第10話 スローライフ開始

 いつまでも落ち込んではいられない。

 大樹のうろから出て、胸の前でこぶしを握る。


「ぃよし。元気出さなきゃ!」


 村には戻れないし、王国はもってのほか。

 魔国だって行けばどうなるかわからない。


 行くあてもないし、しばらくこの森で暮らそう。


 そうと決まれば衣食住の確保だ。


 ひとまず『衣』についてはいいだろう。

 村でもらったこの地味な村人服がある。


「そういえば、トレンチコート置いてきちゃったなぁ……」


 まぁ仕方あるまい。

 わたしはもう、痴女スタイルは卒業したのだ。


 次は『食』だ。

 これについても、ひとまずは問題ない。

 木ノ実や川魚で十分食べていける。


 でも塩なんかは、どうにかして調達する必要がある。

 どこかで岩塩でも手に入ればいいのだけど……。


 最後に『住』。

 差し迫って必要なのはこれである。

 ……さて、どうしたものか。


「あ、そうだ。いいこと考えた!」


 思いついたら即実行。

 住居を確保すべく、わたしは行動を開始した。




「ぃよし! こんなところかしら!」


 少し離れて、出来たばかりの我が家を眺める。


 うん。

 結構いいんじゃないかしら!


 わたしは、昨夜ひと晩寝泊まりした大樹のうろを、拡張することにした。


 鉤爪で木の内側をほじほじ、ほじほじ。

 8畳分くらいのスペースを作った。

 それでもこの大樹からしたら、ちょっとした穴が空いた程度のものである。


 しかしわたしのこの鉤爪は便利だ。

 木どころか、岩だってサクサクと削れる。


 ぃよし。

 これは『ドラゴンクロー』と名付けよう。


 うろのお家には出入り口のほかに、窓穴も作った。

 これで採光もばっちりである。


 出入り口と窓穴には各々、枝とか葉っぱをつるで編んだ扉や窓をくっ付けた。

 正直隙間は少し空いたままだけれども、元々この森はあまり風が吹かないから、隙間風も入ってこない。


 なかなかに快適な空間の出来上がりだ。


 お家の周りには柵もたてた。

 なんか柵があると安心するのよねー。

 これって小市民的な感覚かしら?


「ぃよし。結構かたちにはなってきたわね。もうひと頑張りするわよー!」


 気合いをいれて、腕捲りをする。

 さぁ、作業の再開だ!




 数日が経過した。

 あれから色々な生活道具を拵えた。


 木をくり抜いた食器や水桶。

 木製テーブルと椅子なんかも作った。


 ベッドだってある。

 腐葉土を固めた土台に、寝藁ねわらがわりの枯れ草を敷き詰めて、その上に自作のすだれを敷いた簡易ベッド。

 すだれを編むのには時間がかかったけれども、手間をかけて作ったおかげで、寝心地はそれなりに快適だ。


「……ふんふんふーん。今日はお風呂に入っちゃおうかなぁー」


 そうお風呂。

 お風呂である。


 わたしは岩をドラゴンクローでくり抜いて、バスタブを作った。


 このバスタブは素材が岩だけあって耐火性が高い。

 水を張ってから、加減した炎を吹きかければ、あっという間に快適なお風呂に早変わりである。


 残り湯で洗濯も出来る。

 まぁ服は1枚しかないから、乾かしている間のわたしは、細長い葉っぱを蔓で編んだ服を着てるんだけどね。

 自分でいうのもなんだけど、野人みたいね……。

 未確認生物のやつ。


「まだかな、ご飯まだかな~」


 お風呂あがり。

 野人に扮したわたしは、鼻歌まりで上機嫌。


 岩のかまどで熱された石のプレートが、じゅうじゅうと鳴っている。

 ふんわりと漂いだした香りに、否応なく食欲が刺激される。

 音を立てているのは、ニジマス(?)の香草焼きだ。


 この石プレートも、もちろんお手製である。

 フライパンがわりに使えて、とっても便利。

 これを作ってからというもの、随分と料理の幅が広がった。


 両面にしっかりと熱を通してから、焼きあがったニジマスらしき魚をお皿にうつす。


「それじゃ、いっただっきまーす!」


 お箸で身をほぐしてパクッとひと口。

 程よい塩気と、爽やかな香草の香りが鼻を抜けていく。


「ん~! おいっしー!」


 そうそう。

 塩もしっかりと手に入れた。

 沢のそばの、こじんまりとした洞穴ほらあなで、岩塩が採取できたのだ。


 ……やはり塩はよい。

 鉤爪でカリカリと岩塩を引っ掻いて、お塩をふりかければ、味気なかった料理が途端に美味しくなる。


 実は塩以外にも、香草や胡椒や辛子に似た味の木ノ実も見つけてある。

 調味料もけっこう揃いつつあるのだ。




「……ご馳走さまです! あー、満腹だぁ~!」


 ドサッとベッドに倒れこむ。

 お腹いっぱいで眠たい。


「ふぃー。最初は不安だったけど、案外なんとかなるものねぇー」


 まぶたがトロンと落ちてきた。

 ご飯の後片付けは、もう明日にしちゃおうかな。


「……おやすみ、……なさい~……」


 心地よい微睡まどろみに身をまかせる。


 こうして今日も、ゆったりとした一日が過ぎていくのであった。

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