第7話 理由

「そうですね。まず私の父についてご説明しますね。」


そう言って、カバンから一つの短剣を取り出した。


「これは、スペリオルか?」


翔が質問をした。


「はい、父が私の為に作ってくれたものです。」


「少し、手にしても良いか?」

蓮が尋ねると、六華はどうぞと促した。


「なるほど、いい武器だ。非常に精巧に作られている。」


ひとしきり触れてみた後、蓮はそう感想を漏らした。


「ありがとうございます。そして、この短剣の異能伝導率ですが、MAX200%あります。」


「「なに!?」」


2人は驚愕した。スペリオルは武器であると同時に異能強化の触媒として用いられる。異能伝導率とは、異能がスペリオルを通って発動される際の強化率である。憎魔細胞の塊であるスペリオルが、異能を強化する際の伝導率は120%を越えれば非常に優秀と言える。


京火のスペリオルでさえ、150%が限界である。200%というのはあまりに規格外。スペリオルを介するだけで2倍もの威力が発揮されるのだ。この武器の価値は計り知れない。


「なるほど、君のお父さんが凄まじく優秀な人物というのは理解出来た。しかし、それほどの人物が有名になっていないのはどうも腑に落ちない。立花(たちばな)という苗字も聞き覚えがない。」


翔はそう感想を述べた。


「父は目立つ事を嫌っていました。自分の研究に支障が出ると言って。だから作成したスペリオルも、知人など一部の人にしか販売していませんでした。」


「富や名声などに興味がなかった訳か。」


「それもありますが、これが人間同士の争いの種になるのではと懸念もしていました。過ぎた力は身を滅ぼすと。奪われる危険を回避する為、私や母にも研究所の正確な場所を教えてくれませんでした。少しでも情報が漏れるのを回避する為。」


2人は納得した。たしかにこれほどの性能のスペリオルはそうそうお目にかかれない。大量生産できるものでもなし。力づくで奪おうとする者が出てきてもおかしくはない。


「そして、私がどうしても父の研究所を見つけたい理由についてですが、それは父の研究資料を広める事と、遺言の意味を確かめる事です。」


「君のお父さんは自分の研究が広がるのを嫌がっていたのではないか?それで良いのか?」

蓮は質問した。


「構いません。父から全てを引き継ぎ、どう使うかは自由にしなさい、と言われています。カルマやスペリオルがあるとはいえ、人類が劣勢であるのは変わりません。ならば使えるものは全て使ってしまった方が良いのです。それに広く父の研究が役立てば、この武器と同等のものが多く出回るでしょう。そうすれば、懸念している争いも少なくなるのではないでしょうか」


「失礼だが、両親は今どうしているのだ?」

今度は翔が質問する。


「父は5年前に私と母を庇い、憎魔の囮となって亡くなりました。母も2年前病気で…」


翔はそうか…と一言だけ放ち、口を閉じた


「両親が亡くなってから、私はずっと悩んでいました。父の研究資料は私の手には持て余す。そして何故最後にあんな言葉を遺したのか気がかりでした。」


「言葉とは?」


「憎魔の全てを知ってしまった。これが父が去り際に遺した言葉です。」


2人は思案した。憎魔の全てとは何なのか。普通であれば戯言として受け流しただろう。しかし、六華の父が世界最高峰の研究者であった事は理解できる。それは六華のスペリオルを見れば尚更だ。


それに、蓮は気づいていた。彼女の瞳に宿る憎悪を。親を殺した相手が憎くてたまらないのだ。ここで断れば彼女は一人でも行動に移しかねない危険を腹んでいる。それは自殺行為に等しい。さすがにここまで聞いて死なれては寝覚が悪いというのもある。


蓮は息をふうっと吐き出し、言葉を発する。

「分かった。君を雇おう。こちらとしても非常に興味深い話なのでな。」


我ながら、甘くなったなと思う蓮である。


「本当ですか?」

六華は嬉しいそうに身を乗り出した。


「ただし、最初に言ったように危険を伴う仕事だ。六華、君に仕事ができるのか見極めさせてもらう。いわば試用期間だな。」


「充分です。それといま報酬を思いついたのですが、父の研究資料の権利をお渡しするのは如何ですか?」


蓮は翔見た。考えている事は同じのようだ。

「それは君への形見だろう?年下の少女からそれを奪うほど俺たちは落ちちゃいないよ。」


しかし…と六華は言う。


「知り合いに腕の良い研究者がいてな。そいつに見せる許可さえくれれば良い。それと君の働きで今回の報酬とするさ。」


「本当にそれだけで良いのですか?…」


「構わないさ。それに言った通り、こちらも興味のある話もあるんでな。憎魔の全てとは何か?興味があるのさ。もしかしたら奴らがどこから来て何の為に生まれたのか、それらを知れるかもしれないんだ。」


「六華、早速だが明日から働いてもう。良いな?」


「はい!よろしくお願いします!」


「それと、今日は宿を取っているのか?」


「それは大丈夫です。」


「分かった。では今日はもう帰って良いぞ。」


「ありがとうございます!では明日の朝また来ます」


そういって外に出て行った。

その時彼女が小さく、「これで奴らをもっと殺せる...」と呟いたのを蓮は聞き逃さなかった。

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