第19話 先生は顔見知り
「ララ先生いらしたのね、そろそろ片付けるからそこに掛けてお待ちくださいな。お手を煩わすほどのことではありませんことよ」
セーラがおしとやかな言い回しをするとむしろ凄みが増す。
貴史は、どうにかして逃げられないものかと周囲を見回したが、問題の「先生」が慌てた様子でセーラを制止するのが聞こえた。
「待ってセーラちゃん。その人達は私の知り合いなのよ。何が原因か知らないけどちょっと手を止めて話をさせて」
その声の主を見たヤースミーンは呪文の詠唱も止めて叫んだ
「ララア、ララアじゃないですか!!」
酒場で「先生」と呼ばれていた魔法を使う用心棒はララアだった。
ララアも驚いた様子で貴史とヤースミーンを見つめているが、ヤースミーンはもっと驚いている。
貴史は、状況の変化について行けず、血が噴き出る親指を押さえていた。
「え?」
その間に、ヤースミーンはララアに駆け寄って抱きしめていた。
「ララア、一人で行ってしまったので残された私達は寂しかったのですよ。私達はドラゴンハンティングをしながら移動して、今はヤヌス村に拠点を置いているの。また一緒に暮らしましょう」
ララアは突然抱きしめられて目を白黒させており、その後ろには後から到着したスライムの姿もあった。
「スラチン元気だったのね」
ヤースミーンが声を掛けるとスライムは飛び跳ねて喜ぶ。
「ピキーッ」
ララアはスライムのスラチンの頭に手を置きながらヤースミーンに答えた
「記憶が戻っちゃったから、ヒマリアの人と仲良くするのは何となく抵抗があるのよね。ヤースミーンさんのことを悪く思っているわけでもないのだけど」
ヤースミーンとララアがしんみりと話をし始めていたが、トロールが話に割り込んだ。
「なんや、ララ先生の知り合いやったんか。それにしてもこの人たち酷いんやで、スリが逃げ込んだゆうて納戸のドアまで燃やしてしうんやから。おかげで今日のお客さんはみんな帰ってしまったんや」
ヤースミーンは慌ててトロールに謝った。
「すいません。連れが財布をすられて気が動転していたのです。無事に財布が戻ったので、損害の分はこちらで弁償させてもらいます。そうでしょうヤン君」
いきなり話を振られたヤンは慌てた様子だったが、それでも関係改善の余地が出来たことに気づいて財布代わりにしている笑う巾着を取り出した。
「財布が戻ったから、相応の補償をさせてもらうよ。これぐらいでどうだろう」
ヤンは巾着から金貨を5枚取り出してトロールに渡し、トロールはヤンが渡した金貨を見て目を丸くした。
「これは、古代ヒマリアの金貨やないの。なんであんたがこないなものを持ってはるの?それにこんだけあればうちの酒場の10日分の売り上げになるから、ちょっと多すぎるくらいやな」
「今の仕事を始める前にダンジョンに関わるアルバイトをして稼いだんだ。迷惑料込だと思って受け取ってくれ。チームの刃刺しがやられたらおれは団長に叱られてしまうよ」
ヤン君は笑顔でトロールに答え、トロールは金貨をしげしげと見つめていたが、やがて笑顔らしき表情を浮かべて言った
「よろしい、これくらいいただけるなら手を打ちまひょ。わしはペーターというさかいよろしくな。セーラちゃん、折角そのにーちゃんを追い詰めてくれたけどそんなわけでこの方々と仲直りするからな」
「はいはい、私は売られ喧嘩を買っていただけなので、これで治まるなら死体の処分とか厄介事がないに越したことはないわ。強いて言えばララ先生とは違うタイプのお人と剣を交えて運動不足が解消できて良かったというところかしら」
貴史はセーラが自分の死体の処分まで考えていたことを知り、内心ゾッとしているが、さしあたり身の危険は無くなったので、出血が止まらない親指の傷を治してもらうことにした。
「ヤン君彼女に切られた親指の出血が止まらないんだ。何とかしてよ」
「その程度の傷ならお安い御用だ。俺のために痛い目に遭わせて申し訳ないね」
財布が戻ったヤンは俄然機嫌が良くなり、治癒魔法で貴史のけがをあっという間に直してしまった。
ララアはヤースミーンに寄り添われて感心したようにつぶやいた。
「シマダタカシも随分剣の腕が上がったわね。セーラさんがダガーで相手の剣を受けるなんてめったにないのに本気でやりあっているからびっくりしたわ。それはそうと、ヤンさんの財布をするなんてやってくれましたねソフィアちゃん」
「てへっ、です」
ヤンの財布をすった少女は舌を出して見せた。
「私はシマダタカシが3分も持たなかったことがショックです」
ヤースミーンがぼやくとセーラは微笑して答える。
「ふつうの剣士が相手なら瞬殺するから運動にもならないの。なかなかのお点前ですわ」
貴史は持ち上げられたり、落とされたりだが、無事だったのでよしと考えることにした。
酒場の店主らしいトロールのペーターは居合わせた一同を店の中に手招きした。
「あんなあ、そのうちお客さんも戻って来るやろけど御覧の通り店が空っぽやさかい、あんたらも飲み食いしていってや。うちの火酒は木樽で仕入れたええやつやねんで」
ペーターは商売人の顔に戻っており、貴史とヤースミーンはどうしたものかと顔を見合わせた。
その時、帰りそびれていたスリの少女ソフィアがペーターに尋ねる。
「ペーターさんがおごってくれるんですか」
「この場でみんなにおごるとしたらお前やろ」
ペーターは至極妥当な提案をするが、ソフィアは飛び上がる。
「ヒーッ。それだけは勘弁してください」
「仕方がないな、折角ララアと再会したのだからペーターさんの店で何か食べて行こう。ここは俺がおごるよ」
ヤンは事の発端が自分だったこともあり、太っ腹なところを見せる。
ヤースミーンはララアに尋ねた。
ララアはどうやってペーターさんと知り合いになったの?
「別に、ジュラ山脈を超えてこの町に到着した後、最初に入った店がここだったていうか」
ララアは話を適当に流そうとしたが、ペーターは聞き逃さなかった。
「先生、普通に店に入ったみたいに言うたらあかんで。とにかく垢やほこりにまみれてものすごく汚いなりで登場したので、わしらどうしよかと思った。女の子一人がスライム連れて捕まえたトカゲを食料にしてジュラ山脈を越えてきた言うからびっくりしたんやで」
「そうそう、あんまり汚くて臭いから私がお風呂に入れてあげたの。きっと他の店では入店拒否されたのね」
セーラも迎合したのでララアは少しむくれた。
「臭くて悪かったわね」
北国のヒマリアに比べて、パロの人々は口数が多くてにぎやかだ。
貴史はつい先ほどまで、命がけで戦っていた相手と談笑できることが不思議で仕方がなかった。
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