第36話 天使達と城見学

 なんてことだ。気がつけばもう八月の中旬に突入してしまった。


 俺みたいにダラダラ生活している人間に限って、時の流れってやつは本当に容赦無く急かし立ててくる。結局、宿題もちょっとずつしか進んでないんだけど。


 まあ、それは今回は置いておいて、いよいよ伝統文化研究部の活動第二弾、城レポートの日がやってきた。今回はボーダーTシャツにGパンを履いて現地に向かっているのだが、とにかく暑い。下手をすれば熱中症になりかねない暑さの中、電車に揺られて二時間ほどしたところに目的地はあった。


 普段登校する時は遅刻ギリギリがデフォルトなのに、休みになると俺が一番到着が早い。自分でも不思議だ。また駅前の改札で、待ち合わせ時間二十分前にスタンバイしている。


「いやー、秋次。お前は本当にやる気に満ち溢れているな」


「別にそんなことないけど。っていうか、お前もな」


 五分ほどしてから麗音がやってきた。七部丈ニットにスキニーという出立はちょっと落ち着きを感じるが、行動は正反対に子供っぽいから似合ってない。そして待ち合わせ時間五分前、やってきた学園の天使に俺は目を奪われてしまった。


「お待たせー。今日もあっついね!」


 白いワンピースに麦わら帽子という定番スタイル。だが、海原春華が身に纏えばここまで眩しく映ってしまうのか。初っ端から胸の奥がうずくような感覚に襲われた。本当に天使が降臨したようにしか見えない。間違いなく俺の人生一美しい光景を眺めている自信がある。


「お、おう」


「海原、今日は俄然夏っぽい服装ではないか。これは撮影が捗る」


「おい。撮るのは城だぞ。目的を間違えるなよ」


「さて! 全員揃ったし現地に向かうとしようか!」


「ちょっと待ちなさいってば!」


 また一人を置き去りにして出発しようとした麗音を誰かの一喝が引き止める。まあ、もう誰かは考えなくてもわかるのだが、俺としてはかなり厄介な存在だし、麗音にとってもきっとそうなのだろう。真栄城夏希が改札を出て仁王立ちしている。ベージュ色のオフショルブラウスにジーンズという大人っぽいスタイルだ。


「一度ならず二度までもあたしの存在を忘れやがったわね。これは減点だわ。ねえ海原さん、そう思わない?」


「え!? う、うん。そうかもしれないね。あはは」


「当たり障りのない反応ね。まあいいわ! さあアキ、エスコートなさい」


「え? 俺が。まあいいか。じゃあ行こう」


 このまま夏希が吠えてるだけで時間を浪費するわけにもいかないので、とにかく俺達は歩き出した。駅前から城までは大体歩いて十分くらいはかかる。ちょっとした山道ではあるのだが、道が整理されているので特に大変でもない。


「ねーねー秋次君。お城に行くのって初めて?」


 ちょっと遠慮がちではあったが、隣を歩いている春華がにこやかに話しかけてくる。溢れでる清涼感。白いワンピースを着た天使が隣にいるだけで、心臓の鼓動音がどんどん上がってきた。何だかいつもより言葉が出てこない。


「……あ、ああ。地元民って意外と行かないからな。お前は来たことあるのか?」


「ううん! 私も初めてなの。だからすっごい楽しみ! それにこの後プールもあるもんね」


「あらあら海原さん。どちらかというと、プールがメインなのではなくて? あたしはそうだけどね」


 突然悪魔の横槍が入る。麗音は気がつけば俺たちを抜かして、一眼レフカメラで遠目に見える城をパシャパシャ撮り始める。子供みたいに無邪気な顔してるな。


「えへへ。どっちかっていうとそうかも。でも秋次君はお城のほうが楽しみなのかな? 日本刀も飾ってあるみたいだし」


「まあ、こっちの取材が目的だからな。って、日本刀があるのかよ! ちょっとビックリだな」


「またまた、アキったら、本当はあたしの水着姿が見たいのでしょう? 正直に言いなさい」


 自身たっぷりな夏希と、ちょっと驚いて固まる春華。


「いや、別にそういうわけじゃねえよ。お前は完全に俺をスケベな奴と勘違いしてやがるな」


「あら、違ったの? あたし今日の為に最高の水着を用意してきたのに」


 ピクッと、耳が勝手に反応してしまう。マジかよ。そんなこと言われちゃったら気になって仕方なくなる。正直にいうと完全に城とか文化とか歴史とかが頭からすっぽ抜けて、文字どおり悪魔のささやきに身を委ねたくなってしまう意志の弱い俺。


