第6話 sideシメイ01 王竜騎士団、団長

 ――はっ! ――せい!


 そこかしこで気合いの入った声が飛び交っている。

 ここは騎士団の訓練所。

 俺は稽古に精を出す団員の合間を縫って歩いている。


「……なぁ、聞いたか? 国境くにざかいの話」

「元辺境伯軍との戦線のことか?」

「ちげえよ。そっちは割と安定してるだろ。……魔国との国境の話だよ」


 稽古を見て回る俺の耳が、ひそひそと話す声を捉えた。


「なんでもまた出たらしいぜ。……『黒の魔女』」


 話し込む団員の背後に歩み寄った。

 肺に大きく息を吸い込んで、怒声とともに吐き出す。


「お前! 稽古の最中に無駄話とは、何事か!」

「――ひぃ!? だ、団長!?」


 叱られた団員が竦みあがる。

 もう一人のほうは、我関せずとの態度で稽古を再開した。


「気が抜けているようだな。……ひとつ俺が稽古をつけてやろう」


 木剣を構える。

 すると彼はぶんぶんと首を横に振った。


「め、滅相もない! シメイ団長に稽古をつけて頂くなんて畏れ多いですよ!」


 口ではこう言っているが、この団員は俺を恐れているだけだろう。

 必死の形相がそれを裏打ちしている。


「……ふん。なら真面目に稽古を続けろ」


 鼻を鳴らして木剣を下げる。

 彼はほっと息を吐いてから稽古へと戻った。


(まったく。戦時中だというのに、弛んでいるな)


 現在我らがペルエール王国は、ふたつの方面と交戦状態にあった。


 一方の相手は王国南西方面のシャハリオン元辺境伯軍。

 もう一方は王国北東方面の魔国オイネである。


 我らが王国は精強である。

 両方面を同時に相手取っても、揺るぎはしない。

 しかし前線を支える騎士団員の練度は、高いにこしたことはない。


 ――トントントン


 物思いに耽っていると、団員たちの掛け声に混じって、訓練所の壁を叩く音が聞こえてきた。


 音のしたほうに意識を向ける。

 するとそこには銀髪の優男の姿があった。

 いつの間に入ってきたのか、彼は訓練所の壁にもたれて腕組みをしている。


「やあ、シメイ。また団員をいじめているのかい?」

「……人聞きの悪いことを言うな。稽古を見回っているだけだ」


 のっけから難癖をつけてきたこいつは、キルケニー。

 俺のひとつ下で23歳。

 騎士訓練校以来の腐れ縁である。


「もうお昼どきだよ? よければ食事でも一緒しないかい?」


 言われて気付いた。

 もうそんな時間になっていたとは。


「わかった。少し待っていろ」


 午前の稽古の終了を告げる。

 わいわいと騒ぎ出した団員たちを残し、彼と連れ立って訓練所をあとにした。




 食堂についた。

 簡素な長机に、キルケニーと隣り合って座る。


「はぁ……。いつも通り質素な食事だねぇ」


 昼食の内容は、白パンに肉入りスープにサラダ。

 俺としては不満のないメニューなのだが、こいつにとっては違うらしい。


「実家の食事が恋しいよ……」

「お前なぁ。騎士寄宿舎と公爵家の食事を比べてどうするんだ?」


 こいつのフルネームは『キルケニー・ビーミッシュ』という。

 こう見えてビーミッシュ公爵家の三男坊だ。

 髪は艶めく銀色で長髪。

 線が細く美形で、女と見紛うような優男なのである。


「爵位がどうこうの話なら、君だってそうだろう? ウェストマール伯爵家嫡男の『シメイ・ウェストマール』くん?」

「……よせよ。俺もお前も、いまは一介の騎士だろう? それに俺はお前と違って、ここの食事に満足している」

「一介の騎士ねぇ」


 キルケニーが意味ありげな視線を投げてきた。


「……なんだ?」

「いやなに。ピルエール王国が誇る王竜騎士団。その勇猛果敢な精鋭集団たる竜騎士たちをまとめる若き団長殿が、単なる一介の騎士、とはどうにも思えなくてね」


 まったく、勿体つけた言い回しだ。

 こいつのこういうところは、少し苦手である。


「……それをいうならお前だってそうだろう? 王国近衛を司る黄金騎士団。その副団長」

「いやだってほら。ぼくは『副』団長だからさ」


 なにが「だって」なのだろうか。

 相変わらず煮え切らない男だと思う。


 俺はどちらかと言えば寡黙で無愛想だ。

 体も筋肉質で大きいし、青みがかった髪だって短く切っている。

 キルケニーとは対極的と言っていい。

 けれどもなぜか俺は、締まりのないこの男と馬があった。


「ともかく食事にしようか。きみも午前の稽古でお腹が空いているだろうしね」

「……ああ。そうだな」


 食事をしながら何の気なしに会話を始める。


「そういえばお前は、午前はどうしていたんだ?」

「僕? 僕は宣教師さまの、ありがたい説法を聞いていたよ」


 キルケニーがウィンクをしてみせる。

 それで俺は察した。

 宣教師とは、このあいだ聖教会から派遣されてきたあの女宣教師のことだろう。


「……ほどほどにしておけよ?」

「わかってるって。ちょっと伝承のお話を聞いてきただけだよ」

「伝承ってまたあれか?」


 聖教会に伝わる竜伝承。

 宣教師が好んでする話だ。

 たしか災厄の黒き竜と、救いをもたらす白き竜、だったか。


「ま。お話のあとは、しっかりと楽しませてもらったんだけどねー」

「お前なぁ……」


 まったくこいつときたら……。

 俺はこれ見よがしにため息を吐いた。

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