2020/02/29

2020/02/29


 空想癖の大元には恐らく記憶力の良さが少なからぬ影響を及ぼしていると考えている。数々紐付いた記憶を手繰りながら「あの時あぁなら」、「今こうなら」と取り留め無く浮かんでは広がり軈て収集のつかなくなったそれらを処理しきれなくなって初めて現実に帰るというのがお決まりになっていた。本日手繰った記憶の中で印象的だった言葉の一つに「お前を縛り付けて離さないでいる彼が腹立たしくて堪らない」と言うのが有った。実際にはもっと違う言い回しだったのだろうが、要旨としてはそんな所だったのは確かだ。


 「言われた側としちゃあどんな気分なんだ?」

 「いや、俺の事責めてるっぽく言ってるだけで要は君への苦言だと思うよ?」

 そうなのだろうか、今更当人に問い詰めようと言う気も無いが。生き方に嘴を挟む友人と言うのもごく限られるのでこういった類の発言は新鮮味が有って良い。大抵は腫物でも扱う様に当たり障りないか、或いは無関心を貫くかが関の山なのだから。


 「他人を人生に関わらせようとしないんだから当たり前でしょ」

 「あー…まぁ、口先だけでなく本当にそうあれれば苦悩もないんだが」

 意志薄弱はお互い様と言うか、自分も孤高を貫けるほどに気高い訳でもない。若い時分は悲劇に酔いしれて凡そ交友と言える物を悉く断ち切ろうと試みた事も有ったように思うが、今日に至っては「そんな器用が熟せるならこんなに図々しく生き続けている筈もねぇやな」と諸々開き直って生かされるが儘生きているのが現状だ。


 「情けないかね」

 「…良いんじゃない?さっきの言葉じゃないけど、俺が独り占めしちゃうのもね」

 「相変わらず寛容に在らせられること」

 「…君の為に生きてるたった一人が俺であれば良かったんだよ」

 どうもセンチメンタルな日らしかった、生きるの死ぬのを話題に挙げる事の少ない彼がそんな事を言い出すとは。


 「お前の本心が聞ければ良かったな、それなら迷いなく動けたんだが」

 彼岸で待つからゆっくり来い、なのか、早く来い、なのか。

 「どっちも有り得るからどちらにも決め切れない」

 返事は無い、虚空に姿も捉えられない。

 「教えてくれよ、どうして欲しいのか」

 今際の際に立ち会えなかったが為に、この十一年は全くの停滞を余儀なくされていた。標なく生きる事に疲れた今は、その実何も考えず立ち尽くしているのと如何程に違いが有ると言うのか。それすら見つかろう筈も無い。答えを出せる人は、もう居ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る