第12話 sideコロナ01 本物の魔女

「……じゃあ村長。行ってくる」

「うむ。騎士様に粗相のないようにな。くれぐれも注意するのだぞ」


 城塞都市に、村人が送り出された。

 あの子のことを告げ口するためだ。


 あたしは反対したのに、村長である父さんと村のみんなが勝手に決めてしまった。


「これ、コロナ。いい加減に機嫌を治しなさい」

「ふん! 知らないわよ!」

「……仕方がないだろう? あいつはやっぱり、黒の魔女だったんだぞ?」

「だからあの子は、魔女なんかじゃないって言ってるでしょ!」


 真っ白な翼を生やした、黒髪黒瞳のあの子。

 そういえば名前も聞いていなかったことを、今更ながらに思い出す。


「あの子は……、あたしの妹分なんだか……」


 あたしには同年代の友人がいない。

 ちょうどあたしが生まれた年の前後に、飢饉が続いたからだ。


 当時は食糧を求めて危険な魔の森に入り、命を落とした村人もいたと聞いている。

 長く続く食糧難に、みんな新しく子を儲けることができず、まれに生まれた幼子も最後には死んでしまった。


 結局その頃に生まれた子どもで、無事生き残ることが出来たのは、曲がりなりにも村長の娘である、あたしだけだったのだ。


 おかげであたしは生まれてこのかた20年。

 幼少期からずっとさみしい思いをしてきた。

 そんなところに現れたのが、あの子だったという訳である。


「騎士様たちは、いつ頃村に来られるだろうな?」

「さぁ? 都市までは片道半日だから、明日か明後日には来るんじゃないか?」

「だなぁ。その前に俺たちのほうで、少し魔女の行方を捜してみるか?」


 村のみんながガヤガヤと騒がしい。

 あたしはいま余計なことを言った村人を、キッと睨みつけた。


「捜すなんて、やめなさいよ!」

「……そうだなぁ。魔女が飛んで行ったのって、魔の森のほうだもんなぁ」

「あの森はだめだ。恐ろしい獣や魔獣が多過ぎる」

「ああ。コロナが心配してくれた通りだ」


 誰もあんたの心配なんてしていない。

 心のなかで、そう毒づく。


「さぁさ、魔女のことは騎士様にお任せして、わしらはいつも通り働くとするぞ」


 父さんに促されて、みんな仕事に戻っていく。


「……ふん!」


 あたしもひとつ鼻を鳴らしてから、農作業に戻った。




 一夜明けた今日。


 あたしは晴天の下で、本日も黙々と農作業を続けていた。

 早ければ今日にも、村に騎士団がやって来るだろう。


 額から流れた汗が、頬からあごを伝ってぽとりと落ちる。


「あ~、やってらんないわねぇ……」


 思い出すのはやっぱり彼女のことだ。


 結局最後まで、ふたりでゆっくりと話せなかったことを、残念に思う。


 あの子のいたしばらくの間は、農作業も楽だった。

 というか、あたしは踏ん反り返って指示を出しているだけで良かった。


 あの子もぶつくさと文句は言うけれども、結局は大人しく従っていた。


「……やっぱり、あんなヘタレが、魔女なはずないわよ……」


 魔女っていうのは、もっと恐ろしい存在だと思う。

 きっと、見たら食べられてしまうくらい怖いのだ。


 作業を続けていると、ふいに頭上から影に覆われた。

 額の汗を拭って、天を仰ぎみる。


「…………え?」


 見上げた空に……。


 ――魔女がいた。


 黒髪黒瞳に裾の長い黒のドレス。

 肩までしか髪を伸ばしていなかったあの子と違って、艶めく黒髪は腰まで届きそうな長さだ。


「……あ、……あぁ……」


 思わず口をパクパクとさせながら、さっき考えたことが誤りだったことを思い知る。


 魔女とは恐ろしいだけじゃなくて、こんなに妖艶で美しい存在だったんだ……。




「……そこの貴様。この村に、黒髪黒瞳の娘がいるだろう?」


 惚けたように魅入っていると、魔女が声を掛けてきた。

 綺麗な声が、透き通るように響く。


「……ぁ、……ぁ。……魔国の……魔女……」


 あたしを眺める魔女の目が、すっと細まる。


「……魔国だ、魔女だと、相変わらず好き放題いいよって」


 顔をあげたまま固まっていると、彼女が小さくため息をついた。


「ふぅ……。余は『解放国家オイネ』が女王イネディット。……村娘よ、黒髪の娘を連れてまいれ」


 ようやく頭が回り始める。

 この魔女は、あの子を探しているんだ。


「……あ、あの子を……どうするつもり……!」

「……悪いようにはせぬ」


 信用出来ない。

 なんたって相手は本物の魔女だ。


 あたしはどうやってこの場を切り抜けるか、必死に考えを巡らせた。

 そのとき――


「……ぬ?」


 魔女が遠くに視線を移した。

 つられてあたしも、そちらの空に顔を向ける。


「あ、あれは……!?」


 城塞都市のある方角。

 まだ少し遠いその空の先には、編成を組んで飛んでくる竜騎士様たちの姿が見えた。

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