コッドピース職人と襞襟職人

青瓢箪

第1話 出会い

 チャドはコッドピース職人だった。

 父から引き継いだ家業である。父親もそうであったが、チャドは欲がなく大人しく、職工ギルドでは親方になれそうもない、丁寧な仕事だけには定評がある男だった。

 齢はそろそろ四十に届きそうな具合だったが、多くの男たちがそうであるように独り身だった。

 結婚適齢期四十過ぎ以前の男たちといえば公の娼館に定期的に足を運ぶものであるが、チャドは若い頃に数回行ったきりの男だった。女に興味がない訳ではなかったが、ちょっとした会話を交わすような女友達も居なかった。


 その日、チャドはある商家の息子のコッドピースをあつらえるため、館を訪れた。顧客は香辛料を運ぶ海運業で成り上がった商人である。流行に合わせて湯水のように衣装に金を使う顧客で職工ギルドではお得意様だった。

 じっとせず笑って身を捻る子供をたしなめてなんとか寸法を測り終え、ショース(脚衣)職人と部屋を出た時だった。

 なんとはなしにチャドはある部屋の前で足を止めた。ショース職人は先に歩きだしたが、チャドは何かに導かれるように部屋の中を覗いた。

 眩しい。

 チャドは窓から差し込む陽光に目を細めた。

 明るさに慣れた目で見ると、窓際で一人の女がいた。舞う埃が作る光帯の中で女は窓を背に立っている。襞襟ひだえり職人だった。

 女の前には上半身だけの木製の人形が立てかけてあり、首には8の字にコテで形作った襞襟がかかっていた。女は襞襟の細部の出来栄えを注意深く観察しているようだった。

 この家の奥方用の襞襟だろうか。

 米粉で糊付けしてある真っ白な生地の張りは素晴らしく、整然と美しく並んだ8の字のひだは確かな仕事ぶりだった。

 女が形の良い細い指で襞襟の端に触れた。

 切れそうだ。


「あ」


 鋭い刃のような布の印象にチャドは思わず声が出た。

 女がチャドの声にこちらを見た。

 チャドは息を飲んだ。


 切れそうだ。


 氷の欠片に射抜かれたような感触にチャドは硬直した。




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