「もう! 秋次君ってば。なんか顔がデレデレしてるよ」


「い、いや! 俺は別にデレデレなんてしてないぞ。うん、多分」


「もー! 嘘ばっかり。すっごい鼻の下が伸びちゃってるんだから」


 なぜか天使が怒ってしまった反面、悪魔は少し上機嫌になっているようだ。だが考えてみれば当然だが、学園の天使もきっと凄い水着を持ってきてるんだろうと思った途端、今度は脳内が天使の水着でいっぱいになってしまう。


「秋次! 何をボサッとしているのだ。もう取材は始まっているのだぞ」


 麗音の言葉で妄想の世界から解放された俺は、たどり着いた城での撮影やメモ取りを始めることになる。城の外観は勿論、城内も丁寧に調べていく。床や畳、飾られている品々を見ていくうちに、義務感よりも好奇心のほうが勝ってきて、気がつけばあらゆる展示物や部屋をせっせと調べ回っている自分がいた。


 城の撮影を終えると、今度は当時の人々が通っていた学校や茶店、記念館などを見て回った。なんだか本当にその当時にタイムスリップしたかのような新鮮な感動を覚える。それは麗音や春華、夏希も同じだったようで、時には時間も忘れて楽しんでいた。


「あ! ねえ見てみて。顔出し看板があるよ。秋次君、一緒に撮ってみない?」


 撮影できるものは一通り撮影が終わった後、春華が見つけたのは武将の顔が二つ並んだ顔出し看板。まあ、こういうのって定番だよな。


「え。俺と春華がかよ。い、いいのか?」


「うん! 天沢君と撮りたいの」


「でもなー。俺実は、こういうの撮ってもらったことないんだよな……」


「え!? そうなんだ! じゃあ初体験だねっ。緊張しなくても大丈夫だよ」


 急に目を輝かせてくる春華に困惑していると、今度はスッと何かが側にきた気配を感じる。麗音はまだ写真撮影に没頭しているようだし、もう奴しかない。


「ちょっと待ちなさい。アキ、まずはあたしと撮りなさいよ」


 突然割って入ったのは悪魔だった。困惑したような顔になる天使を尻目に、ぐいぐい俺のボーダーTシャツを引っ張ってくる。


「ちょ、ちょっと待てよ。強引だなお前は」


「ひどーい。私が先に誘ったのに」


 珍しく天使が悪魔にちょっとだけ怒っている様子だった。それでも彼女はむすっとしながらも、俺から借りたスマホで写真をパシャリと撮ってくれた。


「うふふ! 天沢君の初めてをもらったわ」


「嫌な表現だな。人が聞いたら誤解するだろ」


「じゃあ次は私だよ。真栄城さん撮って!」


 今度は俺と春華のツーショットだが、意外と顔穴の位置が近いので、なんだか緊張してしまう。


「はーい。じゃあ撮るわよー。三、二、一」


 パシャ! とシャッターが押されてから、ラインに画像が送られるまで春華はそわそわしっぱなしだった。本当に子供みたいなので笑ってしまう。


「あはは! 秋次君、すっごい変な顔になってるっ」


「うわぁ。なんだよこれは。ま、まあいいや! じゃあ次行こうぜ、次」


 俺達は城周辺の取材を進め、やがて十分な写真が撮れるとその場を後にした。


 学園の天使と悪魔は、少しずつテンションが上がっていることが傍目からでも解る。理由は説明するまでもない。次はリア充御用達のプール施設に向かうことになっているからだ。正直、俺は嫌な予感しかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る