煩悩はお任せください! ~ただしモブ腐男子は巻き込まれたくありません~

文里荒城

プロローグ

 周囲は夜の色に染まっている。

 昼間であれば学生で賑わう高校の敷地内はシンと静まり返り、月明かりと、外の街灯、窓から漏れる校舎内の非常灯が、中庭を照らしていた。


 その中で、不意に闇が動く。まるで光を飲み込もうとするかのように真っ黒な靄がどころからともなく現れ、中庭を覆っていった。


 が。


 突如、靄に銀色の線が走った。切り裂かれた靄は空気に溶け、本来の中庭の姿が戻ってくる。


 そこには、背中合わせに立つ二人の少年の姿があった。


 一人は黒髪の、端正な面立ちである。歳は十五、六といったところ。無表情に辺りを見つめる様は、静かな雰囲気を醸し出している。

 もう一人は、黒髪の少年に比べて小柄だった。歳も二つほど下だろう。鮮やかな金髪は、黒髪の少年の肩辺りの位置にある。大きめの瞳は、目尻を吊り上げて、周囲を睨みつけていた。

 どことなく大人びた少年と、まだ幼さを残した少年は、どちらも顔立ち自体は整っているものの、印象としては真逆である。


 唯一の共通点といえば、二人が手にしているものだろう。

 月に照らされて光を反射させているのは――刀だった。


「……終わりか?」


 黒髪の少年が低く呟く。安堵したように、柄を握る指先から力が抜けるのが見えた。


 しかし次の瞬間、彼は驚いたように顔を上げる。


 刀で断ち切ったはずの靄が、いつの間にか一ヵ所に集まり、姿を変貌させ始めていると気づいたからだ。

 螺旋状に渦巻いたかと思ったら、靄は一匹の大きな蛇となって、宙に鎮座していた。二メートルを優に超える体長のソレは、赤い瞳を爛々と輝かせ、少年二人を視界に映す。


「っ!」


 刀を構え直して、黒髪の少年は駆け出した。先手必勝とばかりに、黒の鱗に刃を突き立てる。


 だが刃は、いとも簡単に跳ね返された。


「なっ……」


 ヤツを祓う力を、先ほど使い切ってしまったらしい。


 絶句する少年に、蛇が襲いかかる。大きく口を開け、彼を飲み込もうと――。


「ッの!」


 少年の視界の端を、金色が横切った。


 金髪の少年が刀を振り上げ、頭から蛇を一刀両断する。

 刹那、蛇の体は溶けるように、霧散した。


 自分の前に立つ金髪の少年を、黒髪の少年は見下ろす。強く唇を噛んだ。

 自分より年下の彼に――弟に助けられたのだという事実が、悔しい。


「……ルリヤ、あの」


 それでも礼を言おうと名前を呼ぶ。


 するとちらりと、彼は振り返った。海の底に似た蒼い瞳を細めて兄を見る。


「やっぱり、和光わこう家を継ぐ祓魔師ふつましに選ばれるのはテメエじゃなくてオレだな、けい


 勝ち誇ったように唇の端を持ち上げ、ルリヤと呼ばれた彼はすぐに、興味なさげに兄――慧から顔を背けた。


 二人でこうしているのは、仕事を通して、どちらがより優秀かを判断するため――つまりは、跡取り競争なのだ。


「――」


 否定したくてもできず。かといって肯定もできず。慧は黙り込んで俯いた。


 今日も、いつも通り夜が過ぎていく。


◆ ◆ ◆

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