過去:12

「がぁあああああああああああああああ」





 思わず口から悲鳴が漏れる。

 時折声にもならない、自分の声かもわからないような声も響く。



 痛い。痛イ。イタい。イタイ――。

 今まで経験した事もないような痛みが――ショック死をしてしまうかもしれないほどの強烈な感覚が俺を襲ってる。




 あの男―――この国、サンティア帝国の『皇帝』だと後に名乗ったあいつの言った実験。

 それは『魔法を使えない生物を魔法を使えるようにする事』。



 言葉だけ聞くなら素晴らしい事かもしれない。

 力を持たない人が、力を持つ事が出来るようになる。

 弱者が、強者へと変わる。

 圧倒的な力を前に屈する事しかできなかった人が、立ち向かう強さを手に入れる事が出来る。



 だけどそれは、決して無条件に手に入るものではない。



 『皇帝』はこの事件を即位してからずっと影で行っていたのだという。『皇帝』のために命をささげるものを民から募集して。



 この国の面白い所はそこだ。

 この国――サンティア帝国と呼ばれる大国では『皇帝』が何をしても民は疑問に感じない。この国では、戦時中の日本が『天皇』を神だとでもいうようにしていたように『皇帝』は真実神なのだ。



 『皇帝』のために命をささげる事は、帝国民にとっては悲願である。

 それは『神のために身を捧げ、神のために役に立つ事が出来た』と言う事と同意義である。死ぬ事がわかっていてもその身を捧げる事をためらう事はしないのだ。

 最もそれは生粋の帝国民の話だが。



 この国は戦争を過去に起こしていたらしい。そして勝利し、領土を増やしていった。その戦争に負けて帝国にくみこまれた民は『皇帝』を神だとする帝国の信仰ともいえるべきそれにはなじみきれていないのだ。



 このサンティア帝国では『皇帝』が神だが、此処の外――他国ではそうではないのだ。

 『神』、『勇者』、『聖女』、『精霊』――――そういった一般人からすれば普通ではない、届く事の出来ない域に存在する者達を信仰する国ばかりである。



 本当に異世界っていうのは驚くべき事が多い。

 考え事をしながらも体の痛みは消えない。



 体が熱い。奥の方から、内側から熱を帯びているのがわかる。


 この痛みから、熱から解放されたい。

 そう思ってしまうほどのものが俺に襲いかかっている。



 『皇帝』が俺と睦月に施した実験は、所謂移植実験とも言えるものである。

 『皇帝』から聞いた話によると、この世界で魔法を使える者はそこまで多くはないらしい。それなりの数は居るが、地球で漫画とかであったような派手な魔法を使える者は限られているのだという。



 魔法を使うには体の『魔力炉』と呼ばれる器官が発達していなければならない。この世界の住人は少なからず『魔力炉』を体内に持っているらしいが、大抵は魔法を使えるほど発達していない。

 そして俺と睦月にはそもそもこの世界の住人が当たり前に持っている『魔力炉』さえも持ち合わせていない。

 『皇帝』は今まで実験の中で、魔法を使えない人間の『魔力炉』を無理やり発達させたり、死人の魔法使いの『魔力炉』を移植したりと言った事をしていたらしい。




 それはどれも失敗したのだと聞いた。





 魔力とは、力である。

 魔力のほぼ流れていなかった体内に、いきなり魔力がめぐるのだ。体中をめぐる、体の内に感じる力。

 元々魔力を感じる事さえできなかった人間には、それは大きな反動を与える事であった。



 無理やり埋め込まれたものは反発しあう。

 体は『魔力炉』を異物と認識し、『魔力炉』は体が魔力を受け入れるに相応しくないと認識する。

 魔法を使えない、魔力を感じる事さえできない人間が生じる反動。

 体と『魔力炉』の大きな反発。

 その二つが実験を施された人間には襲いかかる。今までの実験は失敗したと『皇帝』は言った。




 瘴気を失い暴れた結果殺したり、反動と反発に耐え切れずに死に至ったらしい。

 それだけショックで死んでも仕方がないほどの実験なのだ。これは。だからこそ、俺自身も今、ぶっちゃけこれ死ぬんじゃないかってぐらいきつい。

 痛みに、熱さに正気を失ってしまおうか。そうすれば楽になれるのだろうかっていう誘惑は当たり前にある。




 それでも、俺がどうしても正気を保っておきたいのは―――、


「うふふ、あはっ」




 この状況で場違いにも楽しそうに笑っている睦月が居るからだ。




 睦月と俺は実験が終わった人間を収容する牢獄のような場所――要するに暴れて壊されないようにされている地下室に居れられていた。



 互いに殺しあわないように壁で遮られているが、隣同士に入れられたため、睦月の声は俺の耳に聞こえてくる。



 俺と同じ事をされ、俺と同じ痛みと熱を感じているはずなのに睦月は笑ってる。

 男の俺でさえ正気を失いそうなのに。痛みと熱さに叫び声をあげずにいられないのに。



 それなのに――、睦月は笑ってる。



 睦月が笑ってる。

 楽しそうに、姿は見えないけれど確かに俺の好きな笑みを見せてる。

 こんな場所で狂ったように、嬉しそうに微笑んでる。



 その事実だけで、俺は正気を失わずに居られた。



 睦月の声が此処に響いていなければ、俺はとっくに正気なんて失っていたかもしれない。睦月が笑っていたから。ただそんな理由だけで俺はこの苦痛に耐えられる。

 だって正気を失えば、きっと『皇帝』は俺を処分する。



 逆に睦月は苦痛よりも『力を手に入れられる事』が嬉しくてたまらないようだから、きっと正気を失うことも死ぬ事もないだろう。



 俺が死んで、睦月が生きる。

 そんなの勘弁したい。というか、絶対に嫌だ。

 睦月っていう面白くて仕方ない存在が、もっと面白くなるって時に死ぬ? そんなのごめんだった。

 きっと力を手に入れる事が出来れば今よりもずっと睦月は面白くなる。俺を楽しませてくれるだろう。



 それを予想出来るのに、睦月を残して死ねるか。




 睦月が向井光一と再会したら――それを思い浮かべるだけでも楽しくて、面白くて、興奮して仕方ないのだ。

 どうせ死ぬなら、もっと狂った睦月を見てからがいい。

 俺はただそう思ったのだ。

 そう思ったからこそ、俺は何としてでも耐え抜こうと決意した。



 それから体に『魔力炉』がなじむまで三カ月近く――この世界で言う三トランもの月日が必要だった。その間、俺と睦月は痛みと熱に苦しみ続けるのであった。

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