第24話 天使との夏休み初日

 真栄城夏希と帰りの電車でラインまで交換されてしまった俺は、何だかモヤモヤした気分のまま夏休み初日を迎えた。一体何を考えているのか理解し難い言動。油断ならないにも程がある。


 そして早朝からスマホが振動している。俺はまだ布団の上だというのに、いったい誰かと手探りで掴み取った。どうやら今度はチャットらしい。


『天沢くーん。グッモーニン! ねえ、真栄城さんと一緒に帰ってたって聞いたけど本当?』


 チャットの送り主は悪魔ではなく、学園の天使だった。天使も悪魔に負けず劣らず耳が早いというか、一体誰から聞いたんだか。


『本当だ。全く意味が解らないが、自分でうちの部活動をチェックしてやるとか言い出した。思考回路が謎だらけだ』


 流石は学園の悪魔と言われるだけあって、突拍子もない行動に出る癖でもあるのだろうかと、チャットをしつつ考える。


『ふーん。ところで天沢君は、今日はどんなご予定なの?』


『今日は何もない。強いていえば夏休みの宿題かな。今年からはちゃんと早めに終わらせようと思ってさ』


『エライ! 今年の天沢君は一味も二味も違うかもね! お菓子の味に例えたら、サラミ味からとんかつソース味に変わったみたい』


『滅茶苦茶こってりしてんな。俺はもうちょっとさっぱり系だぞ』


『じゃあチーズ味か、てりやきハンバーガー味だねっ』


『やっぱりこってりしてるじゃねえか!』


『www ねえ、お暇だったらちょっとだけ午後遊ばない? 今日の部活お昼過ぎに終わることになったんだけど、私予定空いてるんだよね』


 うーん。暇だから誰かを誘うのは解るが、なぜ俺なのか。そもそも海原は友人が多いのだから、いくらでも相手はいると思われるのだが、みんな急に誘うと難しいってことか。最近は俺も目立ってしまっているから、外で海原と一緒のところを誰かに見られると、そろそろ本格的に煩わしいことが始まる気がする。


『ダメ? 宿題も教えてあげるよ。全部終わってるから』


『早えな! まだ一日しか経ってないだろ』


 しかし、ちょっとばかり誘惑に負けそうになっている自分がいる。海原から教えてもらえば宿題なんてお茶の子さいさいだろう。でも、また二人でか?


『なあ、何して遊ぶんだ?』


 俺が送信してから一分とかからずに、彼女からスタンプが送信されてくる。アニメキャラが野球のボールを投げているスタンプだ。


『これは……まさか』


 野球か! ってことは他にも何人かいるんだろう。しかし、もしリア充グループで遊ぶってことだったら、俺はかなり浮いてしまう恐れがある。でも、アイツらではなく他の連中かもしれないし、次のチャットを送る指先が迷っていると、


『OK?』


 短切に答えを求めてくる海原に、俺は絵文字でOKマークだけを送る。まあいいか、たまには。本当に九人もいるわけじゃないだろうし。一日くらいなら宿題消化の為に我慢しよう。


『やった! じゃあ、天沢君の家近くにある、大きなグラウンドにしようよ!』


 うん? 俺の家近くのグラウンド? 脳裏に微かな疑問が湧いてくる。確かに俺の家近くには球技をする為のグラウンドがあるのだが、みんなでこんな所まで来るんだろうか。考えていても仕方ない俺は、とにかく約束の時間にグラウンドに向かってみた。




「お待たせー! 天沢君、待った?」


「い、いや。全然待ってねえけど。お前、一人?」


 俺は完全に呆気にとられて立ち尽くしていた。ひまわりみたいに爽やかな笑顔でやってきた学園の天使は、なんと他に誰も連れてきていなかった。部活帰りだったが今日は制服姿だ。


「うん! キャッチボールは二人でもできるでしょ」


「え!? あのスタンプは、キャッチボールってことだったのか」


 思わず口を開いたまま固まってしまう。まあ、解釈として間違っているとは厳密にはいえないが、普通みんなで野球をすると思ってしまうところだろう。不思議そうな顔になった海原は、それでも構わずにグローブを取り出して、俺に手渡してくる。


