過去:9

 ガチャンという何かが閉じられる音と共に俺は目を覚ました。



 「あ?」





 思わず現状に驚いて、素のそんな声を出してしまったのは仕方がないと思いたい。


 目を覚ましたら、そこは薄暗い牢獄だった。なんて冗談にしか聞こえない現実が目の前にあったのだ。


 薄暗くて、明かりは薄らと炎が揺らめいているだけだった。

 閉じられた鉄格子の扉は、向こう側が見えるようにはなっていた。俺達を逃がさないためだろう、見張りらしき兵士が二人ほど立っていた。




 隣を見れば睦月が目を閉じたまま床に転がされていた。

 睦月は見慣れた中学校の制服を身に纏ったままである。そして俺も中学の学ランのまま。




 俺と睦月はいつも通りなのに、周りの状況がおかしすぎた。

 明らかな異常事態であった。そもそもどうしてこんな事になっているのか俺には理解できない。

 そもそもの話、こういう牢獄や扉の前に居る兵士達といった存在は地球では非現実的な存在であると言える。




 昔ならともかく、今はコスプレなどでしかそういう姿をした人間なんていない時代なのだ。

 そういう存在が普通に存在しているというだけで異常と言えた。



 ただこういう状況だろうと、俺は何処か面白さを感じていたのだ。



 今、俺と睦月の身に起こっているのは非現実的な事だ。俺は面白味のない日常は好きじゃない。わくわくするような何か起こればいいってずっと思ってた。

 だから牢獄に入っているのは不本意だけれども、何処かわくわくしていた。




 まず、現状の整理をすべきだろう。

 直前の記憶と現状を繋ぎ合わせて、整理するのだ。




 まず、俺は睦月の矢上菜々美殺人計画に乗って、彼女を殺すつもりで一緒に同行していた。

 本気で殺すつもりだった。睦月に関して言えばただ殺すだけではなく、リアルな「バラバラ殺人事件」にするつもりだった。



 睦月は刃物を持ち歩いていたし、何処で殺すかもきっちりと計画されていた。

 睦月は矢上菜々美を殺すためにわざわざ『二人だけで話がしたい』などといって、それが実行されようとしていたのだ。



 だけどその時、俺達の足元が突如光った。



 そして――…、



「……いきなり此処とかファンタジーすぎるだろ」



 目が覚めたら此処にいた。




 それまでに何があったかが重要だが、それに答えてくれそうな人物は此処には居ない。そもそも本気で此処は何処だ。

 一瞬、頭の中に『異世界』という言葉がよぎった。



「……まさか」



 思わず独り言のように呟いた。



 いきなり地面が光って、気がつけば知らない場所に居るなんていうのは漫画や小説ではありふれたものである。俺も暇つぶしに時々見ていたからそういうジャンルがあったのを知っている。



 でも、そんなものが『現実』として降りかかってくるなんて思ってはいなかった。

 まだ正確に此処が『異世界』かどうかはわからない。でもその可能性が高いと、ただ直感で俺は考えていた。



 仮に此処が『異世界』だと考えれば、俺と睦月の今の状況は大問題だ。

 地面が突然光りだした事を考えれば、召喚と考えるべきだろう。俺と睦月が召喚したい存在だったなら牢獄に入れられたりはしないだろう。



 もしかしたらトリップで、怪しい人物だから入れられたと考える事も出来るだろうが、それにしてはたらないものがある。



 それは、『向井光一』と『矢上菜々美』だ。

 俺の記憶が間違いではなければ、光の中へと俺と睦月と、そして向井光一と矢上菜々美、その四人がのまれたはずである。



 それなのに牢獄なんて物騒な場所に居るのは、俺と睦月だけだ。



 呼び出された全員ではなく、俺と睦月だけが牢獄に入れられている。もしかしたら他の場所に捉えられている可能性も考えられるが、何となく向井光一と矢上菜々美が此処に呼ばれたのだという思いはあった。



 向井光一はそれはもう、物語の主人公のような人間だった。

 そんな奴がだ、異世界に何かしらの理由で呼ばれたと言われても俺は驚かない。

 最悪の可能性を考えれば、俺と睦月は巻き込まれてやってきた不要物。でも寝ている間に処分されなかったってことは必要はないけど、生かしておく価値があると思われたのかもしれない。それか、俺達を処分する暇がなかったか。



