異星人のポテンシャル

「よいしょっ、と……」

 木漏れ日の中に差し込む二つの太陽の陽射しにさらされ、汗水を垂らしながら、オレは煤だらけの顔のままに、一度、自らの宇宙船の機関箇所から顔を離す。

「まぁ、うまく、ソーラーシステムも使用すれば、しばらく長旅でもOKじゃね……」

 ガシャガシャと工具を片付けながら独り言に呟いては、そばにおいてあった、廃墟となっていたコロニーから拾ってきた、大きめのやかんを手に取ると、まるで水浴びでもするかのように、その中の水分をぐびぐびと飲み、

「ふぃ~~~~~!」

 生きてる実感が何とも言えない鳴き声をあげさせるのだ。と、そこへ、ズズズ……ズズズ……と、何やら物体を引きずるような音が聞こえてくる。


「…………!」

 正体を察したオレは、音のする方へ笑顔を向け、今や、シリナが、巨大なトカゲのような獣の尾っぽを軽々と肩に担ぎ、木々の間から現れてくるところであった。どんな修羅場があったかは計り知れないが、息だえ、舌をむき、白目をむいた獲物には、シリナお手製の矢が無数のように突き刺さっていて、

「タケル君、お昼にしましょう!」

 返り血を浴びながらも、全くといっていいほどいつも通りに笑みを返すシリナの表情には、圧倒的な戦闘力の差をもってそれを屠ったのだという事が如実に物語られていれば、

「お~う! おつかれ! 相変わらずすっごいね。今日も。こりゃ、ごちそうだ!」

 最早、すっかり慣れた光景を目の前に、オレはシリナの仕事を労ったのだ。


 焚火の仕方すら知らなかったオレだが、シリナに教えられ、木の組み方も解るようになっていった。いそいそと作業をする隣では、引きずってきた巨大生物をあれこれ手触りしていたシリナが、やがて、

「ふん……っ!」

 両腕に抱えるようにすれば、ブリリリリ……!! と、その生き物はワイルドに引き裂かれていく、解体ショーのはじまりである。

「タケル君、もっと食べやすい方がいいですよね」

 更に、血まみれとなりながら平然とした顔でオレに振り返り、広がった手の平を足場に、難なく指を引きちぎる姿など、最強すぎて、

「アージムにあった鉱石のナイフがあれば、もっと加工しやすいんですけど……」

 自分の故郷の注釈なども付け加えてくれたりするのだが、こんな最強が手にするナイフなど、想像すらできる事は叶わず、世界はこれだけ広かったのかという事を、オレはまざまざと見せつけられるような日々を送っていた。


 シリナが、ほぼオレに合わせてくれるように、ブツ切りした獲物を、器用に串に突き刺している最中、

「できたよ~」

 オレが木を組み終えた事を告げると、鱗の尻尾を、コロニーから拝借してきたレディースパンツから突き出させている後ろ姿が振り向き、

「わぁ! タケル君、すごいです! やっぱり『神と繋がる者』は、どこの星の方も器用ですね!」

 実のところ、未だ慣れぬ作業の結果だというのに、昼間でも淡く光る光沢の瞳は、少々、過剰とも思えるほどオレを褒め上げ、

(へへ……)

 まんざらでもなく、オレが鼻の下をこすれば、マイ宇宙船の油はこびりついたりするのであった。どちらにせよ、気は優しくて力持ち、というのは彼女みたいな存在の事を言うのだろう。


 一通りを褒め上げた後に、シリナは、組まれた木に近づくと、すっと手を広げ目を閉じ、やがてゆっくりとあけながら、何やら、自分たちの言葉でブツブツと呟きはじめる。呼応するように瞳の中で常に灯る光が更に輝きを増すと、途端に木々は炎をあげてしまうのだ。既にこれも何度か見てきた日常風景になりつつあるが、オレにとっては、力の具合も超能力も、なにもかもが、正に人並み外れていて、こいつをオレは絶対に怒らせないぞと固く誓える瞬間でもあった。