「そうだよ。みんなで野球するって思ってたの? ごめんね、ちょっとガッカリさせちゃった?」


「い、いや。別に問題はないけどさ」


 なんと言うか、俺は遊び程度だが、球技は一通りやってはいる。だからキャッチボールにも困ることはない。でも女子とキャッチボールという経験はない。それも学園きっての美少女であれば尚更だ。


「えへへ。一度でいいからキャッチボールしてみたかったの。じゃあ天沢君からお願い!」


 海原は今でこそマネージャーだが、小学校中学校は野球部として活躍していたらしい。ということは、普通の女子よりはずっとやりやすい相手だと言える。しかしながら拭い切れない苦手意識を抱きつつ、下がりながら軽くボールを放ってみた。


 海原は山なりにゆっくり飛んできたボールを普通にキャッチし、すぐに投げ返してくる。まだ俺のグローブに届くようだ。俺はもう少し下がっては投げ、キャッチしては投げてを繰り返していった。やがて十分な距離まで開いてきたとき、海原が急にワクワクしたキラキラ瞳に変わっていくので、ちょっと嫌な予感がしていると、


「いい感じいい感じ。ちょっとずつ速くするね! えい!」


「おお。わか……てゅあ!?」


 間抜けな声が出てしまったのはこの際仕方ない。だって俺の想像の三倍以上早い直球が飛んできたからだ。辛うじてキャッチしたが、危うくボールを落としてしまうところだった。


「ちょ、ホントに速くね!?」


 なんだかんだ負けず嫌いな俺は、わりかし強めに投げ返してみたが、動体視力も良い海原は難なくキャッチする。


「あはは! まだまだ速くできるよ。はいっ」


「うおわあああ!?」


 次は甲子園に出るピッチャーかってくらいの豪速球がきて、グローブに当たったけどキャッチできずにはじけた。平静さを装いつつ歩いて遠くに行ったボールを取りに行く俺。うん、これは女子の球じゃないわ。見かけによらずマジで剛腕ピッチャーだ。


「なかなかやるな。だが海原、これならどうだ! とうっ」


 俺は思いっきり上空に玉を放り投げてみた。こういうのってキャッチするの意外と難しいはず。海原はまるで流れ星を見つけたみたいに興奮してボールを追う。


「わ! すごーい! 天沢君肩強いね!」


 すぐに着地点あたりにたどり着いた海原は、ワクワクした顔はそのままにボールが落下するのを待っていたが、


「この辺りだね! カンタンカンタン……きゃっ!?」


「あ、おい!?」


 彼女はちょっと後退している時に、また何もないところで足を滑らせ、思い切り転んでしまったようだ。グローブの中に収まるはずだったボールは地面にバウンドし、何度も小さく跳ねるが彼女には当たっていない。


 ちょっとほっとしたが、スカートの中がチラリと見えるというラッキースケベが炸裂しなかったのは、少々残念ではある。って何を考えてるんだ俺は!


「イタタタ。あはは! またやっちゃった」


 右手で頭をさすりつつ、女の子座りになった海原はニッコリと笑う。なんだろう、この破壊力は。可愛さの計点越えを見た気がした。


「お、おう。気をつけないと駄目だぞ」


「うん! じゃあ続きしよ」


 その後俺達は時間を忘れてキャッチボールを続けた。女子とキャッチボールをするというのも、なかなか楽しいということを初めて知ったわけだが、海原とだったから楽しかったのかもしれないと、今は思っている。夕方まで投げ続けてようやく満足した彼女と、ぐったりと疲れた俺はグラウンドから住宅街に向けて歩き出した。


「楽しかったー! 遊んでくれてありがと!」


「マジで疲れた……。お前の速球は捕れねえよ。飛んでくるたびに寿命が縮んだぞ」


「でも、しっかりキャッチボールになってたよ。流石は天沢君だね! じゃあ次は勉強会だよ」」


「ああ、悪いな。駅前の図書館とかでいいか? けっこう歩くんだけど」


「え? そこまで行かなくて良くない?」


「へ? 他にどこがあるんだ? ファミレスとか、ハンガーショップとかか?」


「ううん。……あそこ」


「え……いや、そこは」


 彼女の指差した先を見て、思わず言葉を失う。だってそこは、俺の家のマンションだったからだ。

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