第11話 血に捧げる祈り

ヤースミーンは支援魔法の呪文を詠唱するが、貴史とリヒターに魔法の効果を開放するのはぎりぎりまで引っ張っていた。

二人が支援効果を使って戦える時間を少しでも長くするためだ。

「シマダタカシの旦那、奴はもう目と鼻の先ですぜ」

「この辺で左右に分かれて挟み撃ちちと言うのはどうかな」

リヒターと貴史のやり取りを聞いたヤースミーンは二人の背中を軽く叩いた。

「支援魔法を掛けました。持続時間は10分間ですからね」

ヤースミーンは貴史たちに告げると、クロスボウに矢をつがえてから茂みに姿を消した。

側面からクロスボウを射撃して支援するつもりなのだ。

「シマダタカシの旦那、あっしは左から攻撃を仕掛けやす。旦那は右から回り込んでください」

リヒターの指示に貴史は短く答える。

「わかったよ」

貴史とリヒターが二手に別れるのと同時に、森の木々をへし折りながら一頭のレッドドラゴンが姿を現した。

その高さは三階建ての建築物に匹敵した。

貴史がドラゴンの右側から接近すると、貴史の背後から頭上を越えて、一本の矢が飛翔し、ドラゴンの首筋辺りに深々と突き刺さった。

「ゴガアアアアア」

ドラゴンは貴史の姿を認めて、血も凍るような咆哮をあげて大きく口を開けた。

貴史はピリピリとした波動を感じる。

「ブレスが来る⁉」

貴史は左手に持った小さな盾を掲げて防御姿勢をとる。

盾自体は、ドラゴンのブレスを防げる物ではないが、ヤースミーンの支援魔法が盾を構える動きに連動して防御機能を発動するのだ。

間髪をいれずに、貴史の周辺を猛烈な火焔が包み、貴史の背後の森は、パチパチと木がはぜる音と共に燃え始めた。

それでも、ヤースミーンの支援魔法の防御効果で、貴史は全く被害を受けていない。

貴史は背後にいたはずのヤースミーンが気になったが、彼女は射撃と同時に移動して居場所を変えることを思い出してドラゴンに向き直る。

しかし、ドラゴンは貴史から注意をそらして自分の背中を見ようとしていた。

リヒターはドラゴンが貴史にブレス攻撃をしている隙に、ドラゴンの背中によじ登ったのだ。

ドラゴンが身をよじったために、振り落とされそうになりながらも、リヒターは自分の剣をドラゴンに突き刺していた。

「グガアアアアアアアア」

ドラゴンは背中にしがみつくリヒターを払い落とそうと身をよじってあばれる。

貴史はドラゴンの動きを止めるために、足元に駆け寄って攻撃を仕掛けた。

貴史はドラゴンの足首に剣を突き刺し、全身の力を使ってドラゴンの足首を切り裂いていく。

ドラゴンの足は鈍い衝撃音と共に不自然に変形した。

貴史の斬撃がアキレス腱を切断したのだ。

「リヒターさん、危ない‼」

貴史が叫ぶのとリヒターがドラゴンの背中から飛び降りるのは同時だった。

片足が使えなくなったドラゴンは背中に取り付いた敵をつぶそうと、地面を転がってから、周辺に猛烈なブレスを吐く。

一帯の森は炎上したが、リヒターはドラゴンに突進して更に剣を突き刺した。

「シマダタカシ、顎の下にある逆鱗を狙うのです」

ヤースミーンは支援魔法が切れる前にドラゴンに止めを指すように指示している。

貴史にしてもそうすることに依存はないが、傷付いたとはいえ、ドラゴンの動きは活発だ。

貴史はドラゴンの足に再び攻撃を加えてから、上体に攻撃できるチャンスを窺った。

「シマダタカシの旦那、そろそろ止めを」

リヒターは再びドラゴンの背中によじ登って剣を突き刺しながら言った。

中枢神経の集中する背骨を狙った攻撃と、アキレス腱の損傷は、確実にドラゴンの動きを低下させていた。

「やるぞ」

貴史は意を決して、大地を蹴るとドラゴンの膝に飛び上がり、更に跳躍してドラゴンの喉元を狙った。

ドラゴンの弱点は顎の下にある一枚だけ逆向きに生えた鱗だ。

貴史の剣は、逆鱗の上から深々とドラゴンの顎に突き刺さった。

「うまくいったみたいですね」

ヤースミーンの声が茂みから聞こえた。

ドラゴンは激しく痙攣を起こしていたが、次第に動きを止めていく。

貴史は茂みから姿を現したヤースミーンに手を振りながら、剣を抜くためにドラゴンに近寄った。

「ちょっとお待ち頂けますか、シマダタカシの旦那。あっしが今から血抜きをいたしやすから」

リヒターはドラゴンの鎖骨の内側に自分の剣を突き刺すと、グリグリと抉ってから引き抜いた。

傷口からは、真っ赤な血がとめどもなく溢れる。

リヒターは流れ出す血を前にして、頭を垂れると敬虔な雰囲気で祈りの言葉を唱え始めた。

「こんな祈りの言葉を私は聞いたことがないです」

ヤースミーンがつぶやくが、貴史は元よりこの世界のことには疎いため、答えようがない。

そのうちに、リヒターは祈りを終えた。

「お待たせしやした。今のはあっしたちドラゴンハンターが倒したドラゴンのために捧げる祈りです。ドラゴンは知能も高く気高い魔物ですから、それを屠ることを生業にする以上、命を失ったドラゴンへの謝罪と感謝の念を捧げるのです。このドラゴンは先に倒したドラゴンの伴侶だったにちがいありません。それ故に復讐のために我々のチームを壊滅させようと戦いを挑んで来たのです」

貴史はドラゴンハンティングチームのメンバーが祈りを捧げている姿を見たことはあったがその意味合いまでは深く知らなかった。

「僕たちも祈りを捧げた方がいいのかな?」

「私もそんな気がしてきました」

貴史とヤースミーンがそれぞれに呟くと、リヒターは穏やかな笑顔を浮かべる。

「その気持ちがあれば十分ですよ。祈りの文句は追って、お教えしやす。捕獲隊の連中も戻ってきたみたいですぜ」

リヒターの言葉通り、先行していた偵察部隊や捕獲部隊のメンバーが息を切らせながら集まり始めていた。

「このドラゴンを三人で倒してしまったのですか?」

マクシミリアンがあきれたように尋ね、ホルストは自責の念に駆られているようだ。

「僕が見失っている間にチームの背後を衝かれたなんて不覚です」

チーム員が集まり、周辺は一気ににぎやかになり、リヒターはチーム員に声を掛けている。

「ホルスト、今回は結果オーライで気にしなくていいでやす。マクシミリアン、うちの刃刺し様はな、初めて会った時、たった一人でグリーンドラゴンを倒してあっしの度肝を抜いたお人だ。今回も安心してことに当たれたって言うもんすよ」

ばらばらに逃げていた解体チームもドラゴンの解体に取り掛かっていた。

貴史は血の涙を流して絶命しているように見えるドラゴンの頭部を見て後ろめたい気分になったが、自分たちのチーム員に死者が出なかったことにホッとするのだった。

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