「さぁ! いただきましょうか!」

 一通りを終えて、屈託なく此方に笑顔を向けてくれば、

「お、お~う……」

 未だに、圧倒的迫力を前にして、どもりながらに答える事しかできないオレがいた。


 シリナに教えられたふうに、串にさされた肉塊を火にくべていると、やがて、カチャリ……という音がして、取り外し可能となった無力化装置の一種を自らの首に取り付け、

「私も手伝います!」

 と、シリナが近づいてきた。改めて複雑な気持ちになりながら、

「もう、よくない? それ」

「……タケル君の事、傷つけたくないですから……」

 オレが苦笑交じりに問うと、シリナはどこまでも気は優しく力持ちで、

「それより、私、臭くないですか? 一度、水浴びしてきてからの方が……」

 と、着用している、廃墟から拾ってきた地球人の女子の部屋着のような、かわいげなマスコットキャラクターのプリントの施されたTシャツが、自分の汗と返り血にまみれている事を気にしはじめたので、

「いいよ~。とりあえず、食っとけよ~」

(……健気かっ!)

 オレは更に苦笑まじりに、心の中でツッコミながら、共に食事をとる事を促すのであった。


 午後は午後とて、シリナはよく働いた。いつものように散策にでていくと、宇宙船のメンテくらいしかする事のないオレは一切やる事がなくなってしまった。目の前でくすぶるようにしている焚火の炭なぞをジッと見たり、周囲をボーっと見渡せば、そこらにある木々や枝をうまく継ぎ合わせ、船内にあるガラクタなぞも巧に利用し、シリナが狩ってきた食材の干物や、川で洗ってきた洗濯物なんかが干されている。


(…………)

 洗濯は機械がやってくれるものだと思っていたオレにとって、川で衣服を洗うと彼女が言い出した時には、流暢な地球語のはずなのに、まるで何を言ってるのか意味が解らなかった。と、丁度、尾っぽのでる部分だけ器用に穴が開いた、女性用の下着が風に揺れている。本人は恥じらったものだが、行きずりのように、水星にあったアパートでは、女と暮らしていた事もある身だ。別に女のパンツくらい、目の前で干されていても何とも思わないオレだったが、

(……あんだけの怪力と超能力もある宇宙人なのに……女の子、なんだよな~……)

 ぼんやりと思いながら、懐においてあったギターを構えると、なんとなく歌い出しもし、ここまできた道のりの思い出など反芻してみたりするのであった。


 太陽系外縁体にある、ブラックマーケットの質屋で、多少の金は手にはいったオレたちだが、いよいよ、太陽系外にある一角のワープゲートの近くにて、船内の空気は緊張感に満ち満ちていた。ゲートは機械管理で、その情報はあっという間に、警察も手にする事が出来るはずだ。

「…………」

「タケル君……」

 オレが心を落ち着かせるようにしていると、察した旧き民族衣装を着込んだシリナは、何かを言いたげにその名を呼んだが、

「……じゃあ、シリナ、ワープとか知らないんじゃない?」

「ワープ? ですか?」

 オレが話題を変えるようにおどけてみせると、オレたち地球人が遥か昔に捨てたような暮らししか知らない異星の乙女は、聞き慣れぬ言葉に、素直に首をかしげる。

「やっぱね~。うちらがどやって、おたくさんたちの星までいったかのカラクリを、見せちゃるよ!」

 ただ、カラ元気もいいが、現実も告げねばならない。


「……ただ、あそこにあるAIがなんか感づいたら、もうアウトかも。オレ、きみを自由にしてあげたかった。できなかったら、ゴメン……」

「タケル君……」

 声のトーンはおのずと低くなり、彼女はこちらを振り向いたのだが、オレは見返す事はせず、今や、意を決すると、ギアを踏み込んだ。


 巨大な輪っかの形をしたゲートでは、其処からにょろにょろとへびのように長い首を生やしている、AIの機械の眼がこちらを覗きこむ。

(…………)

 イチかバチの賭けだったが、やがて、AIは、コクピットに備えつけられている射出口に、自らの輪っかの機体から、これまたにょろにょろとホースを伸ばし、取り付けると、料金を促すだけで、支払いも掃除機が吸い込むように済むと、あっさりと、粒子舞い散るゲート内にオレたちを招きいれたのだ。

(…………!)

