第41話 クーデター勃発

 宮殿は周囲を城壁に囲われて市街地と隔てられていた。


 城壁と市街地の間には大きなスペースが設けられており、そこではバザー

ルが開設されて昼夜賑わっているが城壁の下は火災等の際の緩衝地帯の役割もあるらしく空き地のままとなっている。


 ヤースミーンを先頭にして、貴史たち一行は城壁の下を駆け抜ける。


「そろそろ王宮の裏門が見えてきたみたいです。この辺りで仕掛けましょう」



 ヤースミーンが宣言して火炎の魔法の呪文を詠唱し始める。


 その呪文は、様々な場面で聞いたため貴史にとってもおなじみになりつつあった。


「シマダタカシの旦那!巡回の衛兵がこっちに来やすぜ」


 ヤースミーンが詠唱を始めるのと同時に周辺を警戒していたリヒターがホルストを伴って駆け戻って来る。


「その向こうの角をまわったところまで来ていやす。剣を持った二人組です」


 周辺のバザールはまだ宵の口の時間なのに店じまいをする人々が目立つ。


 王宮内のきな臭いうわさがバザールの商人たちに伝わり、身の安全のために退避を始めているのだ。


「僕はここに残ってヤースミーンを守る。リヒターさんとホルストは衛兵の背後から襲撃してください」


 貴史が指示すると、リヒターは微笑を浮かべる。


「自らをおとりにして敵を引き寄せるなんざ憎い心遣いでやすね。ようがしょう、あっしとホルストで衛兵二人を仕留めて見せますよ」


 リヒターは自分の剣を叩いて見せ、ホルストはアルマジロのような鎧姿でポーズをとるが、貴史は慌てて二人に言う。


「待ってくれ。今は微妙な情勢だから出来れば衛兵の命を奪うのはやめてくれ。後ろから頭を殴り、人目に付かないところに縛って転がしておけばいい」


 貴史は、ガイアの王都の政変がどう転ぶかわからない状況なので、可能な限り人を殺すことは避けたいと思っていたのだ。


「ようがすよ。シマダタカシの旦那は相変わらずお優しいことで」


 リヒター達はバザールの雑踏に紛れてあっという間に姿を消した。


「本当は自分の手で衛兵を制圧するつもりなのだろう。及ばずながら私も手伝おう」


 タリーは日本刀タイプの刀を手にして、貴史に協力を申し出る。


 料理人として一流のタリーだが、前世で軍人として武術の修養も積んでいるので貴史にとってはありがたいことだった。


 その時、ヤースミーンが呪文の詠唱を終え、火炎の魔法を解き放った。


 ヤースミーンの魔法の杖から青白い光がレーザー光線のように城壁の石造りの壁に伸びて行き、光が接したあたりの城壁の石壁は次第に赤く熱っせられていく。


 ヤースミーンがフルパワーで放った火炎の魔法は石壁を熱して内部にある可燃物を発火させるほどに強力なのだ。


 やがて、ヤースミーンが火炎の魔法を照射している場所にほど近い窓ガラスが割れ、内部から炎が噴き出すのが見えた。


 それまで、くすぶっていた火炎は窓ガラスが崩壊したことで、酸素の供給が豊富になり、城壁内に設けられていた防御のための部屋や倉庫で一気に火災が広がっていく。


「お前たち何をしている!」


 城壁の火災に気を取られていた貴史は、リヒターが警告していた衛兵が迫っていたことに気が付いた。


 ヤースミーンの火炎の魔法は光線の出所をたどれば、術者の所在が容易に発見されてしまう面がある。



 貴史は自分のドラゴンバスターソードを抜くと頭上に振りかざして衛兵たちに立ち向かった。


 大きな剣を構えて立ちふさがる貴史を見て、衛兵たちは思わず足を止めたが、次の瞬間には無言で崩れ落ちた。


物陰から忍び寄ったリヒターとホルストが衛兵の後頭部を強打したのだ。


 貴史はリヒター達と協力して衛兵を物陰に引きずり込んで縛り上げて猿ぐつわをはめた。


 その間にも城壁の火災は激しくなり、頭上には黒煙が広がる。


 王宮の内部からは火を消そうとする人々の喧騒が響き始めた。


「陽動作戦の目的は果たしたと思います。ダミニさん達に合流しましょう」


 フルパワーの魔法を放ったヤースミーンは心なしか息を弾ませている見たいだが、疲れ切っているわけではなさそうだ。


 貴史が王宮の正面に向かおうかと思っていると、裏口にあたる城門が勢いよく開きその中から騎馬の兵士たちが駆けだすのが見えた。


 騎馬の隊列はかなりの数に上り、周辺を警戒する騎士もいる。


 そのうちの一人が貴史達に接近して話しかけた。


「お前たちは、バザールの商人ではないな。こんなところで何をしている」



「わ、私達は城の内部の動きに呼応して陽動作戦をするつもりだったのです」


 厳しい声色で誰何した騎士はヤースミーンの説明を聞くと声を和らげる。


「それはご苦労だった。我々は新たな都として建設途上のカイラスの街に向かう。任務を終えたら合流してくれ」



 騎士は敬礼と共に踵を返し、早足で王都から遠ざかろうとする騎馬部隊の後を追う。


「なんだか様子が変でやしたね。ハヌマーンさんの部下にあんな人はいなかったと思いやすが」


 リヒターがつぶやくと、ヤースミーンは青ざめた顔で振り返る。


「今のは王室付きの親衛隊だと思いますよ。ハヌマーンさんの敵方に間違いありません。私達のことを味方だと勘違いしてくれたおかげで助かったのかもしれません」


 タリーは遠ざかる騎馬隊を見ながらヤースミーンに答える。


「それでは、あの中にムネモシュネの母親もいて、ハヌマーンたちから逃げるために脱出していたということなのかな?

?」


 ヤースミーンも実態はわからないはずで無言でたたずむばかりだ。


 貴史は護衛も連れずに晩餐会に乗り込んだはずのハヌマーンたちがどんな手口を使って情勢をひっくり返したのかと不思議に思うしかなかった。



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