第21話 悪魔は二度呼びつける

 俺はめられた。そうとしか言いようがない。しかし反省はしている。いきなりお前は何を言い出すんだと不審がられるかもしれないが、あの時を思い出せば反省するしかないのだ。


 一学期の終業式前日。ふといつも通りに数学の授業を眠気まなこで必死に聞いていた時のことだ。俺は何とか眠気を覚まそうと頑張っていたものの、とうとう限界を迎えようとしていた。だが、せっかく成績が上がってきたというのに、自分からこの勢いをダメにしたくはない。


 俺は眠気を覚まそうと、机の下でこっそりとスマホをいじり、この睡眠欲を吹き飛ばしてくる何かを探した。ネットの世界には素晴らしい画像がいくらでも転がっている。何かないかとしばらく検索していたら、見つけた。


 俺がいつも筋トレの仮想ライバルとして競っている黒人マッチョである。どうやら海外ではコアなファンが多いらしく、あの陽気な笑顔とゴリゴリの筋肉をこれでもかと見せつけている画像だらけのサイトがあった。しかしこれは無断転載だろうか。知らないサイトだ。


 彼の動画を見つけて以来、負けられるかと筋トレを続けているが、はちきれんばかりの上腕二頭筋を見る限り差は開く一方だ。何とかしなくてはと考えていると、妙なリンクを見つける。


『この画像を見ている人は、こちらもチェックしています』と書いてあった。


 そうかそうか。俺と同じく彼をライバル視する連中が見ているというなら、差をつけられるわけにはいかないとばかりにタップをする。すると、全く筋トレとか筋肉とか関係のない、ストレートに表現すればエロ画像が出てきてしまったのだ。女子高生の下着で溢れかえっている、何とも言えない淫らな世界。


 すると背後に気配を感じた。


「天沢ー! 貴様、授業中に何を見ておるか!」


「あ、いや。先生これは違うんです。俺はただ」


「ただもへったくれもあるか! そんな卑猥なものを授業中に見おって!」


 中年の男性数学教師の怒号が響き、俺は正直かなり焦ってしまった。筋トレのサイトを眺めていたはずが、いつの間にか制服女子のエッチな画像サイトに飛ばされてしまったというわけだ。クラス連中の冷ややかな視線と言ったらなかった。こういう時ってドラマとかだと滅茶苦茶に茶化されるものなんだけど、俺に至ってはそんなことにもならず、ただ恥ずかしいだけだった。




「天沢……お前本当に何したんだよ」


 昼休みに入り、また俺の机前に高スペックイケメンがやって来てため息まじりに問いかけてくる。


「もう知ってるだろ。一時間目にエロ画像を見てしまい、先生に怒られちまった」


「そっちじゃねえよ! まあ、そっちもわりと広まってくるけどな」


 え、嘘だろ。勘弁してくれよ本当に。洒落にならんって。


「生徒会室に来いだってよ。あの生徒会長がお呼びだ」


「げ……またか!」


 何でまた俺が呼ばれなくちゃいけないのか。っていうかこのまま無視をするという選択肢も考えたが、あの生徒会長真栄城夏希のことだ。ただでは済まさないだろう。


 俺はしぶしぶ一階にある生徒会室に向かうために、ダラダラと教室を出て廊下を歩き出した。そんな中、急にスマホが振動する。大体誰からの通知かっていうのは読めているんだが。


『天沢君。エッチなのはいけないと思いますっ!』


 どうなってんだ。何でクラスの違う海原春華にまで広まってるんだよ。そこまで騒ぐことでもないだろうに。しかも海原は、キャー! っていう女の子が叫んでるスタンプまで一緒に送ってくる。


