過去:1

 睦月に初めてであったのがいつだったか。

 それは、まだ俺達が普通の中学生だった頃の話だ。



 俺が睦月に初めて興味を持った日、それは四年前のb夏の事だった。

 何気ない日常の中で、睦月に出会った。そこで触れた狂気、それがどうしようもなく、今まで感じた事もない衝動が俺の中を駆けていった事を睦月はきっと知らないだろう。


 あの日から、俺はずっと睦月に興味がわいて仕方がなかったのだ。









「樹」



 中学生の夏休み。

 特に部活も入っていなかった俺は、家でのんびりとした生活を送っていた。

 リビングの黒いソファ。ふかふかのそのソファに腰かけて、テレビを見る。画面に映っているのは、お笑いの特番である。

 自室は二階にあるが、節電をするようにと母親に言われているのもあって、俺は常にエアコンの効いたリビングにいる。

 

 そうしていれば、二つ上の姉に名前を呼ばれた。次に告げられた言葉はこうだった。




「アイス買ってきて」

「わかったよ、姉さん」


 姉の言葉に俺は素直に頷き、お金を受け取って、コンビニへと向かった。

 

 俺がソファから立ち上がるのを、「悪いね」などと言って当たり前のように姉は微笑む。

 俺が姉の言うことを聞くのが当たり前だと姉は思っている。この姉は『優等生な俺』の事を気に入っている。


 素直で、気配りが出来て姉を慕う弟。

 きっと姉は俺のことをそう思っていることだろう。

 いや、姉だけではない。家族も親戚も、そして俺の友人と呼ばれる学校の連中も、俺のことをそんな風に思っている。俺の本当の姿を知っている人は限られている。


 それが馬鹿らしいと、俺は嘲笑を心の中で浮かべる。

 俺の外面だけを見て、俺を理解したつもりになっている姉は滑稽だ。


「じゃあ、行ってくるね、姉さん」





 心にもない笑みを『優等生な俺』は浮かべて、「いってらっしゃい」という姉の声を聞きながら家から出る。



「……あっつ」



 夏の日差しに思わずそんな声が漏れ、顔をしかめる。

 



 コンビニへと足を進めながらも、俺はただ期待していた。」



 何か面白い事が起こる事を。

 例えば目の前で殺人事件が起こるとか(・・・・・・・・・・)。

 男女の修羅場に遭遇するとか(・・・・・・・・・・)。

 警察沙汰になるような喧嘩が起こるとか(・・・・・・・・)。

 大量虐殺テロでも起きて沢山の人が絶望するとか。



 そんなあまり起こらない事が起こればいいと思ってた。

 そしてそれが起これば俺は、きっと心底愉快な気分になるんだろう。



 

 俺は面白い事が昔から好きだった。

 他と自分が違う事だって理解してた。

 人の不幸を心の底から楽しめる俺を出せば、周りがどんな反応をするかもわかってた。俺は周りに異常者だと思われるのも面倒だと思っていた。

 だって異常者はこの世界で生きにくいものである。



 自身の考えを晒して警戒されるよりも、周りにまぎれて面白い事を探した方がいいと思った。



 だから俺はあえて『優等生』になった。

 誰にでも優しく、真面目な生徒。

 なんて我ながら笑える。




 俺は周りから良い奴と思われていた。だから俺を頼る人間は多かった。

 周りが俺に相談事をしてくるのが滑稽だった。

 無様な弱音を見せてくる姿が面白かった。

 面白い事を求めて、不良同士の喧嘩に首を突っ込んだりも色々した。

 ヤクザと知り合いになったり、『優等生』じゃない俺に友人もできた。だけどまだ足りなかった。

 楽しくて、面白いものがもっとあればいいと俺は望んで仕方がないのだ。もっと、俺をわくわくさせるような、興奮させるような出来事。それが起こってほしかったのだ。



 ――その夏の日は、俺が初めて、睦月という少女をきちんと見た日だった。



 神無月睦月と向井光一。

 その二人のことは、同じ中学校に通っていたから聞いたことぐらいはあった。

 二人は幼馴染で、周りがうらやましくなるほどに仲が良いという噂だった。


 中でも神無月睦月が、向井光一に惚れているというのは、一つの噂として学校中に広まっていることだった。

 俺にとって、幼馴染の恋愛沙汰なんてありふれた事だと思った。だから興味はなかった。


 ――神無月睦月という少女を、ちゃんとこの目で見るまでは、睦月のことも、向井光一のこともどうでもよかった。



 そう、あの日、神無月睦月という少女をこの目で見るまでは。



 俺が睦月を初めて見た時、睦月は向井光一と共にいた。

 二人で並んで歩く姿は仲良しな幼馴染だった。



 それでも俺は向井光一に向かって笑いかける睦月の目が俺を惹きつけたのだ。

 初めてきちんと視界に入れた睦月は、どうしようもなく俺が興味を惹かれるような目を浮かべていたのだ。

 一言でいうならばその目は『普通』ではなかった。普通に擬態しているようで、狂気が見え隠れした目だった。



 思えばあの時、俺は睦月のあの目に魅了されたのだと思う。

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