 二人が歓喜したのは言うまでもない。やはり、地球人の底辺層の人間が起こした三等星人の誘拐事件など些末な扱いで、この時ばかりは、少しばかり内部事情を知る、自分の「出自」にオレは感謝したものだった。後は太陽系さえ出てしまえば、ただでさえ生ぬるい捜査の手は、いよいよなんにも届かなくなるだろう。


 助手席に視線をうつせば、超光速空間となった船外を、シリナは驚きの目で眺めていた。やがて、とりあえず辿り着いた場所は、太陽系から数光年か離れた星系にて、太陽は二つあり、オレは、モニター画面を見ながら、星系の情報を確かめていっていると、

「……これが、宇宙なんですね……! やっぱり、皆さん、すごいです。私達には、星空なんて見上げるものでしかなかった……こんなふうに、遥か彼方までいけちゃうなんて……こんな事、神様みたいです!」

 シリナは未だに驚きを隠せないようだ。すっかり興奮しているせいで、長いスカートの丈の中にしまわれていたはずの鱗の尻尾は、ピンと天井に向けはねあがり、食い入るように窓の外を見つめている前傾体勢も手伝って、風俗星の制服であった、ビキニをはいた形のいい尻が、太陽の陽射しの元、こちらに向け思いっきり露となっている。


(……穴、あけたほうがいいかもな)

 オレは目のやり場に困りつつも、何度も見ては「あざす!」と心の中でガッツポーズを繰り返した。ただ、オレが指名手配犯となった事には変わらない。念には念をと、公道であるルートは通らない事に決めれば、此処にも広がるデブリの森の中に突っ込んでいき、モニターに導かれるようにしていると、やがて、人類が入植を諦めたとする森深き星の一つに辿り着くのであった。


 入植しようとして廃棄されたコロニーにはまだまだ使える生活用品もあったし、中途で出くわした、凶暴な宇宙生物たちも、首輪を外したシリナにかかれば、あっという間に瞬殺されていった。シリナの能力は嗅覚にも有るようで、自らが倒した獲物をクンクンと嗅ぐと、

「……これ、食べられます。……これは、毒です」

 と、いとも当たり前のように、選り分けすら朝飯前であった。

(……けど、女の子なんだよな~……)

 コロニーの物色中、たまたまシリナが生理用品キットに手をのばしているところへ出くわしてしまった事がある。流石のオレも、

「おおっと。失礼……」

 と、少しばかりばつも悪かったりしたのだが、

「あ、あの、私、結構、重い方なので……あってよかったです。地球の方々のは良くできていて、助かります」

 シリナは律儀に、要らない説明まで答えてくれたりした。


(……ほんと、女の子じゃねーかよ……)

 かき鳴らすギターの指板を見つめ、オレは更にここまでの日々を思い起こしていくのだ。自分ができる事と言えば、コロニーから運んできた、まだ使える調味料などを、せいぜい獲物に振りかける程度で、そのほとんどをシリナに教えられ、支えてもらっているようなサバイバル暮らしのある夜の事、焚火を囲い、語っていると、

「あの、ちょっと、そこまで……」

「はーい。いっトイレー」

 シリナがモジモジと、森の中へ消えていこうとしたので、オレなりに察して答えてみると、

「……そんなふうに言わないで下さい!」

 シリナは、赤面してこちらを睨みつけると森の中へと消えていったのだ。

(……あんな子のどこが三等星人なんだよ……!)

 余裕のない、荒んだ毎日を送るうちに、気づけば、オレは、偏狭なレイシストになりつつあったわけだが、今や、そんな過去の自分をオレはひどく恥じ、憤りすら感じはじめていたのだ。


 確かに、地球人と異星人の差別化は今にはじまった事ではなかった。ただ、かつては異星人であっても、労力次第では「首都星」地球の市民権も得る事ができた時代などもあったらしい。だが、そういった方針を徹底的にひっくり返し、更なる選民思想をオレたち地球人に植え付けようとした張本人の名の事を、オレはよく知っている。


(……ヒミコ……!)