 とりあえず、睦月を起こす事が先だ。

 ずっと思考を巡らせていた俺はそう思って意識を失ったままの睦月に近づく。



「睦月……、起きろ」



 俺はそう言いながら、睦月の体をゆする。



「ん……」



 睦月は俺が体をゆすればすぐに目を開けた。



 むくりと座り込んだ睦月は、あたりをキョロキョロと見渡しだす。その目は焦点があっていない。

 先ほどの俺のように現状の理解がまだ出来ていないのだろう。

 もしかしたら夢とでも思っているかもしれない。睦月はしばらくあたりを見回すと不思議そうな顔をした。そして次に俺に気づく。




「樹……」



 睦月が驚いたように俺の名前を呼んだ。



「今の状況、理解出来てるか?」



 俺が問いかければ、睦月は首を振った。



「ううん……。此処何処。こーいちは?」

「向井光一なら此処には居ない」

「……光一が居ない?」



 睦月は絶望したような表情を浮かべた。



 睦月からすればこんな状態だろうとも向井光一が居れば問題はなかったのだろう。

 こいつの事だから例えこの場所が処刑台の上だったり、誰も居ない無人島だったりしたとしてもきっとたった一人が居れば大丈夫なのだ。



 向井光一さえいれば睦月は最悪生きていける。


 だけど此処には向井光一が居ないのだ。それだけの事実に『気がつけば知らない場所に居る事』よりも睦月は絶望を露わにしている。

 その表情にぞくりとした。



 俺の好きなあの、狂気に満ちた目に絶望が彩った。

 向井光一を求めてやまない狂気と此処に向井光一が居ないという絶望。

 睦月が感じていたのはそれだった。



 俺はそれを見て、口元が上がった。




「睦月。俺達はこのままじゃ多分、殺される」



 俺も此処が地球じゃないだとか、牢獄の中だとかどうでもよくなった。

 ただ、死にたくないと願った。

 だってさ、こんなに睦月が狂いかけ、面白くなりかけているのにさ。それを見ずに死にたくはないじゃないか。もっともっと、面白いものが見れるかもしれない。なら、死ぬわけにはいかない。




「そうしたら、向井光一には二度と会えない。死なないために此処から俺らはどうにか出なきゃいけない」



 狂気と絶望で揺れる睦月に、これはもっと睦月が狂った姿を見せるチャンスなんじゃないかって思った。



「…だから、どうにかして此処から出るぞ」

「光一はぁ?」

「そんなの生きているって事の方が重要だろ」



 まだ此処で死ぬわけにはいかない。死んだら、面白いものが見れなくなる。

 今目の前に居る睦月が、これからきっと面白くなる。それを見ないでどうする。

 睦月が死ぬのも駄目だ。そしたら狂った睦月が見れない。両方生きて此処から出る事が一番だ。



 そんな事を思いながらも俺は本当冷たい人間だなと客観的に自分を思う。



 きっと睦月が俺にとって面白い存在ではなければ、俺は睦月を犠牲にしてでも一人だけ助かる道を選んだだろう。

 俺にとっての人の価値ってのは、俺を楽しませてくれるか否かだ。

 睦月は出会った頃からずっと俺を楽しませてくれるような奴だ。そしてきっとこれからも俺を楽しませてくれる。


 楽しい事がきっと待ってる。

 だから俺は死ぬわけにはいかない。そして睦月を殺されるわけにもいかない。




 とはいっても、どうしたものか。



 俺と睦月は中学の制服という、何ともこの状況を看破するには心もとない装備だ。普通に鉄格子の前に立っている兵士なんて地球では生で見る事はまずないって感じの鎧着ているしな。

 腰に長剣を下げた兵士が、こちらをじろりと見てくるのは正直良い気分はしない。



 不良やヤクザと呼ばれる人種とは少なからず交流があったから、喧嘩は別に怖くない。

 殺人は罪だったから、殺人事件なんて地球ではそこまでありふれたものじゃない。だから俺は本格的な殺し合いなんてした事はない。

 それにちょっとこちらが反撃してやれば向こうの奴らなんて怯えるようなのが多かった。



 でも今、俺の視界に入っている兵士はきっと本物なのだと思う。



 コスプレなんて言葉は通じない。

 そもそもこんな本格的な鉄格子の牢屋なんて日本にはない。鎧も長剣も明らかに本物である。



 この場から抜け出すのは困難だ。

 しかしどうにかして出るしかないのだ。俺と睦月が生きて行くためには。

 そして俺がもっと面白いものを見るためには。

 そのために思考を巡らせている中で、それは起こった。




「なっ――」





 突然、うめき声が聞こえた。それと共にドサッと何かが倒れる音がした。




 俺も睦月も慌ててそちらを見る。そこには一つの影が存在していた。真っ黒な黒装束が目に映る。

 それは何処か不気味な雰囲気を身に纏ったモノだった。



 背筋にぞくりと寒気が走った。

 得体のしれないものに対する恐怖心と、それを知りたいと思う好奇心。

 俺の中にあるのはそれだけだった。そして俺の場合は後者の方が割合が勝っていた。




 そいつは俺と睦月の捕らえられている鉄格子の鍵を手にし、音を立てて扉をあける。そして驚いた顔をした俺達にそいつは歪な笑みを浮かべて告げるのだ。



「神が貴様らに興味を持った。一緒に来てもらおうか。来ないなら、いますぐ殺すだけだ」



 それは何かを崇拝しているような、何処か狂ったような、そう表すのにぴったりな笑みだった。

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