、緑と淡いピンク。


「これは……植物?」

「ああ、僕たちが出発する前日に、絶滅危惧種になった花さ」


 絵に描いた花を前に、私は張り詰めた心がゆっくりと緩んでいくのを感じる。

 同時に、この調査船に彼が乗っている理由を理解した。

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