 地球にいた時代、小柄すぎて、総裁の十二単調に着せられているような醜い顔の老婆の顔が天照宮殿の本殿から現れるのを、オレは良く眺めていたものだった。そして「総裁参拝の儀」に、あれだけの長い階段を歩かされた上、何かに取り憑かれたように、その姿を絶賛し続ける周囲の大人、子供たちが奇妙にしか映らなかったのだ。

 儀式の最中は、常にオレたちを監視している上に、賞賛が足らないと判断された場合、即刻、一族郎党、粛清されるという真相を知れば戦慄を覚え、父親には訴えたが、あいつの答えは、答えになっていなかった。

(…………!)

 要らぬ過去まで思い出してしまったようだ。気づけば音は鳴り止み、オレは思い詰めた顔となっていた。と、そこへ、ガサリ……ガサリ……

と音がしたので、オレはシリナが帰宅したのかと振り向いたのだが、真相が解れば顔面は蒼白するしかできなかったのだ。


「GURRRRRRRRRRU……!!」

 そこには、盲の野犬の群れが、こちらに向かい牙を剥いていた。

「GAAAAAAAAAAAAH……!!」

 吠えた際に舌が飛び出せば、先端にギョロリとした目ん玉がある事が、これらが宇宙生物である事を物語っている!

「やばいやばいやばいやばい…………」

 口ではぶつぶつと呟くが、オレは目の前の異形な姿たちを前にして、固まるように、みるみる身動きすらとれなくなっていった!!


「GAAAAAAAAAAAAH………………!!」

「GAAAAAAAAAAAAH………………!!」

「GAAAAAAAAAAAAH………………!!」

 とうとう、猛り狂った獣たちは目いっぱいに牙を剥き出しにし、よだれにまみれた大きな口を開くと、中から舌の先に取り憑いた目の玉を突出させて襲いかかってきた!


(やば……)

 最早、チビりかけた、その瞬間!


 シュ! シュ! ビュン……!

 弓がしなれば、次々に閃光のような矢の射撃は飛び、それらは異様な生き物たちを華麗に射抜き!


「キャん…………!」

「がう…………!」

 途端に、宇宙生物の群れが悲鳴をあげれば、間髪は入れず!


「ウィりりィイイいいいいいいいいい!」

 草むらからはシリナが、民族独自の雄叫びと共に飛び出したのだ!

「………………!」

 続いて、呪文を唱え、印を結び、手をかざせば、途端に手の平からは火が吹きだし、あっという間に、生き物たちは丸焦げと化していく!

「GAAAAAAAAAAAH………………!!」

 尚も、ひるまぬ相手が、襲いかかろうと、

「ウィりりィいいいいいいいいい!」

 瞬時に蹴り上げ!

「AWOOOOOOOOOOOO!!」

 遠吠えのような声と共に、それは森の彼方へと吹き飛んでいった!


「ウィりりィイイいいいいいいいいい!」

 普段から淡く光り続けている黄色い瞳を、更に爛々とさせながら、シリナは独特な共鳴音を声として張り上げ続け、漸く、たじろぎはじめた群れには、睨みをきかし見回すのである! それは、生き物たちの戦意を削ぐ効果があるらしく、聞いているこっちまで何やら不安な気持ちを覚え、思わず耳をふさいでしまう。


「がう…………」

「ぶるる…………」

 とうとう、耳もペシャンコにするようにして目玉を引っ込めた犬たちは、元の盲の姿に戻り、尻尾を巻いて逃げはじめた。


「ふぅ……タケル君! 大丈夫ですか!」

 やがて、シリナは構えも解き、一息いれると、首輪のない、圧倒的戦力の、その後ろ姿の鱗の尻尾がゆっくりと垂れていく様を、耳をおさえながらただ呆然と眺めつづける事しかできなかったオレに振り向き、駆け寄ってきた。しかし、まぁ、何度見ても、まるで異次元クラスの戦闘術である。こんなすごい民族のどこが「三等星人」であろうか。

「やー……すげー…………」

 オレは返事の変わりに感嘆した。


















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