2020/07/14

2020/07/14


 余生、余生と繰り言の様に多用しているけれど、不意の情動を抑え込むのに使い勝手が良いのは確かだった。実りの無い人生でも無感動で過ごせる程には死に切れぬ心は今日に至っても全く普遍的に機能している。


 些少な吉事には素直に潤いもするし凶事には其れは其れでささくれ立ったりもする。何方にせよ飲み下すのに火酒を用いる点に違いは無いのだけれど。


 更に付け加えるなら、そんな機微が心擽る度に自己嫌悪を募らせる点もまた如何なる情動に在っても繋がる点と言って良い。


 躍らせるのも沈み込むのも殊更に面倒で堪らなくなればその時は五体五感で感じる楽に委ねて刹那の快哉に時間を棒に振ればそれが何某かの慰めになる。思い考え巡らす苦からは一時一間を置いて真新に戻れるような気がする。


 目で耳で楽しむ娯楽、香りと味で楽しむ美食、熱と粘膜で受容する愉楽。更に言うなら睡眠で得る心身の充足も上乗せして、欲の赴く儘貪る其れ等が齎す一過性の無心以外に頼るべき所も無い程度に孤独を飼い慣らし損ねている。


 「あと一人居れば精到に満ち足りた人生も、一度其れが欠けてしまえばこんな程度に収まっちまうんだなぁ」

 そう、周りは良いだけ満ちてくれたのだろうと信じているので、自身の抱える欠落が惜しくて仕様が無い。主観としての喪失と言うのではない、そんなのはとっくに折り合いを諦めているのだから。そうではなくてもっと物事の納まりとして、君が欠けている現状の不足に個人的な感傷を抜きにした口惜しさを覚えている。


 「生来が吝嗇だから、困ったものだね、どうにも」


 「ただ、意義を見出さないでもない」

 欠けたまま満ちない事に、効能を見出せないでもない。


 周囲の幸福は之からもその丈を増していくに違いない。その兆しは既にこの世に生れ落ちる瞬間を今や遅しと待っている。私の厭世を和らげて自死を思い留まらせてくれる箍はこの先際限なくその数を増すのだろうと思う。


 そんな時、恐らくは生涯に渡って満ち足りはしない自身は、満ちることが無い代わりに其処から欠けていくことも屹度無い。丁度今宵曇天の上に浮かぶ物も、一度満ちなければ決して欠けはしないのと同じように。


 ただ一人私だけが欠落の全てを担って居れば良いなら、こんなに楽な事も無い。


 「…独り善がりも其処まで来ちゃあ嗤えもしないよ」

 笑ってるじゃないか、流れ落つ物を別にしさえすれば。

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