『あれは違うんだ! エッチなやつだと気がつかずにタップしちまったんだ。本当だ』


『本当!? 神様に誓って本当なの? 嘘ついてない? 天沢君は普段からそういうの観たりしてないの?』


『クエスチョンが多すぎて答え難いわ! 普段も見てないし、神に誓って本当だ! しかもアレだぜ。これからまたあの生徒会長に会いに行くことになった。全くついてねえ』


 海原からの返信はなかった。まあ、彼女は昼休みにいろんな奴と交流しなくちゃいけないから、きっと忙しいのだろう。そして俺は一階にたどり着き、またしても重厚な茶色いドアをノックする。


「どうぞ」


 お、何だか軽い感じだな。妙な違和感を感じつつもドアを開けると、先日と同じく奥側のソファに腰をおろしている真栄城夏希がいた。女子アナみたいに足を斜めに揃えて書類に目を通している。


「失礼します……」


 まさか一時間目のエロ画像のことではないよな。ってか流石に真栄城は知らないか。もし知っていたとしても、あんなことで生徒会室に呼ばれるのなら、きっとみんなこの部屋に一度は足を運ぶことになるだろう。チラリと瞳だけをこちらに向けて、真栄城は小さく言った。


「何をしてるの、数学の授業でエッチな画像を見ていた天沢君。早く座りなさい」


「な、何で知ってんだよ!」


「うふふ! あたしは誰よりも耳が早いのよ。さあ、お座りなさい」


 甘かった、流石は情報収集のプロ。俺は言われた通りにするしかなく、ぐったりとした感じで腰を下ろしたが、反対に真栄城は立ち上がり、陽光が差し込む窓にカーテンを引いた。ツカツカと背後を通り抜けると、ドア付近でガチャ、という音が聞こえる。


 ん? 一体何してんだこいつ。もしかしてカーテン閉めた後にドアの鍵までロックしたのか? さっきの音はきっと鍵を閉める音だろうし、こうなると生徒会室は先日よりも非現実的な空間に感じてしまう。


「あ、あのさ。何でカーテンとか、」


 言いかけて俺は絶句した。何故かは知らないが、真栄城は向かい側のソファに腰を下ろすのではなく、今俺が座っているソファ、つまり右隣に腰を下ろしたのだ。小さな、それでいて柔らかそうなお尻がソファに沈み込み、同時に甘い香りが鼻を刺激する。薔薇を思わせるような色気を感じずにはいられない、そんな香りだった。


「驚いた? こういう落ち着いた感じのほうが、あなたもお話ししやすいんじゃないかしら?」


「い、一体何を企んでる」


 まるでハリウッド映画で悪役に言うようなセリフを吐いちまった。こういうこと言ってる奴って大抵死ぬよな。


「うふふ。あたしはねー、どうしてもあなたを助手にしたいと考えているの。一目見て感じたわ、きっと生徒会で活躍できるって」


「それについては昨日断ったばかりだろ。何度も言うが、俺……は……」


 つい言葉が止まってしまう。想像の斜め上の事態が起こり始めていたからだ。


「何だか暑いわ。この部屋」


 真栄城はセーラー服のサイドにあるファスナー を上げ始めやがった。そう。さながら今日迷い込んだエロサイトにありそうな画像、いやそれ以上に刺激的で美しい柔肌が見え始め、急激に心臓が高鳴っていく。彼女の行動が理解できない。だって今、この部屋は微かに冷房が効いていて、ちっとも暑くない。


「ねえ、お願いだから話だけでも聞いてくれないかしら。あたしだって暇じゃないのよ。言うだけ言って、ダメならしっかりと手を引くわ。せめてどんな活動をしているかとか、説明だけでもさせてくれる?」


 急に声まで優しくなってきた。まるで女豹が子猫に変わったみたいに。俺は壊れそうになる心臓と活動を停止しようとしている脳味噌に喝を入れつつ、何とか冷静さを保とうとする。幸い真栄城はただファスナーを開いただけで、脱ぎ出すような真似はしなかった。


「わ、解った。じゃあ話だけでも聞こう」


 これが間違いだった。やっぱり真栄城夏希は悪魔。いや、小悪魔めいた生徒会長だったことに、この後気がつかされるのだった。

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