第14話 イケメン拾っちゃいました

「……こ、……これは!?」


 凄いものを発見してしまった。

 場所はいつもの沢である。


「これって、どうみても……『わさび』よね?」


 わたしは手にしたそれを、じっくりと眺める。

 見た感じはそのまんまわさび。

 試しにくんくんと匂ってみた。


「……うぇ、土の匂いがする」


 いましがた掘り返したばかりなのだから、当然だ。

 でもわさび(?)自体に匂いはない。


「た、食べられる……かしら……?」


 わさびは綺麗な沢で採れると聞く。

 まさにここだ。

 これがわさびなら、是非とも今後の食生活に取り入れたい。


 この森では色んな食材が取れる。

 けど今のところ、毒のある食べ物に当たったことはない。

 だからきっと、これも大丈夫なんじゃないかしら?


「……ぃよし。女は度胸。いただきます!」


 水で洗って、ぽりっと齧った。

 もぐもぐする。


「んぐんぐ……。ふむ。……んん? んんんっ!?」


 ツーンときた。

 鼻の奥が刺激されて、涙が出てくる。


「き、きたわー! これわさびよ! ひゃっほう! いまツーンときたわー!」


 鼻を押さえて涙目になりながらも、わたしは大喜びだ。


 これはいいものが採れた。

 今度、川魚をお刺身にしてみよう。


 あ、でも川の魚って、寄生虫がいるんだっけ?

 ……まぁ大丈夫だろう。


「こうなると、お醤油も欲しくなるわねぇ!」


 とはいえ、醤油は森で採れたりしない。

 あれは作らないとダメなやつだ。

 たしか醤油って、味噌を発酵させる過程でできるんだっけ?

 いつか挑戦してみよう。


「いやぁ、いいもの見つけちゃったなぁ」


 鼻歌を歌いながら、ルンルン気分で家に戻った。




 日付けが変わって本日。

 わたしは彫刻なんかをして、時間を潰していた。


 この森は豊かでよいところだ。

 気候も穏やかで、空気も澄んでいる。

 少しジメジメするけれども、それはまぁ森だし仕方がない。

 水も食べ物もたくさん採れるし、雄大で美しい大自然の景観は、眺めているだけで心を癒してくれる。


 おおむね不満のない暮らしができていると言えよう。

 ただ一点を除いては……。


「あー、今日も暇だなぁ……」


 鉤爪で木片を掘りながら、ポツリとこぼした。


 ……そう。

 ここには娯楽が足りないのである。


「せめて話し相手でもいればなぁ」


 いないものを愚痴ってもしょうがないけど、愚痴らずにはいられない。

 なにせ毎日が退屈なのだ。


「……ペットでも、飼おうかしら?」


 森には動物も多い。

 角の生えたうさぎなんかもいるし、ああいう可愛いのを1匹つかまえて、飼い慣らしてみるのもいいかもしれない。


「ぃよし。3体目出来上がりっと」


 木片についた木屑を手で払う。

 仕上がったのは、こけし人形だ。

 先に作っておいた2体と一緒に、窓際に並べた。

 左から順に、お母さん、絵里ちゃん、わたしである。


「ふたりともどうしてるかなぁ……」


 想いを馳せると、ひとりぼっちの寂しさも増してくる。

 さっき考えたペットの件、ちょっと本気で考えてみようかな。




 また数日が過ぎた。


 今日のわたしはいつも通り、家事に勤しんでいる。


「んー。腐葉土は柔らかくて、いいクッションだと思ったんだけどなぁ……」


 土台を腐葉土で固めたベッドには、よく虫がわく。

 小まめに掃除しないと、ちょっと気分的に安眠出来ない。

 これが結構な手間なのである。


「やっぱり多少硬くても、木製ベッドのほうがいいかも……」


 時間はあるんだし、一度こさえてみようかな。


「掃除完了! じゃあ次は水汲みねー」


 家から表に出る。

 頭上から陽の光が降り注いできた。


「今日もいい天気だわー」


 家の周囲の木は、引っこ抜いてある。

 だからこの辺りは、結構拓けていて明るいのだ。


「ぅん、しょっと……」


 ドラム缶サイズの木桶を抱えて、竜翼を広げる。

 パタパタと沢まで飛んでから水を汲んだ。


「ふんふんふ~ん」


 桶を抱えて森をゆっくり飛んでいると、なにかの声が聞こえてきた。


「ん? なんだろ?」


 耳をドラゴンイヤーにして、澄ましてみる。

 すると複数の獣が、激しく争う声が聞こえてきた。


 野次馬根性で見に行ってみる。

 狼の群れが見えた。

 ただ狼といっても、1匹1匹がヒグマほどの大きさである。

 その群れを相手に奮闘しているのは、竜だ。


(……ほえー。わたし以外の竜ってはじめて見た)


 興味を惹かれてじっくりと眺める。

 その竜はわたしとは違って、体に対して翼が異様に大きい。


 飛竜?

 翼竜?

 ファンタジー風にいうとワイバーンになるのかな?

 わたしとはシルエットがだいぶ違う。


 ワイバーンはかなりの大きさだ。

 ヒグマみたいな狼たちよりずっと大きい。

 体高7~8メートルくらいあるんじゃないかしら?


「グルルゥ……ガウッ! ガウッ!」

「ギャア! ギャァア!」


 狼の群れと竜は激しく争っている。

 でも竜は大怪我をしていた。

 翼は引き裂かれ、足の骨も折れているみたい。

 このままだと、あの竜、やられちゃう……。


(――って、あ!? あれは!?)


 激しい争いの拍子に、チラッと見えた。

 竜のうしろに誰か倒れている!?


(も、もしかしてこの竜……!?)


 あのひとを庇って戦っているのだろうか?


「た、大変だ! 助けなきゃ……!」


 慌てて茂みから飛び出した。


「こらー! やめなさい、狼たち!」


 闖入者の登場に、争いが中断される。

 しばらくわたしを眺めていた狼が、こちらに牙を剥きはじめた。

 どうやらわたしを獲物と定めたようだ。


「ま、そうなるわよね。……だが、しかーし!」


 いそいそと服を脱ぎ捨てる。

 強く念じると、途端にわたしの体が膨らみはじめた。


「……ぐるぅおおおおおおおおおおっ!!」


 大咆哮が森に轟いた。

 辺り一帯の樹々が、ざわざわと枝を震わせる。


「きゃいん!? きゅ、きゅーん……!」


 狼たちは竜化したわたしに恐れをなして、尻尾を巻いて逃げていった。


 ぃよし!

 ざっとこんなもんよ!


 立ち上がってぐっと拳を握りこむ。

 握られた白い拳の先をみると、気絶していた誰かが薄く目を開いて、わたしを見上げていた。


「ぐるぅ!? ぐ、ぐるぁ!(はぅわぁ!? イ、イケメン!)」


 なんだこのイケメンは!?

 ひとめで、ずきゅーんときた。


 ……やばい。

 これ結婚したいやつだ!


「…………白……竜……?」


 男性イケメンは、ポツリと呟いてから、ふたたび気を失った。



――――

次話から第二章です。

あさひとシメイが魔の森で暮らす話になります。

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